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────7話*彼の導く選択

13・そうだとしても

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****♡Side・電車でんま(同僚・恋人)

 唯野は簡単に苦情係の位置づけと総括の関係を説明すると、自分がどんな手で黒岩を止めようとしているのか話してくれたのだが。

「それでうまくいくかどうかは課長の方が分かっているのだろうし、その案で抜かりはないかと言うのなら俺よりも板井に相談する方が良いと思うよ」
電車でんまは告げる。
 正直、そんな話をされたところで黒岩の性質を把握しきっていない自分には相槌の打ちようがない。あまりにも正論過ぎたのか、唯野が困ったように頬を爪先でポリポリとかく。
「あ、いやそういうつもりじゃ……。一応、どんな風に行うのか説明する必要はあるかなと思って」
「別に意思表明は要らないよ。やることやってくれたら、こっちはそれでいいし」
 つまらなそうにそう吐き出す電車を唯野はじっと観察していた。

「事後報告でいいよ」
 嫌味にはなれているだろう彼は冷たくされることはこたえるようで、一瞬悲し気な表情を浮かべる。
 普段優しい人に冷たくされれば人は嫌でも気になるものだ。
「怒ってるのか?」
と彼。
「どうだろうね」
 電車はあまり”怒る”という感情を経験したことがなかったので、自分でも分かりかねた。
 悲しみと怒りというのは同時に来ることのあるモノであるということを理解したばかりなのだ。それなのに、そんなことを聞かれても困る。
「俺はあまり怒りというものを感じたことがないから、よくわからない」
「そっか」

 それよりも気になるのは。
「なんでそんなに気にすんの?」
 唯野が電車の顔色を窺っていることだ。今までならそんなことはしなかったはず。よっぽと昨日のアレが堪えたのだろうか。
「お前、怖いし。嫌味を言わるよりも事実を的確に指摘される方が痛いんだよ」
「そう?」
 確かに相手をよく観察していなければ、指摘というのはできないものだ。
 そしてその指摘に関しては自分でもよくわかっていることの方が多い。わかった上でなかなか改善できないから人の目に着くのだ。
 そしていつも小言を言うような相手よりも、冷静に観察している相手からの指摘の方が的確で痛い。
「俺だって上司に指摘なんかしたくないよ。司令官は課長なんだからしっかりしてよ」
「わるかった」
 とても反省しているのだろう。
 
──キツネとタヌキか。

 塩田には互いにネコを被って上辺でやり過ごしていたように見えたのだろうか? それとも腹に何かを抱えているくせに、互いに言わずに化かし合いでもしているように感じるのだろうか。
 どっちにしてもなんでも思ったことをストレートに言う塩田からしたら”無駄な時間”に見えるのだろうと思った。
 その証拠に、
『相手がどんな相手であろうが、思ったことを伝えなければ始まらない』
と彼に言われたのだから。

 わかってはいる。
 きっと誰しもが。
 それでもその中は縦社会で、相手の気持ち次第でどうにでもなる世界でもある。
 平穏の中にいたいと願うなら何も言わずにやり過ごした方が利口だ。
 利口さを捨てた塩田は周りを魅了していく。あんな風になれたらどんなにいだろうかと憧れを抱く。
 目に見えない圧力を感じながら、言いたいことを言わずにいる日常。
 皆がそうなのだ。
 それを理解していない無能な奴は周りから冷たい視線を向けられていることに気づかない。その場を去った時、立場を失った時、初めて自分が周りからどう思われていたのか理解するだろう。

 唯野が電車に対して恐れるのは、本音の見えない相手だから。
 いつも笑顔の奴がこの世で一番怖い。それは正しいとは思う。
 確かにいつでもしかめっ面の相手はとっつきにくい。けれども距離をおくことができるだろう。
 いつも笑顔の相手はとっつきやすいが、腹の中で何を思っているか気づき辛い。敵に回したらあっという間だということに人は気づかないのだ。
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