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第二章
第二十一話 愉快な騎士団
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「ねぇ、知ってる?ミティア王女殿下が変わったっていう話」
一人の侍女が同僚に明るく声をかける。
「うん、なんだか以前よりもお優しくなったとか…」
「正直、無口で考えが読めない方だと思ってたけど、今は表情が明るくて使用人にも良くしてくださるそうよ。この前友達がそう言ってたわ」
「何か心境の変化でもあったのかしらね…?」
王宮の広く長い廊下で二人の侍女がこそこそと話す。二人は仕事中であまり私語が許されない立場だが、やはり噂話というものは楽しい。二人はそんなひそやかな娯楽を興じていた。
そんな中、コツコツと廊下に響く音に気付いた二人は、慌てて掃除道具を手に取り、仕事をしているふりをする。そして足音のする方を見てぎょっとする。その音の主は、たった今話題にしていたこの国の第二王女、ミティア・ノヴァ・ロワイヤルだった。
「「だ、第二王女殿下にご挨拶を申し上げます」」
二人そろってミティアにお辞儀をするが、一人の侍女の声が裏返る。悪口ではないが、本人のいないところで噂話をしていたのでさすがにばつが悪い。それにもしさっきの話の内容が聞かれていたなら、罰を受ける可能性もある。そう考えると二人の体はどうしても緊張してしまう。
そっと顔を上げるとミティアの赤い瞳と目が合う。それを見て侍女は罰を受けるということを悟ってしまう。使用人の挨拶など基本無視して行くのが貴族、王族である。それなのにわざわざ足を止めるということは自分たちに物申したいことがあるのだろう。
そう考え顔を青ざめたが、対するミティアは慈しむように浮かべた。
「ありがとう。いつも大変ね、ご苦労様」
そう一言言うと、ミティアは侍女たちを置いて軽い足取りで廊下を進んで行く。
「…え?」
呆けている侍女たちに気付かないまま、小さな王女はご機嫌なまま小包を抱えて歩いて行った。
―――
少し緊張する。アンナは絶対に大丈夫だと言って送り出してくれたが、もし迷惑だと思われたらどうしよう…いや、もう迷惑はかけてしまったが。だからこそのコレである。私は綺麗な小包をぎゅっと抱え、深呼吸する。そして、我が国が誇る王国騎士団の訓練場へと足を運んだ。
太陽が真上で輝いていて少し暑い。だが、それをものともせず騎士たちはそれぞれ鍛錬に勤しんでいた。
木の陰からひょこっと顔を出す。決心して来たものの、真面目に鍛錬をしている騎士たちの邪魔はしたくない。誰かが休憩している隙を見計らって、挨拶をしてこの小包を渡して帰ろう。
それにしても、やっぱり騎士団はかっこいい。汗を流しながら見事な剣さばきを見せる若き騎士。圧倒されるような魔法を繰り返し練習する知的そうな騎士。また、そんな騎士たちを厳しく、頼もしく指導する熟練の騎士。皆不満も何も言うこともなく、ただひたすら一心に努力をしている。私は本来の目的を忘れ、彼らの厳しい訓練を眺めていた。
「何をされてるんですか?」
「きゃっ!」
横から突然声をかけられて、思わず声が出る。振り向くと、茶髪の優しそうな顔をした男性が不思議そうにこちらを見ていた。恰好から見るに騎士だろう。彼は私が持っている小包を見ると、一人で納得したような表情をする。
「あ、お届け物ですか?誰に用があるか聞いてもいいですかね?」
どうやら騎士団の中の誰かに用事があると思ったらしい。そしてこの反応は私のことを知らないんだろうと感じる。騎士は王族にはご丁寧な挨拶から話しかけるのが鉄則だから。まあ、私はまだ公的な催しに参加したこともないし、城外で訓練している騎士なら知らないのも当然だ。
しかし、ここで突然王女であることを明かすと軽い騒ぎになってしまうかもしれない。ここはこそっと伝言だけ伝えて小包を受け取ってもらおう。
「ミ、ミティア王女殿下…⁉」
そう思ったのだが、どうやら私のことを知る者が現れたようだ。私のことを呼んだのはこの騎士団の団長だった。ガーフィールド・グレアム。国に数々の功績を残し、凄腕の騎士たちをまとめている、アルカシアの生きる伝説である。
