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────6話*狂いだした歯車と動き出す運命
3・知らず知らずのうちに日常は
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****♡Side・副社長(皇)
皇は塩田のマンションのベランダから階下を見下ろしていた。欄干に腕を置き、利き手にはスマホが握られている。
思うのは苦情係の課長、唯野のこと。
いつもならメッセージにはすぐに返信をくれる人。とは言え、大した用でもない。彼が自分を優先してくれるのは、上司だからではなかった。
「板井と何かあったのかな」
我知らず、心の声がポロリと零れ落ちる。
板井の気持ちは以前から気づいていたつもりだった。しかし唯野は塩田のことを気に入っている。彼もまた、自分と同じで塩田に囚われた一人。
塩田が電車と付き合い始め、諦めの悪い自分は塩田への気持ちを諦めるどころか、心から惹かれていたことに気づいてしまう。
そこまで来たらどうにもならなかった。
唯野は強引にことを運びはしないと思っていたが、いつの間にか違う方向を見ていたとでも言うのだろうか?
社長の考えていることもわからない。
お付き合いを迫られたが、自分はそれに応えることはできない。それほどに塩田のことが好きなのだ。
「ん?」
ぼんやりと階下を眺めていた皇は、いつの間にかメッセージを受け取っていたことに気づきスマホに視線を移す。
──そっか。
唯野さんはそういう決断をしたのだな。
皇は返信を見て、小さく微笑むとスマホをスラックスの尻のポケットへ突っ込む。夜風の心地よい日だ。
欄干に覆いかぶさるように寄りかかると、自宅マンションの夜景のことを考える。ここは職場から近く立地も良い。スーパーなどが近く駅も近い。便利なところであると言えるだろう。
それに比べ自宅のマンションは夜景が綺麗ではあるが便利な立地とは言えなかった。
つまりはそう言うことなのだろうと皇は思う。
人が何かを選択することには優先順位があって、それは人それぞれ違うのだ。元々、唯野が諦めていたという可能性も否定はできない。
そんなことを思っていると、カラカラとベランダへ続く大きな窓が開けられ、手にグラスを持った電車が顔をのぞかせる。
「はい。副社長。ビール」
可愛らしい顔をしてはいるが、タチでありかなりのテクニシャンだ。成人男性にしては少し高めの落ち着いた優しい声の持ち主でもある。
「ありがとう。でも中で呑むよ、蚊に刺されるだろうし」
「ああ、うん」
彼とはライバルだったはずが、不思議な関係になってしまった。
電車をリビングへ押し込んで自分も中へと続くと、部屋の明かりを眩しく感じる。自宅では間接照明を使って淡い光の中、夜を過ごすことも多かったが彼らにムードを求める方が難しいというものだ。
「おかえり」
ベランダから戻った皇にチラリを目をやる塩田。
その声掛けはどうなんだと思いつつ、彼の向かい側に腰かけると、目の前にビールのグラスが差し出される。
「おうちが恋しくでもなったのか?」
塩田の質問に答えようとして、皇は少し腰を浮かせ尻のポケットに手を伸ばす。グラスを置いてくれた電車が塩田の隣に腰かけるのが視界の端に見えた。手には旅行雑誌。
「いや、唯野さんからの返信を待っていただけだよ」
皇はポケットからスマホを取り出すとテーブルの上へ。
電車が嬉々とした表情で、旅行雑誌を広げるところであった。
皇は塩田のマンションのベランダから階下を見下ろしていた。欄干に腕を置き、利き手にはスマホが握られている。
思うのは苦情係の課長、唯野のこと。
いつもならメッセージにはすぐに返信をくれる人。とは言え、大した用でもない。彼が自分を優先してくれるのは、上司だからではなかった。
「板井と何かあったのかな」
我知らず、心の声がポロリと零れ落ちる。
板井の気持ちは以前から気づいていたつもりだった。しかし唯野は塩田のことを気に入っている。彼もまた、自分と同じで塩田に囚われた一人。
塩田が電車と付き合い始め、諦めの悪い自分は塩田への気持ちを諦めるどころか、心から惹かれていたことに気づいてしまう。
そこまで来たらどうにもならなかった。
唯野は強引にことを運びはしないと思っていたが、いつの間にか違う方向を見ていたとでも言うのだろうか?
社長の考えていることもわからない。
お付き合いを迫られたが、自分はそれに応えることはできない。それほどに塩田のことが好きなのだ。
「ん?」
ぼんやりと階下を眺めていた皇は、いつの間にかメッセージを受け取っていたことに気づきスマホに視線を移す。
──そっか。
唯野さんはそういう決断をしたのだな。
皇は返信を見て、小さく微笑むとスマホをスラックスの尻のポケットへ突っ込む。夜風の心地よい日だ。
欄干に覆いかぶさるように寄りかかると、自宅マンションの夜景のことを考える。ここは職場から近く立地も良い。スーパーなどが近く駅も近い。便利なところであると言えるだろう。
それに比べ自宅のマンションは夜景が綺麗ではあるが便利な立地とは言えなかった。
つまりはそう言うことなのだろうと皇は思う。
人が何かを選択することには優先順位があって、それは人それぞれ違うのだ。元々、唯野が諦めていたという可能性も否定はできない。
そんなことを思っていると、カラカラとベランダへ続く大きな窓が開けられ、手にグラスを持った電車が顔をのぞかせる。
「はい。副社長。ビール」
可愛らしい顔をしてはいるが、タチでありかなりのテクニシャンだ。成人男性にしては少し高めの落ち着いた優しい声の持ち主でもある。
「ありがとう。でも中で呑むよ、蚊に刺されるだろうし」
「ああ、うん」
彼とはライバルだったはずが、不思議な関係になってしまった。
電車をリビングへ押し込んで自分も中へと続くと、部屋の明かりを眩しく感じる。自宅では間接照明を使って淡い光の中、夜を過ごすことも多かったが彼らにムードを求める方が難しいというものだ。
「おかえり」
ベランダから戻った皇にチラリを目をやる塩田。
その声掛けはどうなんだと思いつつ、彼の向かい側に腰かけると、目の前にビールのグラスが差し出される。
「おうちが恋しくでもなったのか?」
塩田の質問に答えようとして、皇は少し腰を浮かせ尻のポケットに手を伸ばす。グラスを置いてくれた電車が塩田の隣に腰かけるのが視界の端に見えた。手には旅行雑誌。
「いや、唯野さんからの返信を待っていただけだよ」
皇はポケットからスマホを取り出すとテーブルの上へ。
電車が嬉々とした表情で、旅行雑誌を広げるところであった。
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