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────5話*俺のものだよ
16・小さな糸と始まりの日
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****♡Side・電車
──いくら何でも酷いよ、塩田ー。
電車は現在心の中でブツクサ言いながら、自家用車で塩田のマンションに向かっている。実家に辿り着きスマホに目をやると数十分前に塩田からメッセージが届いていた。
”皇を迎えに行ってくる。夕飯何か買って帰るけど、欲しい物あるか?”
電車の妄想では助手席に彼が座り、
『紀夫、運転上手い。きゃー素敵ー!』
とキャッキャッ言われるはずだったのに、と。
(おそらく塩田はそんなことは言わない)
──まだ死にたくない! って断るなんて。
俺は安全運転なのに。
今夜は塩田をアンアン言わせてやる! と意気込みながら信号でブレーキを踏む。
「あれ? 板井だ」
確か板井は会社から二、三駅隣だったはず。定かでないのは路線が違うためだ。道路標識を見上げると、どうやらその辺らしい。
同じ部署の同僚であり同期入社の板井は真面目で常識人。ムスッとしているわけではないが、真面目な顔をしている時の方が多いため、笑顔の印象はなかった。しかしよく一緒に呑みに行く仲でもあり、仲は良い方だと思っている。その板井がコンビニエンスストアで女性と立ち話をしていた。
──板井って意外とモテるのかな?
もしかして彼女?
電車は要らぬことだとは思ったが挨拶でもしとこうと思い、信号が変わると同時にハンドルを切る。
「板井」
窓を開け声をかけると、どこからだと言うように彼はきょろきょろと辺りを見回す。電車は駐車場に車を停めると運転席から降り立った。
「電車? こんなところで何しているんだ?」
と彼。
一緒に居た女性がこちらに向かって手を振る。
「電車くんじゃない」
どうやら一緒に居たのは隣の課、商品部の女性らしい。電車も良く知る人物だった。
「電車、車持ってたんだな。しかも、ワゴン車?」
と板井は電車の車に目をやって。
「うち兄弟多いからさ。お出かけするのに大人数乗れるやつ買ったんだ」
”買い替える予定だけど”と付け加え。
「へえ、意外。末っ子かと思ってた」
と板井が言うと隣の女性も同意と言わんばかりに頷く。
「えー。ところで二人とも、家はこの辺りなの?」
女性の方は会社帰りという服装だが、板井は私服だった。
「そうなの。コンビニ寄ったらバッタリ会っちゃって。板井くんにこの辺の美味しい焼き鳥屋さん教えてあげてたんだ」
わが社、通称株原は残業はしても一日二時間までと決まっている。もちろん労働基準法に違反する残業時間は認められていない。社長は腹黒いが、意外とクリーンな会社であり働く環境は良いのだ。意味なく厳しいことを言う上司がいるという話も聞いたことがない。
部署によって残業の有り無しも違い終業時間が異なるので、同じ駅を使用していても気づかないことはよくあることだ。就職して一年以上経つが、二人が同じ駅に住んでいたということを今日知っても不思議はないのである。
「今度、みんなで一緒に行きませんか?」
と彼女。
「部長誘えば、奢ってくれるしー」
商品部の部長は愛嬌のあるバーコード禿。でっぷりとしたお腹がトレードマーク。しょっちゅう部下を連れ、焼き肉屋に行くような人であった。気前が良く、明るいので部下に人気だ。しかしお姉言葉がいささか気になる。
部長は塩田がお気に入りで、苦情係のメンツもよく昼をごちそうになっていた。
「いいねえ」
と電車。
板井は何故か複雑な表情をしている。どうしたんだろうと彼を見つめていると電車の視線に気づいたのか、
「そうだな」
とにこやかに微笑んだ。
──なんだ? 今の。
それは電車が彼に初めて抱いた違和感。板井が不審な行動をし始めたのも、思えばこの頃からだった。
──いくら何でも酷いよ、塩田ー。
電車は現在心の中でブツクサ言いながら、自家用車で塩田のマンションに向かっている。実家に辿り着きスマホに目をやると数十分前に塩田からメッセージが届いていた。
”皇を迎えに行ってくる。夕飯何か買って帰るけど、欲しい物あるか?”
電車の妄想では助手席に彼が座り、
『紀夫、運転上手い。きゃー素敵ー!』
とキャッキャッ言われるはずだったのに、と。
(おそらく塩田はそんなことは言わない)
──まだ死にたくない! って断るなんて。
俺は安全運転なのに。
今夜は塩田をアンアン言わせてやる! と意気込みながら信号でブレーキを踏む。
「あれ? 板井だ」
確か板井は会社から二、三駅隣だったはず。定かでないのは路線が違うためだ。道路標識を見上げると、どうやらその辺らしい。
同じ部署の同僚であり同期入社の板井は真面目で常識人。ムスッとしているわけではないが、真面目な顔をしている時の方が多いため、笑顔の印象はなかった。しかしよく一緒に呑みに行く仲でもあり、仲は良い方だと思っている。その板井がコンビニエンスストアで女性と立ち話をしていた。
──板井って意外とモテるのかな?
もしかして彼女?
電車は要らぬことだとは思ったが挨拶でもしとこうと思い、信号が変わると同時にハンドルを切る。
「板井」
窓を開け声をかけると、どこからだと言うように彼はきょろきょろと辺りを見回す。電車は駐車場に車を停めると運転席から降り立った。
「電車? こんなところで何しているんだ?」
と彼。
一緒に居た女性がこちらに向かって手を振る。
「電車くんじゃない」
どうやら一緒に居たのは隣の課、商品部の女性らしい。電車も良く知る人物だった。
「電車、車持ってたんだな。しかも、ワゴン車?」
と板井は電車の車に目をやって。
「うち兄弟多いからさ。お出かけするのに大人数乗れるやつ買ったんだ」
”買い替える予定だけど”と付け加え。
「へえ、意外。末っ子かと思ってた」
と板井が言うと隣の女性も同意と言わんばかりに頷く。
「えー。ところで二人とも、家はこの辺りなの?」
女性の方は会社帰りという服装だが、板井は私服だった。
「そうなの。コンビニ寄ったらバッタリ会っちゃって。板井くんにこの辺の美味しい焼き鳥屋さん教えてあげてたんだ」
わが社、通称株原は残業はしても一日二時間までと決まっている。もちろん労働基準法に違反する残業時間は認められていない。社長は腹黒いが、意外とクリーンな会社であり働く環境は良いのだ。意味なく厳しいことを言う上司がいるという話も聞いたことがない。
部署によって残業の有り無しも違い終業時間が異なるので、同じ駅を使用していても気づかないことはよくあることだ。就職して一年以上経つが、二人が同じ駅に住んでいたということを今日知っても不思議はないのである。
「今度、みんなで一緒に行きませんか?」
と彼女。
「部長誘えば、奢ってくれるしー」
商品部の部長は愛嬌のあるバーコード禿。でっぷりとしたお腹がトレードマーク。しょっちゅう部下を連れ、焼き肉屋に行くような人であった。気前が良く、明るいので部下に人気だ。しかしお姉言葉がいささか気になる。
部長は塩田がお気に入りで、苦情係のメンツもよく昼をごちそうになっていた。
「いいねえ」
と電車。
板井は何故か複雑な表情をしている。どうしたんだろうと彼を見つめていると電車の視線に気づいたのか、
「そうだな」
とにこやかに微笑んだ。
──なんだ? 今の。
それは電車が彼に初めて抱いた違和感。板井が不審な行動をし始めたのも、思えばこの頃からだった。
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