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────5章『救え、彼らを』

■5「連帯責任」

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 ****♡Side・大里

 自分の名を大声で呼ばれ、従業員食堂に向かおうとしていた大里は、何事かとエントランスに引き返していた。怒りに顔を真っ赤にした葵が大里に掴みかかり、
「お前のせいだ!お前のせいで..」
 と恨み言のように繰り返す。
「え?」
「お前のせいでサクが久隆くんを!」

 霧島が久隆に何をしたと?

「お前が勝手なことするからッ..ちくしょう!」
「何が..あったんだ?」
 泣きながら胸を殴ってくる葵に、なんのことかわからず大里はその行為に呆然とする。
「サクが、久隆くんをレイプした」
「は?」
「久隆くんが大里とセックスしたと思い込んでッ..」

 俺のせいで?
 久隆が..

「サクが発狂したのはお前のせいだ!」

 霧島が久隆を傷つけた..?
 嘘だろ?

 大里は、
『ああ、咲夜とのペアリング』
 そう言った時の嬉しそうな久隆の顔を思い出す。

 俺が壊したのか?
 守りたかっただけなのに。
 どうしてこうなっちゃうんだよ!

 **

「返せよ!うまくいってたのに!」
 葵から罵倒されながら、大里は絶望に膝をつく。
「俺たちの幸せを返せよ!返して..」
 葵は床に手をつくと、ぼろぼろ涙を溢した。
「う..うぅ..」
 いつの間にか、何事かとエントランスに従業員たちが集まってきている。その中に、一緒に説明に来てくれていた黒川の姿もあった。

 俺に、まだ何か出来ることはあるのか?
 霧島に説明..。
 まずは誤解を解かないと。
 そうだ、誤解を..

 大里はゆらりと立ち上がると階段に向かおうとしたが、ズボンを葵に捕まれ、
「俺も..」
 と彼が言うので、その腕を掴み引き起こす。自分も必要かもしれないと思った黒川が大里に駆け寄って来てくれた。

 あの時、無理矢理にでも久隆を家に帰すべきだった。これは彼の優しさに甘えた自分の責任だ。判断を誤らなければ、最悪の事態は免れたかもしれないのに。霧島に最愛の人を傷つけさせるなんて、愛し合う二人を傷つけさせることになるなんて。何してんだよ、自分。ずっと久隆を側で見てきたのに。久隆は会えもしない初恋の相手を十年も想い続け、やっと再開できたと思ったら、その相手と他の人をくっつけなきゃいけなくて。それでも、久隆は霧島が好きだったからがんばってた。自分は霧島を恨んでいたこともあったけれど、指輪を見つめる久隆を見たとき”久隆が幸せならいい”心からそう思えたのに…それがこんなことになってしまうなんて。こんな事、望んでいなかったのに!

 せめて一緒に帰ってきたなら..と大里は後悔するが、
『一緒に居るところ見られたら計画が台無しになっちゃうよ』
 という久隆の言葉を尊重した。無視してでも側に居たなら止められたかもしれないのに。

「大里だけが悪いわけじゃない」
 湾曲した階段を三階へ向かいながら、葵がポツリと口にする。
「どうして、サクを一人にしちゃったんだろう」
 悔やんでも悔やみきれない。
「こんなことになるなら...」

 誰が悪い。そういうことじゃない。
 これは、連帯責任だ。
 霧島を狂気に追いやったてしまったのは俺たち全員の責任。

 誤解を解けば少しでも事態が良い方に進むと大里は思っていたが、それが甘い考えだったと、この後大里たちは痛感せざるを得なかった。

 ****

 ────大崎邸リビングにて。

 大里は二人きりでじっくり話し合おうと咲夜をリビングに誘い出す。咲夜の精神はだいぶ落ち着いたようで、自分の気持ちを大里に話してくれた。
「わかってるよ。ほんとは分かってる。久隆がそんなことするわけないって」
 大里は黙って彼の話に耳を傾けている。
「俺、ずっと大里くんが羨ましかったんだ。久隆が考えていることが、俺には全然わからない。でも、大里くんとは通じ合ってるみたいで羨ましくて」
「それは、長くいるから」
「長く一緒にいることも、凄く羨ましかったよ。久隆を好きになればなるほど、大里くんに嫉妬してる自分がいた」

 俺が霧島に嫉妬するように、霧島も俺に嫉妬を?

「久隆のこと、わからない。なにも知らない」
 久隆が自分自身について語らないのはイジメがあったから。他人を信じず、友達のいなかった久隆には自分のことを他人に話すという場面がない。単に普段しないから咲夜にもそういう態度で接しているだけで、大里が特別なわけではない。
「五日間、久隆に会いたくて声が聴きたくて..寂しくて堪らなかったのに、電話の一つもくれなかった」
 それに関しては、大里も反省していることだ。携帯できる電話が主流になり、自宅の電話に掛けるという習慣が薄れているため、そこに考えが至らなかったのが事実である。
「自分ばかりが好きなのかなって思った」

 久隆は霧島のことしか見ていなかった、十年も。
 その心には霧島しか居なかったんだ。
 だから、そんなことあり得ない。

「久隆が自分の服ではないものを着ているのを見たとき、頭に血が昇った」
 咲夜のその言葉に、大里は発端が何だったのかを知った。
「あれは、久隆の親父さんの若い頃の服だぞ」
 と説明すれば、
「!」
 彼がハッと顔を上げる。
「久隆のお祖父さんの家にお世話になってたんだ」
「そうだったんだ..」
 久隆は大崎邸に帰り、自分がどこで何をしていたのか、何一つ咲夜にに説明してなかったということを、彼の言葉から大里は察した。
「俺の勝手な行動で、不安にさせてすまなかった」
 大里の謝罪に彼の顔が歪む。彼の不安は今、別なところにある。
「久隆に嫌われたら..どうしよう」
 と、彼は両手で顔を覆う。

 久隆が霧島を嫌いに?
 そんなこと、ないと思うんだが。

「久隆に酷いことを..痛いからやめてって言ってたのに、無理矢理..」
「...」
 咲夜の口から語られる、聞くに耐えない内容に、大里は胸が締め付けられた。
「久隆を失ったら生きていけない..」
 大里は、ポロポロと涙を溢す咲夜を見つめ思う、自分が彼らにしたことは、悪意のない大罪であると。
「久隆は、霧島を手放したりなんてしないと思う」
「そんなこと..」
「霧島の声が聴きたいって、寂しいって..久隆は言ってたんだ」
「!」
「だから」
「うぅ..久隆ッ..」

 大里は彼らを酷く傷つけ、久隆は三日寝込むこととなった。今の大里には、後悔しかない。咲夜と初めて、ちゃんと会話をしたのがこんなことだなんてと、大里は悲しい気持ちになったのだった。
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