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────7話*彼の導く選択
9・彼の真意
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****♡Side・課長(唯野)
──俺は……何をしていたんだろうな。
電車が立ち去ったのち、唯野は一人残された喫茶店でぼんやりとテーブルを見つめていた。
『課長にとって大切なのは板井だけなんでしょ』
あの陽だまりみたいに柔らかく笑う電車の口から放たれた冷たい言葉。
非人道的な指令を出しておきながら、ちゃんとサポートできていなかった自分。無能としか言いようがない。
『塩田が許しても、僕は赦さないよ』
それが何のことを指しているかなんてわかっている。
何故、彼に嫌われないと思えたのだろう。
『全部、あなたのエゴだ。何もできないくせに』
──確かに皇を助けたい、守りたいと思って自分がしたことはエゴでしかない。
自分にできることなんて何もなかった。
ただ塩田に丸投げしただけ。
『塩田が好きだった? 気のせいじゃないの?』
呆れたように視線を寄越した彼。
今まで自分たちをどんなに風に見ていたのだろう。
『確かに課長はみんなに好かれているし、慕われていると思うよ』
”だから自分に力があると錯覚していたんじゃないの?”彼はそう言った。
それはきっと正しいのだろう。
みんなにちやほやされて、自分に何かできるんじゃないかと思っていた。
『僕がこの会社で仕事を続けられたのは、課長のお蔭だとも思う。でも、こんなの怠慢だよね?』
唇を噛みしめた彼はため息を一つつくと立ち上がり、自分の分の支払額を静かにテーブルの上に置く。
きっと誰よりも塩田を大切に思っているから。
皇のことを真剣に考えているから、上司である唯野を敵に回す覚悟を決めてここに来たのだろうと思う。
『電車』
『うん?』
『いや……なんでもない』
彼はそんな唯野に小さく笑うと、
『大丈夫。僕は課長のこと嫌いにはならないよ』
そう残して離れていった。
──違う。
お前は、初めから塩田以外に好悪なんてないんだろ?
彼の境遇を思い出す。確か電車には腹違いの弟妹が五人いたはずだ。実母を失い、悲しみに暮れた父は酒に酔うと下半身が緩くなるどうしようもない男。
その為、五回再婚をしていた。
そんな父を見て育ったため、彼は恋愛に全く興味がなかったという。
きっと彼が欲しかったのは自分だけを必要としてくれる人。
自分だけを一途に思ってくれる人だったのかもしれない。
「修二さん、帰りましょう?」
不意に頭上からよく知った声がした。
「板井。なんでここに?」
「電車から連絡があって。迎えに行ってあげてと」
「あいつらしいな」
唯野は肩を竦めると立ち上がる。
彼の言った通りなのだろう。電車は唯野を嫌ったりはしない。会社で逢えば、恐らく今までと同じように接するのだ。
そんな彼の望みはたった一つ。
黒岩を何とかすること。
──信頼を取り戻さないとな。
唯野は気を取り直し、彼の残していった小銭をポケットにしまうと立ち上がる。しょげている場合ではないのだ。
彼が言いたかったのは『有言実行』しろということだろう。
指示ばかりして何もしないのでは怠慢。
それぞれ自分にできることをすべきだ。
レジで会計を済ますと板井と連れ立って外へ出る。
「随分と項垂れていましたが、そんなに大変な事態なのですか?」
「いや。電車に怒られていただけだ」
「修二さんが?」
「そう」
痛いことをたくさん言われた気はする。だが返って清々しい気分だった。
彼は間違っていない。
唯野の目を覚まさせるためにあえて”痛いこと”を言ったのだから。
──正論とは他人を遣り込めるために吐かれるものではない。
相手の目を覚まさせるために吐かれるべきものだと思う。
あらかじめ黒岩が出席することを知っていたにも関わらず、何の対策もせずにいた自分。塩田を皇にあてがっておきながら、それがどんな結果に繋がるのか深く考えずにいた自分。
