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────0章『王様と彼らの泥舟』

■3「失望のため息」

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 ****♡side・久隆

「ちょっと、久隆様?」
 久隆は迎えに来た父の第二秘書、和(かず)の車の後部座席でガックリと項垂れていた。久隆のあまりの落ち込みように、和がぎょっとして、声をかけてくれるが。

 この世で自分にとって一番大切な人に、見向きもされないなんて、なんて惨めなんだろう?
 “霧島 咲夜”
 彼の横を足早に追い抜く時、ふわりと良い香りがした。久隆はその香りを思いだし、さらに情けなくなる。彼は知らないのだから仕方がない。自分だって話しかけないくせに、気にして欲しいなんていうことがおこがましいのだ。

 何様だよ、俺。
 あああああッ。
 クソ。

『守ってあげるね、僕のお姫さま』
『くーが?』
『うん、大好きだよ。可愛い咲夜』
 あの子はもう、俺のものじゃない。触れたい、抱きしめたい、その笑顔を自分に向けてほしいと望んだところで、彼には恋人がいる。


 和は心配そうに、ミラー越しに久隆をチラリと見やると、”仕方ないな”とでも言うようにカーオーディオに触れた。流れ出したSunday morning。優しい音色が心を包んで、久隆をほんの少しだけ元気付ける。
「社長が夕飯をご一緒に、と申されておりましたが」
 どうなさいますか?と和に問われ久隆はあからさまに嫌な顔をした。
「どうもこうも、話があるから来いって意味でしょ?」

 めんどくさいな。

「着替えたら行くけど、正装する気ないからうち系列の店にしてって言っておいて」
 大崎家はセレブとして有名であったが、久隆は贅沢を好まない。それと言うのも、反面教師と言うもので。

 大崎グループ会長である祖父より三代、クレイジーさで有名になっていた。久隆は幼い頃に母親を亡くしたため、祖父、父、兄から常識を逸脱したレベルで溺愛されていたのである。欲しくもない高級、高価なものを無理矢理押しつけられては返却する日々。三人が、久隆が寂しくないようにと競い合う姿は面白くもあり、呆れもしたが、その優しさが嬉しくもあった。

 話の内容はなんだろうか?
 難しくなければ良いが。

 久隆はため息をつき、窓の外を見つめると、空には暗雲が立ち込めている。久隆は、二人が家路につまで雨が降らないことを祈った。そして、
 “咲夜が風邪を引かないといいな”
 と、咲夜を想う。

「どこか、寄られますか?」
 と和に問われ、通称大崎ファミリーと呼ばれている、おおよそ二十名の大崎邸で働いてくれている従業員たちのことを脳裏に思い浮かべる。
「そうだね、お菓子を買って帰ろうかな」
 彼らに土産を買うのは、常習化していた。
「いつものところで宜しいですか?」
「うん」
 みんなあそこの店の洋菓子好きだしね、と久隆は返す。

 ん?

 車がゆっくりとコンビニの前を通る時、外に見えるように置かれた週刊紙の表紙が気になった。”まあ、高校生になったしな”と久隆は再燃し始める“噂”と言うものに辟易する。表紙の文字に目を走らせながら、他人は真実なんて知らなくても”好き勝手言って盛り上がる、おめでたいものだ”と久隆はため息をつくのだった。
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