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────1章『方舟のゆくえ』

■7「揺れる心、戦え理性」

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 ****♡Side・久隆

『面倒だったら、服をひっぺがして突っ込んどきゃいいですよ』

 長身イケメンの社長秘書、和はそう言って久隆を見下ろす。モテるんだろうとは思うけれど”えらい雑な人間関係だなと”心の中で突っ込みを入れた。そもそも、そんなことを進言してくるなんて。
『和、俺さ。童貞なんだけど?』
 そう言ったら、コンドームとジェルを渡される。

 冗談かと思ったらマジなのね。

「久隆」
 咲夜が躊躇いがちに、久隆の部屋のドアをあける。

 泣き止んだのか、良かった。
 秘書様さまだな。

「何観てるの?」
「観る?」
 おいでと言って手を差し出せば咲夜はそろそろと近くまで歩いてきた。隣のリクライニングチェアに座るように指示すると、彼は大人しく腰掛ける。しかし正面を向くと真っ赤になって固まった。
「えっと、なんの映画?」
「どうみても、AⅤだよね」
「なんでこんなの観てるのッ?」
 ”片倉 葵”は卑猥の代名詞と中学時代に呼ばれていたから、こんなの平気でしょ。と思ったらあまりにも純な反応で可愛い。
「見聞を広げるため?かな。なんかちがうとこ拡げられちゃってるみたいだけど」
「うぅ」
「咲夜はしたことあるじゃん。気持ちいのかな?これ」
 咲夜は返答に困っていた。

 **

 ────話は数時間前に遡る。

 家につくと、傷ついてぼろぼろになった咲夜がしくしくと一人部屋で泣いていた。
「どうしたの?咲夜」

 鴨ネギとかやめてくれないかな?
 襲いたくなるから。
 ダメだ、毒されてきた。

「葵が、他に好きな人が出来たから恋人関係は終わりにしようって言う」
 久隆はベッドに腰掛けると、咲夜を抱き寄せる。

 いくらなんでも、嘘下手すぎると思うんだが。
 信じたのか?
 それにしても、可愛い。
 俺が大里みたいな性格だったら、慰めるなんて建前でヤっちゃうんだろうな。

 実のところそれは久隆の偏見で、大里が自分から手を出すのは“黒川 彩都”のみで、それすら稀だ。
「いっぱいエッチしてくれる人が良いって」

 なにそれ、雑すぎないか?
 面白すぎる。
 葵ちゃん、理由がおかしいだろ。

「葵がその人と付き合ったら、またひとりぼっちになっちゃう」

 葵ちゃんが作ったシナリオ。
 いくらなんでも、咲夜が乗ってくるとは思えなかった。
 こんな三紋芝居、ダメだろ。

 そう、思っていた。調査報告書をあれだけ見続けてきたくせに、理解している気になっていただけなのだ。咲夜がどれだけ追い詰められてるかなんて全くわかっていなかった。こんな解りやすい嘘さえ信じてしまうほどに、咲夜は追い詰められていたのに。

 溺れる人は藁をもつかむと言うことを、俺は忘れていたのかもしれない。咲夜が今まで大切な者を失い続けて来たということも。理解が足りなかったことをそこで後悔した。バカだな、自分は。

「もう、嫌だッ」
 そう言って泣きじゃくる咲夜を、久隆は抱き締めてあげることしか出来なかった。
「一緒に居てくれるッて言ったのに..」
 ヨシヨシと髪を撫でれば、ぎゅっと抱きしめ返してくる、すがるように。

 葵ちゃん、君もバカだよ。
 俺を信頼なんてしちゃいけない。
 やはりちゃんと止めるべきだった。
 ほっとけないじゃないか、こんなの。

「どうして?ねえ?」

 好きな人がこんなに弱っていたら、漬け込んでしまうだろ?
 今なら自分のものに出来るかもしれないなんて。

 揺れる心。
 戦う理性。

「咲夜、君の願い全部叶えてあげる。欲しいものはなんだってあげる。だから」
 咲夜はポロポロと涙を溢しながら久隆を見つめる。
「もう、俺のものになっちゃいなよ」
 久隆の言葉に咲夜は目を見開いた。
「全部?なんでも?」
「うん、何が欲しいの?」
「葵が欲しい。”片倉 葵”の身も心も全部。取り返してよ、久隆」
「俺が叶えてあげる」
 可愛い咲夜を抱き締める腕に久隆は力が入る。これなら咲夜はモデルの仕事も断らないだろう。思ったより順調にことが運ぶかと思われていた。自分は楽観視していた、本当の闘いはこれからだったのに。
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