とは言え、どうしたものか。
──今回電車が使った手は交渉だろう。
交渉か……その手があるな。
──俺は……何をしていたんだろうな。
電車が立ち去ったのち、唯野は一人残された喫茶店でぼんやりとテーブルを見つめていた。
『課長にとって大切なのは板井だけなんでしょ』
あの陽だまりみたいに柔らかく笑う電車の口から放たれた冷たい言葉。
非人道的な指令を出しておきながら、ちゃんとサポートできていなかった自分。無能としか言いようがない。
『塩田が許しても、僕は赦さないよ』
それが何のことを指しているかなんてわかっている。
何故、彼に嫌われないと思えたのだろう。
『全部、あなたのエゴだ。何もできないくせに』
──確かに皇を助けたい、守りたいと思って自分がしたことはエゴでしかない。
自分にできることなんて何もなかった。
ただ塩田に丸投げしただけ。
『塩田が好きだった? 気のせいじゃないの?』
呆れたように視線を寄越した彼。
今まで自分たちをどんなに風に見ていたのだろう。
『確かに課長はみんなに好かれているし、慕われていると思うよ』
”だから自分に力があると錯覚していたんじゃないの?”彼はそう言った。
それはきっと正しいのだろう。
みんなにちやほやされて、自分に何かできるんじゃないかと思っていた。
『僕がこの会社で仕事を続けられたのは、課長のお蔭だとも思う。でも、こんなの怠慢だよね?』
唇を噛みしめた彼はため息を一つつくと立ち上がり、自分の分の支払額を静かにテーブルの上に置く。
きっと誰よりも塩田を大切に思っているから。
皇のことを真剣に考えているから、上司である唯野を敵に回す覚悟を決めてここに来たのだろうと思う。
『電車』
『うん?』
『いや……なんでもない』
彼はそんな唯野に小さく笑うと、
『大丈夫。僕は課長のこと嫌いにはならないよ』
そう残して離れていった。
──違う。
お前は、初めから塩田以外に好悪なんてないんだろ?
彼の境遇を思い出す。確か電車には腹違いの弟妹が五人いたはずだ。実母を失い、悲しみに暮れた父は酒に酔うと下半身が緩くなるどうしようもない男。
その為、五回再婚をしていた。
そんな父を見て育ったため、彼は恋愛に全く興味がなかったという。
きっと彼が欲しかったのは自分だけを必要としてくれる人。
自分だけを一途に思ってくれる人だったのかもしれない。
「修二さん、帰りましょう?」
不意に頭上からよく知った声がした。
「板井。なんでここに?」
「電車から連絡があって。迎えに行ってあげてと」
「あいつらしいな」
唯野は肩を竦めると立ち上がる。
彼の言った通りなのだろう。電車は唯野を嫌ったりはしない。会社で逢えば、恐らく今までと同じように接するのだ。
そんな彼の望みはたった一つ。
黒岩を何とかすること。
──信頼を取り戻さないとな。
唯野は気を取り直し、彼の残していった小銭をポケットにしまうと立ち上がる。しょげている場合ではないのだ。
彼が言いたかったのは『有言実行』しろということだろう。
指示ばかりして何もしないのでは怠慢。
それぞれ自分にできることをすべきだ。
レジで会計を済ますと板井と連れ立って外へ出る。
「随分と項垂れていましたが、そんなに大変な事態なのですか?」
「いや。電車に怒られていただけだ」
「修二さんが?」
「そう」
痛いことをたくさん言われた気はする。だが返って清々しい気分だった。
彼は間違っていない。
唯野の目を覚まさせるためにあえて”痛いこと”を言ったのだから。
──正論とは他人を遣り込めるために吐かれるものではない。
相手の目を覚まさせるために吐かれるべきものだと思う。
あらかじめ黒岩が出席することを知っていたにも関わらず、何の対策もせずにいた自分。塩田を皇にあてがっておきながら、それがどんな結果に繋がるのか深く考えずにいた自分。
とは言え、どうしたものか。
──今回電車が使った手は交渉だろう。
交渉か……その手があるな。
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