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────0章『王様と彼らの泥舟』

■1「悪夢の始まり」

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 ****♡side・久隆

 ────K学園高等部入学式。

「嘘だろ……」
 大崎 久隆は、クラス発表の掲示板を見上げて呟いた。よりによって、あの子と同じクラスになるなんて、と。自分はK学園の高等部は成績順でクラスが決まることをすっかり忘れていたのだ。

 ──まあ、なるようにしかならない、どこから手をつけるべきだろうか?

『片倉と咲夜の幸せ』

 自分の目標はそこにあった。二人に関する調査報告書をみた時からずっと。咲夜が自分の初恋の相手だったと知った今でもそれは変わらない。仕方ないじゃないか、幼い頃の約束なんて覚えている方が稀なのだから。今さらなんだよ、十年も経っていれば恋人の一人や二人出来ていてもおかしくはない。ましてや、あの容姿だもの。

 久隆はため息をつくと、割り当てられた自分の教室へ向かう。1のAそれが自分の教室である。
「久隆、おはよ」
 教室で見知った、いや見慣れた、いやいや見飽きたヤツに遭遇。
「また大里か」
「なにその反応、つめたーい」

 K学園、二大セレブの一人でもある、幼馴染みの“大里 聖”が五、六人の女子生徒をはべらし絡んでくる。うっとおしいことこの上ない。百八十を越える高長身に、整った顔立ち。金に近い茶のサラサラの髪、制服は着崩しており、然り気無く高級ブランドのアクセサリーや香水を身にまとっている。
「今日、カラオケ行かない?」
 大里は中等部の頃からよく、カラオケに誘ってくれていた。彼は歌も上手く、成績も優秀。K学園一のモテ男とさえ言われている。
「用がある」
 久隆は以前なら誘いにも乗ったが、最近は断り続けていた。
「相変わらず、つれないねえ」
 大里は、残念そうに言うが、
「遊ぶ相手ならいくらでもいるだろ」
 と久隆は冷たく彼を、突き放す。

 久隆が机の上に頬杖をついて、教室の前側の出入り口に目を向けると、咲夜が女子に絡まれている。

 ──まったく、どいつもコイツも。

 いつみても綺麗な子だな、と眺めていたら彼と目が合った。咲夜はまるで、
『どうして助けてくれないの?』
 とでも言っているように見えたが、困り果てた姿が萌えたので放っておくことにしたのだが。

「誰見てんの?」
「え?」
 いつの間にか大里が背後に立っており、彼は屈むと久隆の耳元で、
「綺麗な子だね」
 と囁くように言うので、背筋が凍る思いがした。
「手、出すなよな」
 彼は学園一のモテ男、その大里が本気を出したら咲夜は彼の手に落ちてしまうかも知れない。
「お気に入り?久隆の」
 大里の気を逸らしたかった久隆は、
「そんなんじゃない」
 と慌て否定する。
「喰いたい。処女かな?旨そう」
「おまっ」
 掴みかかろうしたら、大里に手首を掴まれた。

「なんで」
 そこで、彼の興味が自分にあることを改めて認識する久隆。
「何が」
 と、彼の質問に眉を潜める。
「今まで誰にも無関心だったじゃないかよ」
 明らかに大里は怒っている、そう感じたが久隆は、
「大里には関係ないだろ」
 腕を振り払って前の方に目を向けると、再び彼と目が合う。
 彼はただじっと、久隆たちを見ていた。

「絶対に手、出すなよな。絶交するぞ」
 友人だなどと思ったことはなかったが。
「へーへー。ずいぶんとご執心なんですねー。妬けちゃう」
 と大里は彼の方を見ながらそう言う。
「そんなんじゃないって言ってるだろ」

 ──喰いたいだなんて。
 むしろ、俺が咲夜を喰いたいわ。
 ああ、末期だな。
 触りたい、抱き締めたい。
 くそッ。

 久隆は頭を抱え、机に突っ伏した。

 ****

 ──咲夜に話しかけられたらどうしよう?
 まだ心の準備が出来ていないのに。

 久隆の懸念はただの懸念となる。
 誰も知り合いがいなければ、見知った人に話しかけるのが一般的と考えるものだが。彼の関心はもっぱら“片倉 葵”だけなのか、久隆に近づいてさえ来ない。
 もっとも、始終大里に張り付かれているような状況では無理もないだろう。
 はじめは話したそうにしていた咲夜のその瞳も、やがて諦めに変わる。
 大里は大里で、久隆が彼に興味を抱くのが気に入らないようだ。

「ねえ、霧島」
「うん?」

 別館に用があって階段を上がっていると、別館二階の生徒会室と風紀委員会室がある廊下の辺りから声が聞こえた。久隆は思わず階段の壁に張りつき様子を窺う。咲夜が葵を膝の間に横抱きにしてぎゅっと抱き締めている。まるで、寒さを凌ぐように。

「友達出来た?」
「出来たらここにいないし、片倉以外と仲良くなれそうにない」
 それは切ない吐露。
「片倉は?」
 質問され、葵は青ざめるとぎゅっと咲夜にしがみついた。
「ううん。教室苦手」

 後から知った話だが、この時すでに“片倉 葵”は一度目の“洗礼”を受けていた。
 中学時代の葵の噂を聞いた内部生が、何を勘違いしたのか葵を輪姦しようとしたのだ。しかも、クラスぐるみで。そのクラスの外部生が慌て風紀に報告し、難を逃れた。
 その報告した生徒こそ大里の特別なセフレ、“黒川 彩都”だ。
 同じくイジメを受けていた彼は、とても他人事とは思えなかったのであろう。

「霧島と同じクラスが良かった」
「片倉、帰りは何か美味しいもの食べて帰ろうね」
「うん」
 元気のない葵を咲夜は一所懸命元気つけようとしている。久隆はもはや自分など、彼の眼中にないことを痛いほど感じていた。
「んッ……もっと」
 お互いの存在を確かめ合うかのように口づけをする二人、わかってはいるが遣りきれない。
「続きはお家でね?」

 彼らは葵の母と咲夜の義父との話し合いのもと、学園近くのセキュリティの万全なところで同居していた。面倒を見てくれる筈だった咲夜の父方の祖父母は祖父が腰を悪くしたためしばらく静養するらしく、別のお手伝いさんが通いで家事を補助してくれているらしい。
「霧島、大好きだよ」
「俺も好きッ」
「夕飯、オムライス食べたい」
「いいね、洋食屋さん行こう」

 こんな学園の片隅でひっそり寄り添う恋人たち。
 外部生というだけでも居心地は悪そうだ。
 早く何か手を打たないと、と久隆は考えていた。
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