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────6話*狂いだした歯車と動き出す運命
20・残る熱と共に
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****♡Side・副社長(皇)
二時間ほど呉崎と時間を共にした皇は衣服を整えながら彼の部屋を出た。
今回の会合に総括の黒岩が参加することは想定外。少なくとも、事前準備の段階ではその話は来ていない。
「喉、痛いな」
声が少し枯れてしまっている。
致し方ないだろう、ベッドの上で散々啼かされたのだ。
「皇さん」
「ん?」
皇は自動販売機を探しホテル内をさまよっていたところで、神流川に声をかけられた。痕をつけられてはいないはずだ。鏡でも確認はした。
それでもなんとなく気になって襟を立ててしまう。
「ご無事だったのですね」
「なにかあったのか?」
白々しいとは思ったが、余計なことを言ってボロが出てしまっては困る。
「なにかって……黒岩さんに追いかけられていたじゃないですか」
眉を寄せる彼に肩を竦める皇。
「それは、大丈夫だ。なんとか撒けたようだし」
皇は小さく笑みを浮かべ、辺りを見渡す。
「何かお探しですか?」
「ちょっと喉が痛くてね。自動販売機を探しているんだが」
「それなら、こちらを」
彼は自分のビジネスバッグから紅茶のペットボトルを取り出すとこちらに向けた。
「ありがとう。良いのか?」
「無糖ですが」
”もちろん、いいよ”と返答すると皇は手近なソファーに腰かける。キャップを外し口をつけると、
「お疲れなのですか?」
と彼。
何を見てそう思ったのだろうかとドキリとした。確かに激しい運動を行った後ではある。
「え? なんで」
動揺を必死に隠し、ひきつった笑みを浮かべた皇。全然隠せてないなと嫌な汗が背中を伝う。
「あ、いえ。受け取るなりお座りになられたので」
「ああ、そういうことか。立って飲むのは行儀が良くないだろ?」
疲れていたから座ったわけではないのは本当のことだが、いちいちドキドキしてしまうのは否めない。
「神流川も座ったら?」
「私は大丈夫です。危険が迫ればお守りしなければなりませんし」
その言葉には複雑な心境になる。
「黒岩さんは帰ったの?」
「ええ、お帰りになりました。社長は一泊なさるそうです」
それについては会合の後に聞いて自分も知っていた。
「皇さんはどうなさいますか?」
「俺はこれを飲んだら帰るよ。自分の車で来てるし」
”そうですか”とホッとした表情を見せる彼。社長と同じ建物の中に皇がいるのは不安らしい。
──もっとも……今日はもう何も起きないと思うけれど。
『僕はね、ただ耐えているだけなんだよ』
呉崎は情事の後にそう言った。
『別に感情をむき出しにすることが恥だとか思っているわけじゃない。そうではなく、君が思うよりもずっとね、激情に支配されているから抑えていないと飛んでもないことになる。僕だって君に嫌われることは極力したくないんだ』
自分が彼のことを嫌いになれないのは、大事にされているからだと思う。
だが、その想いに応えることはできない。
『僕は諦めることなんてできない。君が一生振り向いてくれなくても』
塩田に出逢う前だったなら、その言葉に心動いていたに違いない。
彼との行為は正直、とても気持ちが良いものだとは思う。しかし良識や常識で考えるなら、こんなことはすべきではない。
自分には好きな相手がいるのだから。
──こんな俺を一所懸命守ろうとしてくれている人がいるのだし。
今夜のことは知られてはいけないと思う。
特に唯野は今までずっと盾となってパワハラに耐えてきたのだ。言うわけにはいかない。
──それでも、揺れる心から目を背けることはできない。
俺が社長の意向に沿えば唯野さんは解放されるのだから。
尊敬している先輩にいつまでも庇われているだけでいいのだろうか、とも思う。
「これ、ご馳走様」
「いえ」