「え…ちょ、お、王女殿下…⁉」
茶髪の騎士が驚きを隠せないというような顔をしていると、ガーフィルド団長がギロッと彼を睨んだ。「黙っていろ」ということだろう。彼は子兎のようにびくびくと震え、黙ってしまった。
「王国の輝かしい星、第二王女殿下にご挨拶申し上げます。…ミティア王女殿下、本日はどのようなご用件で?」
団長が神妙な面持ちで尋ねる。私が自ら騎士団へ足を運んだことは今回が初めてだから、不思議に思っているのだろう。私は、少し苦笑いしながら答える。
「先日のことを謝りに来たの。くだらないことでわざわざ騎士たちの手を煩わせてしまって……本当にごめんなさい」
そう言って私が深々とお辞儀をすると、団長が慌ててそれを止める。
「そんな、迷惑だなんてとんでもない!私たちは自分の仕事を果たしたまでです。あなた方王族を守るのは私たちの義務ですから………まあ、例外もいますが」
今度は団長が気まずそうに苦笑する。例外というのはエステルお姉様のことだろう。この国の第一王女であるエステル・ノヴァ・ロワイヤルは騎士団に入隊しており、第三騎士隊副隊長という地位にまで上り詰めているのである。守るべき対象である王女が騎士隊で意気揚々としているというのは、彼にとっては多少複雑なのかもしれない。
しかし団長が「例外」と、本来王族を呼ぶのにふさわしくない表現をしているのは、お姉様のことを仲間として認めているからでもあるのだと思う。同等に扱ってくれという彼女の意志を汲んでいるのだ。そう思うとやはりこの団長はいい人なんだろうと感じる。
「それにこう言っては何ですが、殿下を見つけた際にあの奴隷商人たちを捕まえることができたのは、本当にありがたかったのです。奴らは非常に狡猾で、我が国の子供たちを攫い続けていました。情けない話なのですが、いつもあと少しのところで尻尾を逃していたのです。結果的には殿下はあの子供たちを救ってくださったのですよ」
彼は私のおかげであの子供たちが助かったと言いたいようだが、それはただの偶然に過ぎない。もし騎士団の到着がもう少し遅れていたら、私は死んでいたのだと今でも恐ろしく感じる。それに私のせいであの子たちの誰かが死んでしまう可能性もあった。本当に運が良かっただけだ。
しかし気を使って話してくれた団長の言葉を無下にするわけにもいかないので、素直に感謝の言葉を述べた―その時だった。
「え、ミティア、どうしてここに!?」
私の名前を声に出す人物は、私の姉、エステルお姉様だ。騎士たちの邪魔にならないところで話していたというのに、その声につられて鍛錬をしていた騎士たちがこちらを見る。「ミティア王女殿下⁉」「なぜここに?」などと、各所から私に対する反応が聞こえてきて、私は少し焦ってしまう。
「お前ら!それが第二王女殿下に対する態度か‼」
団長が声を荒げると、私を見ていた騎士たちははっとしたように姿勢を正し、一斉にお辞儀する。
「「「「「「第二王女殿下にご挨拶申し上げます‼‼」」」」」」
「……ええ」
私に向けられる大きな声で見事にそろった挨拶に、どうしてもこっぱずかしさを感じてしまう。そうなった元凶のお姉様は、ルンルンといった様子で私に抱き着いてくる。
「ミティア!どうしたんだ?騎士団に来るなんて珍しいな、さては私に会いに来たんだろう!」
「いや、そういうわけじゃ…」
「お、その箱はなんだ?見せてくれ!」
相変わらず人の話を聞かない姉である。先日喧嘩をして仲直りをして、私たちに漂う少し微妙な空気はもう無くなったが、なぜかお姉様の態度は以前に増して遠慮がなくなった気がする。例えるなら今まであった壁が取り払われたような感覚だ。まあ、嫌だとは感じないからそれはいいのだが…。最近は、彼女の空気の読めなさは天性のものであると諦めてしまっている。
「……騎士団の方々に先日のお詫びも込めて、作ってきたの。私が作ったから少々不格好だけれど…良かったら食べて欲しいわ」
そう言って小包の蓋を開ける。その中には、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる、クッキーが入っていた。数日間王宮専属のコックに教えてもらいながら作った練習の成果である。クッキーは前世の日本で暮らしていた時何度も作ったことはあるが、この世界では使える材料に違いがあるので一から教えてもらっていたのである。
