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────1章『方舟のゆくえ』

■8「危険な狂気」

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 ****♡Side・大里

 “大崎 久隆が、初めて他人に興味を示した”
 とうに、それだけでは済まなくなっている。

 何故こうなった?!
 一体どうなっているんだ?

「徹底的に調べて。逐一報告しろ」
「聖さん、こんなことしたら久隆さんに怒られますよ!」

 久隆は幼い時に母親を病気で失った。久隆の父は彼を溺愛しており、寂しい想いをさせないため、桁違いの使用人を雇った。使用人なんて言い方はあれなのかもしれないが。コックや家政婦、彼専用の運転手や、庭師など。彼らはファミリーと呼ばれており、久隆の家はいつ行っても賑やかだ。敷地内に彼らの宿舎もある。しかし久隆は初等部にあがると、片親なことで虐めに合い、そのことで彼は家族、そしてファミリー以外信用しなくなる。幼馴染みだった自分は、虐めから久隆を助けたことで特別な場所に居られた。彼の、隣という位置に。

 久隆の家の凄さがわかる年齢になると、周りの態度は変わった。いや、俺があの日から変えたのだ。しかし、久隆はにどうでもいいことのようで、今まで同様、無関心。

 一方大里は大里グループの長男で末っ子。初の男児ということもあり、甘やかされて育つ。望めばなんでも叶ったし、欲しいものはなんでも手に入った。中学へ上がる頃には高身長な上、母譲りの顔で入れ食い状態にモテまくり、その上自分の作ったゲームのせいで学園の生徒は怯え、実質的に“王様”だった自分は、やりたい放題。可愛い可愛い幼馴染みである久隆のナイトのような位置で優越感で満たされていた。

 唯一手を出さない相手、それが久隆。
 俺にとっての特別な位置。

 久隆がどんなに友達と認めてくれなくても、自分にとっては友達。どんなに辛辣な言葉でも、言葉をかけてくれることが嬉しかった。久隆はいつだって本音しか言わない。周りが遠慮するようなことでも平気で口にする。ダメなことはダメと言ってくれるヤツで。
「大里は、ドⅯなのか?」
 久隆は、しばしば呆れ顔でそう言った。

 久隆の特別は俺だ。
 なあ?そうだろ?
 おかしいだろ?
 10年以上一緒にいるのに。
 なんでだよ?

「咲夜」

 久隆が他のヤツを名前で呼ぶんだ。誰のことも下の名前でなんて呼ばなかったのに、それどころか、名字でさえ。いや、自分から話しかけるのだって必然性がなければしなかったじゃないか。アイツが口を利くのは、ファミリーや家族、そして俺だけだったのに。許さない、許さない、お前は許さない。

 “霧島 咲夜”

 お前はこの俺がとことん壊してやる。
 二度と立ち上がれないほどに。
 俺から久隆を奪うなんて許さない。

「これは命令だ!」
「どうなっても知りませんよ?」
 彼はため息をつくと部屋を出ていった。

 ****

「相変わらずのキチガイっぷりだな。ここまでだと、却って清々しいよ」

 それは、週末のこと。久隆がうちに来るのは高等部の入学式以来。上がっていい?と返事を待たずに久隆は中へ入っていく。
「いつ来ても生活感のない家だな」
 中学の頃から姉たちが苦手だった自分は、父にワガママを言ってマンションで独り暮らしをしている。大里が学校にいっている間に家政婦が家事をしていくので不便はない。

「何しに来たんだ?」
 久隆はカウンターのところの椅子に座るとデリバリーのメニューを見ている。
「セックスしに来たわけではないこと、は確か」
 久隆は抑揚のない話し方でそう言うと、こちらをみた。大里はドキリとする。思わず流されそうになり、
「したことないだろッ」
 大里は思わず突っ込みを入れた。
「遊びに来た」
 抑揚のない声で彼は言う。さすがの大里も、
「そうは見えないんだが」
 と返す。すると久隆は、
「大里のとこの秘書は尾行が下手だな」
 頬杖をついてはクスッと笑う。
「そんなに俺を調べてどうしたいの?」
 心拍数が、上がってゆくのを感じた。
「そんなに俺に構って欲しいの?」

 久隆が誰かのものになるのが嫌なだけだ。
 バカみたいな独占欲とは違う。
『認めちゃえば?』
 悪魔が耳元で囁く。
 久隆は汚さない、守るって決めたんだ。
 ずっとずっと俺が。

「俺をどうしたいの?」

 違う。こんなのは違う。

「まあ、いいや。お腹すいたから何か頼んでいい?」
 久隆は、葛藤する大里を余所にデリバリーを頼んでいる。
「久々だね、こういうの」
 そう言って、微笑む久隆の向かい側に腰掛けた。
「もっと来てくれればいいのに」
「どうして来なくなったかわからない?」
 久隆は大里を見上げて。
「どうして?」
「俺が居ようが居まいが、男女関係なく連れ込んでやりまくってるからじゃん」
「それは..」
「別に、俺必要ないじゃん?」
 やきもち、妬いて欲しかっただけ。いや、少しでも気が惹けたらそれで良かった。
「干渉しないよ。大里が何してようが、大里の自由でしょ」
 ”なんで、そうなんだよ”と、思わず久隆の腕を掴む。

「見捨てたのか?」
「は?」
 久隆が、なにいってんの?という顔をする。
「何言っても無駄なヤツに、何を言うっての?」
「なっ」
「どうせ好きにするくせに」
 それともと、掴まれた腕を引き寄せると久隆は囁く。
『お仕置きして欲しいの?』
 と大里は顔が紅くなるのを感じた。
「大里はドⅯだからねぇ」
 と、久隆は笑っている。

 可愛い可愛い。
 久隆はあまり笑わない。
 なのに俺の前ではこうやって笑ってくれる。

「もっと一緒にいたい」
 思わず素直な言葉を漏らすと、久隆がびっくりした顔をした。
「な、なに?」
「いや、そんな寂しがり屋だったっけ?って思って」
 あ、来たみたいだよ。と言うと、久隆は玄関に向かう。

 ほんとはわかってる。どんなに誰かを久隆の代わりにしたって満たされはしないこと。いや、代わりになんてならないし、久隆が振り向いてくれないこと。こんなに可愛らしい見た目の癖に、王子気質だし、守られるより守りたい、そんなヤツだ。

「ねえ、美味しそう。食べよう?」

 久隆を閉じ込めたい。

 カウンターの上にデリバリーした商品を置く久隆を大里は後ろから抱き締めた。
「大里?」
「帰らないでよ」
「そんなこと言われても」
 久隆は抱き締める大里の腕に指先で触れる。
「仕事あるし、忙しいんだよ」
「俺と居て」
「子供かよ」
 久隆はため息をつくと、腕を振り払う。
「冷めるから食べよ」
 どこまでもマイペースな男だ。大里は、ガックリと項垂れた。
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