皇は空のペットボトルを軽く掲げるとソファーから立ち上がる。神流川にはホテルのロータリーまで送って貰い、そこで別れた。
ため息を一つつくと駐車場へ向かう。まだ仄かに残る熱と共に。
二時間ほど呉崎と時間を共にした皇は衣服を整えながら彼の部屋を出た。
今回の会合に総括の黒岩が参加することは想定外。少なくとも、事前準備の段階ではその話は来ていない。
「喉、痛いな」
声が少し枯れてしまっている。
致し方ないだろう、ベッドの上で散々啼かされたのだ。
「皇さん」
「ん?」
皇は自動販売機を探しホテル内をさまよっていたところで、神流川に声をかけられた。痕をつけられてはいないはずだ。鏡でも確認はした。
それでもなんとなく気になって襟を立ててしまう。
「ご無事だったのですね」
「なにかあったのか?」
白々しいとは思ったが、余計なことを言ってボロが出てしまっては困る。
「なにかって……黒岩さんに追いかけられていたじゃないですか」
眉を寄せる彼に肩を竦める皇。
「それは、大丈夫だ。なんとか撒けたようだし」
皇は小さく笑みを浮かべ、辺りを見渡す。
「何かお探しですか?」
「ちょっと喉が痛くてね。自動販売機を探しているんだが」
「それなら、こちらを」
彼は自分のビジネスバッグから紅茶のペットボトルを取り出すとこちらに向けた。
「ありがとう。良いのか?」
「無糖ですが」
”もちろん、いいよ”と返答すると皇は手近なソファーに腰かける。キャップを外し口をつけると、
「お疲れなのですか?」
と彼。
何を見てそう思ったのだろうかとドキリとした。確かに激しい運動を行った後ではある。
「え? なんで」
動揺を必死に隠し、ひきつった笑みを浮かべた皇。全然隠せてないなと嫌な汗が背中を伝う。
「あ、いえ。受け取るなりお座りになられたので」
「ああ、そういうことか。立って飲むのは行儀が良くないだろ?」
疲れていたから座ったわけではないのは本当のことだが、いちいちドキドキしてしまうのは否めない。
「神流川も座ったら?」
「私は大丈夫です。危険が迫ればお守りしなければなりませんし」
その言葉には複雑な心境になる。
「黒岩さんは帰ったの?」
「ええ、お帰りになりました。社長は一泊なさるそうです」
それについては会合の後に聞いて自分も知っていた。
「皇さんはどうなさいますか?」
「俺はこれを飲んだら帰るよ。自分の車で来てるし」
”そうですか”とホッとした表情を見せる彼。社長と同じ建物の中に皇がいるのは不安らしい。
──もっとも……今日はもう何も起きないと思うけれど。
『僕はね、ただ耐えているだけなんだよ』
呉崎は情事の後にそう言った。
『別に感情をむき出しにすることが恥だとか思っているわけじゃない。そうではなく、君が思うよりもずっとね、激情に支配されているから抑えていないと飛んでもないことになる。僕だって君に嫌われることは極力したくないんだ』
自分が彼のことを嫌いになれないのは、大事にされているからだと思う。
だが、その想いに応えることはできない。
『僕は諦めることなんてできない。君が一生振り向いてくれなくても』
塩田に出逢う前だったなら、その言葉に心動いていたに違いない。
彼との行為は正直、とても気持ちが良いものだとは思う。しかし良識や常識で考えるなら、こんなことはすべきではない。
自分には好きな相手がいるのだから。
──こんな俺を一所懸命守ろうとしてくれている人がいるのだし。
今夜のことは知られてはいけないと思う。
特に唯野は今までずっと盾となってパワハラに耐えてきたのだ。言うわけにはいかない。
──それでも、揺れる心から目を背けることはできない。
俺が社長の意向に沿えば唯野さんは解放されるのだから。
尊敬している先輩にいつまでも庇われているだけでいいのだろうか、とも思う。
「これ、ご馳走様」
「いえ」
皇は空のペットボトルを軽く掲げるとソファーから立ち上がる。神流川にはホテルのロータリーまで送って貰い、そこで別れた。
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