138 / 218
────5話*俺のものだよ
19・自分の本心と向き合う日
しおりを挟む
****♡Side・課長(唯野)
唯野は一人、マンションのベランダで欄干に腕を置き、階下を見下ろしていた。先ほどから何度も操作しようとしては止めたスマホの画面。自分がどうしたいのか分からなくなって、ため息をつく。
先日、妻から離婚の話をされた。きっとすごく悩んで決めたことなのだろう。彼女の口から紡がれる真実に少し驚きはしたものの、予想がついていたことでもあった。唯野は”わかった”と一言告げると、離婚届に判を押したのだった。いつかはこうなると思ってはいた。ただ、それが今の時期だったというだけ。
──塩田か……。
板井に塩田のことを出され、それどころではない自分がいた。それよりも、板井に好きと告白されたことの方がずっと心を占めている。まさか部下に恋心を持たれるとは思っていなかった。
ベランダに置かれたテーブルにスマホを置くと、胸ポケットにいつも入れている万年筆を取り出す。それは塩田からの昇進祝い。自分にとって宝物だ。
毎日、社長のパワハラに耐えられたのも、これのお陰だと言える。
「なのに俺は……」
力づくで塩田を手に入れようとした。板井はそのことを知っているのだろうか。知ればきっと気持ちが変わるに違いない。
──全て話した方がいいのかもしれない。
こうなる前に言うべきだったのに。
唯野は後悔していた。きっと話すチャンスはあったはず。それを逃してしまった。
彼の好意が純粋だったとしても自分の汚さを知れば、心は離れてしまうだろう。
家庭を顧みることのなかった自分。必死だっただけで、そこに愛なんてなかった。
それは初めから分かっていたのではないか?
記憶のないあの時間に何があったのか、真実を知った今。彼女に同情できなくなっている。血がつながらなくても愛しい子に変わらない娘。心配なのは我が子だけだった。
『好きにすればいい』
我ながら、冷たい言葉に寒気がした。すぐに引っ越し先を決め、家を出た自分。
あの時、板井にはこれ以上心配をかけたくないと思っていた。
「意味なんてなかったな」
再びため息をつき、決心を固める。彼には全てを話すべきだと思う。どの道、秘書室長と懇意にしているのであれば伝わってしまうだろう。ならば自分の口から話した方が少しはマシなのかもしれない。
トントンとスマホの画面を叩き、彼に電話をかける。業務以外に部下にかけるのはパワハラなのだろうか、と思いながら。
数コールして相手が電話口に出る。聞きなれた落ち着いた声なのに、心拍数が上がっていく。
──そういえば、誰かが言っていたな。
告白は二度しろと。
一度目は気持ちを知ってもらい、意識させるため。
二度目が本番だと。
唯野はそんなことを思い出す。完全に意識してしまっている自分がいるからだ。
板井に好きだと言われた時、予感はあった。
いずれ自分は彼に惹かれるだろうという。
『課長?』
電話が繋がっても一向に話そうとしない唯野に、彼が不思議そうな声を上げる。
「悪い。考え事してた」
『普通、考え事しながらかけませんよね? 電話』
と彼は笑っていた。
「そうだな。なあ、話したいことがあるんだ。うちに来ないか?」
個人的な誘いはパワハラに当たるんだろうか? そんなことを思いながら言葉を繋ぐ。
『話ですか』
「個人的なやつ」
暗くならないように極めて明るく言うが、彼には通用しないことも分かっている。
彼は少し考えた後、
『何があっても自己責任で許されるなら』
と言った。
それはつまり、何かするということなのだろうか。
「分かった。それなりの覚悟はしておくよ。駅まで迎えに行くから……」
と言いかけたところで阻まれる。
『地図送ってください、車で行きますので』
「いいけど、殺して埋めたりとかしないよな?」
と唯野。
すると、
『何言ってるんですか!』
と怒られたのだった。
唯野は一人、マンションのベランダで欄干に腕を置き、階下を見下ろしていた。先ほどから何度も操作しようとしては止めたスマホの画面。自分がどうしたいのか分からなくなって、ため息をつく。
先日、妻から離婚の話をされた。きっとすごく悩んで決めたことなのだろう。彼女の口から紡がれる真実に少し驚きはしたものの、予想がついていたことでもあった。唯野は”わかった”と一言告げると、離婚届に判を押したのだった。いつかはこうなると思ってはいた。ただ、それが今の時期だったというだけ。
──塩田か……。
板井に塩田のことを出され、それどころではない自分がいた。それよりも、板井に好きと告白されたことの方がずっと心を占めている。まさか部下に恋心を持たれるとは思っていなかった。
ベランダに置かれたテーブルにスマホを置くと、胸ポケットにいつも入れている万年筆を取り出す。それは塩田からの昇進祝い。自分にとって宝物だ。
毎日、社長のパワハラに耐えられたのも、これのお陰だと言える。
「なのに俺は……」
力づくで塩田を手に入れようとした。板井はそのことを知っているのだろうか。知ればきっと気持ちが変わるに違いない。
──全て話した方がいいのかもしれない。
こうなる前に言うべきだったのに。
唯野は後悔していた。きっと話すチャンスはあったはず。それを逃してしまった。
彼の好意が純粋だったとしても自分の汚さを知れば、心は離れてしまうだろう。
家庭を顧みることのなかった自分。必死だっただけで、そこに愛なんてなかった。
それは初めから分かっていたのではないか?
記憶のないあの時間に何があったのか、真実を知った今。彼女に同情できなくなっている。血がつながらなくても愛しい子に変わらない娘。心配なのは我が子だけだった。
『好きにすればいい』
我ながら、冷たい言葉に寒気がした。すぐに引っ越し先を決め、家を出た自分。
あの時、板井にはこれ以上心配をかけたくないと思っていた。
「意味なんてなかったな」
再びため息をつき、決心を固める。彼には全てを話すべきだと思う。どの道、秘書室長と懇意にしているのであれば伝わってしまうだろう。ならば自分の口から話した方が少しはマシなのかもしれない。
トントンとスマホの画面を叩き、彼に電話をかける。業務以外に部下にかけるのはパワハラなのだろうか、と思いながら。
数コールして相手が電話口に出る。聞きなれた落ち着いた声なのに、心拍数が上がっていく。
──そういえば、誰かが言っていたな。
告白は二度しろと。
一度目は気持ちを知ってもらい、意識させるため。
二度目が本番だと。
唯野はそんなことを思い出す。完全に意識してしまっている自分がいるからだ。
板井に好きだと言われた時、予感はあった。
いずれ自分は彼に惹かれるだろうという。
『課長?』
電話が繋がっても一向に話そうとしない唯野に、彼が不思議そうな声を上げる。
「悪い。考え事してた」
『普通、考え事しながらかけませんよね? 電話』
と彼は笑っていた。
「そうだな。なあ、話したいことがあるんだ。うちに来ないか?」
個人的な誘いはパワハラに当たるんだろうか? そんなことを思いながら言葉を繋ぐ。
『話ですか』
「個人的なやつ」
暗くならないように極めて明るく言うが、彼には通用しないことも分かっている。
彼は少し考えた後、
『何があっても自己責任で許されるなら』
と言った。
それはつまり、何かするということなのだろうか。
「分かった。それなりの覚悟はしておくよ。駅まで迎えに行くから……」
と言いかけたところで阻まれる。
『地図送ってください、車で行きますので』
「いいけど、殺して埋めたりとかしないよな?」
と唯野。
すると、
『何言ってるんですか!』
と怒られたのだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる