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────5章『救え、彼らを』

■6「絶望」【微R】

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 ****♡Side・咲夜

「そっか..楽しみにしてたのにな..」

 久隆が回復して初めての夜、咲夜は”一緒に寝よう”と彼に言われ断ってしまう。その夜、咲夜は彼の傷ついた顔を思い出し、久隆が恋しくなり、涙が溢れた。
「泣くくらいなら、一緒に寝たらいいのに」
 と葵に言われるが、どうしても彼と一緒にベットを共にすることが出来なかったのである。

 咲夜は久隆に暴行した日から、彼に乱暴をする悪夢を見るようになっていた。また彼に何かしてしまったらどうしよう、と思うと咲夜は怖くて彼に近寄れない。一方、久隆は一緒に寝ることを断った日から、咲夜とは目も合わせてくれない。楽しいはずの夏休みは、咲夜にとって地獄のようだった。愛しい彼との接触がなくなった咲夜は、食欲を失い少し痩せた指に緩くなってしまった指輪のことが気になっていた。失くしたらどうしよう、そう思っていた矢先、事件は起きる。


 ────ある朝、その懸念は現実に。

「あッ..」
 咲夜は一人で庭を散歩していた時である。咲夜が何気なく自分の手に目を向けると、いつの間にか左手の薬指にしていたはずの指輪が無くなっていた。
「どうしよう?!」
 急いで周りを見渡すが、それらしきものは見当たらない。そこへ、
「咲夜、朝ご飯食べよ」
 とタイミング悪く葵に声をかけられ、慌てふためく咲夜はパニックになる。
「いこ?」
 と、葵に催促をされてしまい、冷静な判断ができなくなっていた咲夜は、探しものをしているところだと言う事が出来なかった。後で探しに来よう、と咲夜は思い、仕方なく葵に手を引かれるまま食堂へ向かうことにしたのだった。

 悪いことは続くもので…。
「おはよ、久隆くん」
 ばったり廊下で久隆に遭遇。
「うん…」
 と彼もまったく元気がなかったが、咲夜はそれに拍車をかけてしまう。ここ最近ずっと目を合わせてくれなかった久隆が、咲夜が指輪を嵌めていないことに気づき悲痛な顔をした。
「咲夜、指輪..」
 彼があからさまに落胆したのを感じ、咲夜は余計になにも言えなくなってしまう。理由を言うべきなのに、声にならない。

「そう、もういいよ!」
 と、今にも泣き出しそうな表情で言う久隆に、
「あっ..」
 理由を告げようとするが、彼は怒って部屋に入ってしまい、咲夜は、
「うぅ..」
 と自分の不甲斐なさに涙が溢れた。
「サク?どうしたの?何が..」
 と、そんな咲夜の顔を心配そうにのぞき込む葵に、
「さっき、庭で指輪落としちゃったの」
 と、やっと事情を説明することができたのだが…。

 久隆と元通りになりたくても出来ない咲夜。
 見守るしかない、葵。
 無理強い出来ない久隆。
 三人はギクシャクしていた。

 **

「ご飯食べたら、手が空いてる人に手伝って、貰ってみんなで指輪を探そう?で、久隆くんとちゃんと話して」
 葵は咲夜を責めはせず、
「うん」
 泣いている咲夜をただ優しく抱き締めてくれた。
「大丈夫、見つかるよ」
 と言って。

 そうだ。
 今日こそちゃんと話さなきゃ。
 ほんとはちゃんと謝りたい。
 触れたい。
 甘えたい。
 久隆は許してくれるかな?
 弱い俺を受け入れてくれるかな? 

「良かったぁ」
 大崎邸従業員の皆に手伝って貰い、なくした指輪は手元に戻ってくる。地面を這いつくばって探していた咲夜のズボンは汚れてしまっていた。しかし、そんなこと気にしている場合じゃない、と咲夜は指輪を両手で大事に包むと久隆の部屋に向かう。

 朝のことを話して、久隆と一緒に居られなかった理由も話して…。
 ん?

「んッ..咲夜ッ」
 ベッドルームから久隆の声。
「はあッ..」
 咲夜がそっとベッドルームに近づいてゆく。そこで、咲夜はあり得ない光景を目にした。
「咲夜ッ」
 彼は、咲夜の名を呼びながら自慰行為をしていたのだった。

 ****

 咲夜は彼の自慰行為を見ているうちに、自分に熱が籠ってゆくのを感じていた。目を逸らすこともできず、動けなかったのだ咲夜は、ベッドルームの入り口から。なにも出来ずに立ち尽くしていると、久隆は熱を手に解き放ち、ティッシュで手を拭う。
「ん?」
 と、ジーンズのチャックを閉めた彼が、咲夜の気配に気づく。だが、チラと咲夜を見ただけで、床に視線を落とした。
「ハハ..何?」
 久隆の苦笑いは、悲痛な表情に変わっていく。
「笑えよ。笑いたきゃ、笑えば良いだろ!」
 彼の苛立ちに咲夜はビクッと肩を揺らす。
「自慰行為なんてしたことなかったのに!そんなことしなくても平気だったのに。咲夜が指輪をしてないのに気づいて、もう触れることも出来ないのかと思ったら..」
 くそッと言って久隆は頭を抱える。

「このざまだ。咲夜に触れたくて堪らないのに。咲夜はそんなに俺を許せないのか?大里とは何もなかったのに..」
 ただ怖いからと言って逃げているだけの自分が咲夜は嫌になった。こんなにも彼を苦しめているのに、逃げているだけだなんてと。咲夜は勇気を出し、ゆっくりと、久隆の正面まで歩いていく。
「違うよな。咲夜を追い詰めた俺が悪いんだ..」
 自分自身を責め苦悩する久隆に、咲夜はなんと切り出したらいいのかわからず、彼に向かって手の中の指輪を見せるように、両手を開く。ただ黙って立っている咲夜に気づき、顔を少し上げる久隆。その瞳にまず映ったのは咲夜の汚れたズボンだったようだ。

 土で汚れ、芝生のついたズボン。そして、更に視線を上げると咲夜の両手にちょこんと乗った汚れたペアリング。次に視界に入るのが、今にも泣き出しそうな咲夜。久隆は何度もリングとズボンを交互に見つめ、状況を把握しようとしているように見える。そして彼は、決心したように口を開いた。

「もう、こんなこと終わりにしようよ」
 と。

 ぽろり…と咲夜の手の平から指輪がカーペットに落ち、瞳からは涙が転げ落ちる。

 今、なんて言った?

「やだ..」
 咲夜は耳を塞ぐと後づさり、
「いやだあああああ!」
 と叫んだ。
「咲夜?」
 驚いた顔をしてベットから、立ち上がる久隆の姿が見える。
「別れたくない..いやだ。嫌だよ!」
 やがて壁に背中があたり、壁づたいに咲夜は座り込んだ。膝を引き寄せ耳を塞ぐ。
「咲夜、何言って..」
 彼が、慌て側まで近づいてくるのが判ったが。
「別れたくない。絶対に嫌だッ」
「咲夜?話を聞いて」
「やだ!聞きたくないッ。久隆は俺のものだ」
「話を..」
「別れてなんてやらない!」
 しゃくりあげながら拒否を続ける咲夜に、久隆はため息をつくと離れて行く。視線の先で指輪を拾い上げる彼の姿があった。
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