王宮の一流の料理人には到底敵わないだろうが、自分が美味しいと思えるクッキーを作れたはずだ。そう思いつつ少し恥ずかしさを感じながら箱を開けると、周りの騎士たちから「おお…!」という期待に満ちた声が聞こえてきた。団長が困惑したように尋ねる。
「王女殿下が直々に……⁉ほ、本当にいいんですか?」
「ええ、そんなにたくさんは作れなかったけれど、一人一人が食べれる量はあると思うわ。そ、それなりに頑張って作ってきたから、食べてくれたら、う、嬉しいわ」
照れながらそう言うと、騎士たちが生暖かい視線を送っていることに気付いて、余計に恥ずかしくなってしまった。そんなことをしていると、横からひょいとクッキーを一枚とられてしまった。そんなことをするのはもちろんエステルお姉様だ。
「おい!ずるいぞエステルてめぇ‼」
「うるさい!ミティアの手料理なんて私すら食べたことないんだぞ!当然最初に味わう権利は私にある‼」
「抜け駆けはきたねーぞ!」
「お前ら……第二王女殿下の前だと言ってるだろうが‼」
さっきまで騒いでいたのにしゅんとなる騎士たち。そのやりとりにくすくすと笑う他の騎士たち。そんな光景に、なんだか私までおかしく感じてしまって、最初の不安も忘れるぐらいに笑ってしまった。
―――
あの後、結局お姉様が一番にクッキーを食べて、今までにないくらい嬉しそうな顔を見せてくれた。他の騎士たちも「美味しい」という言葉とお礼を言ってくれた。本当にささやかなお詫びと差し入れだったが、彼らの笑顔を見てここに来て良かったと思うことができたのである。
現在、私が軽い足取りで向かう先にあるのは、この国アルカシアで一番の書物の量を誇る、城にある王立図書館だ。
今日の大きな目的を果たした私は、この後の授業もなかったのでなんとなく図書館で本でも読んで、時間を潰そうと考えたのである。どんなところかは知っているが、前世ではほとんど行ったことがないので楽しみだ。
図書館に着き、早速面白そうな本を探す。さすが王立図書館といったところか、その面積は広大で、本棚さえも大きく、たくさん並んでいる。私はさっと見て、とりあえず目についた「アルカシアの逸話」と書かれた本を選ぶ。その本を持って、大きなテーブルの席に着き本を開いた。
読み始めるとあっという間に夢中になり、時間も忘れて読み込んでしまう。普段は娯楽などほとんどないし、読書は前世の頃からよく嗜んでいたからだろう。
しかしうつむいて読んでいるとだんだん首が疲れてくる。私は姿勢を正してぐっと座りながら背伸びをした。そしてふと視線を感じて横に振り向く。
……すると私を見つめる赤い瞳と目が合った。
「きゃあぁ!!」
本日二度目の悲鳴である。椅子から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえて、今度はその瞳を持つ少年をしっかり見る。
私に似たルビーのような赤い瞳に、お姉様のような艷やかな黒髪の少年。この国の第一王子にして私の弟。そして――前世で私を殺した人物の一人。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、第二王女殿下。第一王子のシュテル・ノヴァ・ロワイヤルです」
一人の侍女が同僚に明るく声をかける。
「うん、なんだか以前よりもお優しくなったとか…」
「正直、無口で考えが読めない方だと思ってたけど、今は表情が明るくて使用人にも良くしてくださるそうよ。この前友達がそう言ってたわ」
「何か心境の変化でもあったのかしらね…?」
王宮の広く長い廊下で二人の侍女がこそこそと話す。二人は仕事中であまり私語が許されない立場だが、やはり噂話というものは楽しい。二人はそんなひそやかな娯楽を興じていた。
そんな中、コツコツと廊下に響く音に気付いた二人は、慌てて掃除道具を手に取り、仕事をしているふりをする。そして足音のする方を見てぎょっとする。その音の主は、たった今話題にしていたこの国の第二王女、ミティア・ノヴァ・ロワイヤルだった。
「「だ、第二王女殿下にご挨拶を申し上げます」」
