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────5話*俺のものだよ
13・課長の誤算と板井の心遣い
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****♡Side・課長(唯野)
「課長」
「うん?」
課長こと唯野は、板井に呼ばれそちらに視線を向けた。自分の所属する課の部下、板井とは路線が同じなことから大抵帰りは一緒になる。苦情係は四人だけの小さな部署。その為、個性的な三人の部下は唯野にとって、とても大切な存在。
主に電話でのクレーマーに応対する塩田は、上司だろうが客だろうが忖度なしの塩対応で有名。その割には、客に好かれているようでクレーマーと仲良くなってしまうのが特徴。
現在その塩田の恋人である電車は彼と同棲しており、焦るとミスが多くなるがムードメーカー。見た目からして優しい雰囲気を持っており、大変モテるようだ。たまに社内で告白を受けているところを、目撃したりもする。
そして板井は陰では”課長の忠犬”などと言われているほど、真面目で上司を立ててくれる人物だった。常識人ではあるが、自分の価値観を他人に押し付けたりしないので、塩田や電車と仲が良いようだ。その上、余計なことは言わない。そして気遣いも巧い。唯野は板井のことをとても信頼している。
「一体、何が起きてるんですか?」
板井は唯野がしょっちゅう社長に呼ばれていることを知っていた。知っていながら余計なことを言わなかったのだ。心配はしていても。
唯野は彼に余計な心配をかけまいと、副社長こと皇の身に起きていることを話していない。そして自分が社長から呼ばれている理由も。
今回彼があえてそう問うのは、変化を感じ取ってのことなのだろう。唯野はどう答えるか迷った。いずれは彼にも事情を話す必要があるとは思っている。
──でもなあ。
俺が塩田にした指示の内容を知ったら、板井は俺を軽蔑するかもしれない。
唯野は板井に軽蔑されたくなかった。彼の前では良い上司でいたかったのだ。彼は自分が塩田にしようとしたことも知らない。
──俺の気持ちに気づいているかもしれないが。
唯野は笑みを浮かべると、
「大丈夫だよ」
と答えた。
大丈夫だと言っている時点で、何か起きていると言っているようなものだが。他に言いようがなかった。
「心配するなって」
「でも、最近頻度が増してますよね?」
思えばこの時、彼に話してしまえば良かったのだ。唯野は後にこの時の選択ミスを深く後悔することになる。しかし唯野は板井のことを知らなさ過ぎた。塩田に夢中になっていたばかりに。
彼が慕っているのは唯野だけで、心配なのも唯野だからだったのに。彼は誰よりも唯野の味方であり、頼れる存在だった。情報を共有することが絆や情報操作を防ぐことに繋がると思い至らなかった為に、そこを社長に攻められるとは思っていなかったのである。
「まあ、ちょっとイラついてるみたいだけれどな」
板井は唯野が話したくないのだと察したのか、それ以上踏み込んでくることはなかった。
彼は唯野の反応に対し、”自分には言えないことなんだ”と受け取ったことに気づけなかった。狂い始める歯車。
「無理、しないでくださいね」
小さな変化。板井はスッと唯野から視線を逸らしたのだった。
──板井……?
「課長」
「うん?」
課長こと唯野は、板井に呼ばれそちらに視線を向けた。自分の所属する課の部下、板井とは路線が同じなことから大抵帰りは一緒になる。苦情係は四人だけの小さな部署。その為、個性的な三人の部下は唯野にとって、とても大切な存在。
主に電話でのクレーマーに応対する塩田は、上司だろうが客だろうが忖度なしの塩対応で有名。その割には、客に好かれているようでクレーマーと仲良くなってしまうのが特徴。
現在その塩田の恋人である電車は彼と同棲しており、焦るとミスが多くなるがムードメーカー。見た目からして優しい雰囲気を持っており、大変モテるようだ。たまに社内で告白を受けているところを、目撃したりもする。
そして板井は陰では”課長の忠犬”などと言われているほど、真面目で上司を立ててくれる人物だった。常識人ではあるが、自分の価値観を他人に押し付けたりしないので、塩田や電車と仲が良いようだ。その上、余計なことは言わない。そして気遣いも巧い。唯野は板井のことをとても信頼している。
「一体、何が起きてるんですか?」
板井は唯野がしょっちゅう社長に呼ばれていることを知っていた。知っていながら余計なことを言わなかったのだ。心配はしていても。
唯野は彼に余計な心配をかけまいと、副社長こと皇の身に起きていることを話していない。そして自分が社長から呼ばれている理由も。
今回彼があえてそう問うのは、変化を感じ取ってのことなのだろう。唯野はどう答えるか迷った。いずれは彼にも事情を話す必要があるとは思っている。
──でもなあ。
俺が塩田にした指示の内容を知ったら、板井は俺を軽蔑するかもしれない。
唯野は板井に軽蔑されたくなかった。彼の前では良い上司でいたかったのだ。彼は自分が塩田にしようとしたことも知らない。
──俺の気持ちに気づいているかもしれないが。
唯野は笑みを浮かべると、
「大丈夫だよ」
と答えた。
大丈夫だと言っている時点で、何か起きていると言っているようなものだが。他に言いようがなかった。
「心配するなって」
「でも、最近頻度が増してますよね?」
思えばこの時、彼に話してしまえば良かったのだ。唯野は後にこの時の選択ミスを深く後悔することになる。しかし唯野は板井のことを知らなさ過ぎた。塩田に夢中になっていたばかりに。
彼が慕っているのは唯野だけで、心配なのも唯野だからだったのに。彼は誰よりも唯野の味方であり、頼れる存在だった。情報を共有することが絆や情報操作を防ぐことに繋がると思い至らなかった為に、そこを社長に攻められるとは思っていなかったのである。
「まあ、ちょっとイラついてるみたいだけれどな」
板井は唯野が話したくないのだと察したのか、それ以上踏み込んでくることはなかった。
彼は唯野の反応に対し、”自分には言えないことなんだ”と受け取ったことに気づけなかった。狂い始める歯車。
「無理、しないでくださいね」
小さな変化。板井はスッと唯野から視線を逸らしたのだった。
──板井……?
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