二人そろってミティアにお辞儀をするが、一人の侍女の声が裏返る。悪口ではないが、本人のいないところで噂話をしていたのでさすがにばつが悪い。それにもしさっきの話の内容が聞かれていたなら、罰を受ける可能性もある。そう考えると二人の体はどうしても緊張してしまう。
そっと顔を上げるとミティアの赤い瞳と目が合う。それを見て侍女は罰を受けるということを悟ってしまう。使用人の挨拶など基本無視して行くのが貴族、王族である。それなのにわざわざ足を止めるということは自分たちに物申したいことがあるのだろう。
そう考え顔を青ざめたが、対するミティアは慈しむように浮かべた。
「ありがとう。いつも大変ね、ご苦労様」
そう一言言うと、ミティアは侍女たちを置いて軽い足取りで廊下を進んで行く。
「…え?」
呆けている侍女たちに気付かないまま、小さな王女はご機嫌なまま小包を抱えて歩いて行った。
―――
少し緊張する。アンナは絶対に大丈夫だと言って送り出してくれたが、もし迷惑だと思われたらどうしよう…いや、もう迷惑はかけてしまったが。だからこそのコレである。私は綺麗な小包をぎゅっと抱え、深呼吸する。そして、我が国が誇る王国騎士団の訓練場へと足を運んだ。
太陽が真上で輝いていて少し暑い。だが、それをものともせず騎士たちはそれぞれ鍛錬に勤しんでいた。
木の陰からひょこっと顔を出す。決心して来たものの、真面目に鍛錬をしている騎士たちの邪魔はしたくない。誰かが休憩している隙を見計らって、挨拶をしてこの小包を渡して帰ろう。
それにしても、やっぱり騎士団はかっこいい。汗を流しながら見事な剣さばきを見せる若き騎士。圧倒されるような魔法を繰り返し練習する知的そうな騎士。また、そんな騎士たちを厳しく、頼もしく指導する熟練の騎士。皆不満も何も言うこともなく、ただひたすら一心に努力をしている。私は本来の目的を忘れ、彼らの厳しい訓練を眺めていた。
「何をされてるんですか?」
「きゃっ!」
横から突然声をかけられて、思わず声が出る。振り向くと、茶髪の優しそうな顔をした男性が不思議そうにこちらを見ていた。恰好から見るに騎士だろう。彼は私が持っている小包を見ると、一人で納得したような表情をする。
「あ、お届け物ですか?誰に用があるか聞いてもいいですかね?」
どうやら騎士団の中の誰かに用事があると思ったらしい。そしてこの反応は私のことを知らないんだろうと感じる。騎士は王族にはご丁寧な挨拶から話しかけるのが鉄則だから。まあ、私はまだ公的な催しに参加したこともないし、城外で訓練している騎士なら知らないのも当然だ。
しかし、ここで突然王女であることを明かすと軽い騒ぎになってしまうかもしれない。ここはこそっと伝言だけ伝えて小包を受け取ってもらおう。
「ミ、ミティア王女殿下…⁉」
そう思ったのだが、どうやら私のことを知る者が現れたようだ。私のことを呼んだのはこの騎士団の団長だった。ガーフィールド・グレアム。国に数々の功績を残し、凄腕の騎士たちをまとめている、アルカシアの生きる伝説である。
「え…ちょ、お、王女殿下…⁉」
茶髪の騎士が驚きを隠せないというような顔をしていると、ガーフィルド団長がギロッと彼を睨んだ。「黙っていろ」ということだろう。彼は子兎のようにびくびくと震え、黙ってしまった。
「王国の輝かしい星、第二王女殿下にご挨拶申し上げます。…ミティア王女殿下、本日はどのようなご用件で?」
団長が神妙な面持ちで尋ねる。私が自ら騎士団へ足を運んだことは今回が初めてだから、不思議に思っているのだろう。私は、少し苦笑いしながら答える。
「先日のことを謝りに来たの。くだらないことでわざわざ騎士たちの手を煩わせてしまって……本当にごめんなさい」
そう言って私が深々とお辞儀をすると、団長が慌ててそれを止める。
「そんな、迷惑だなんてとんでもない!私たちは自分の仕事を果たしたまでです。あなた方王族を守るのは私たちの義務ですから………まあ、例外もいますが」
今度は団長が気まずそうに苦笑する。例外というのはエステルお姉様のことだろう。この国の第一王女であるエステル・ノヴァ・ロワイヤルは騎士団に入隊しており、第三騎士隊副隊長という地位にまで上り詰めているのである。守るべき対象である王女が騎士隊で意気揚々としているというのは、彼にとっては多少複雑なのかもしれない。
しかし団長が「例外」と、本来王族を呼ぶのにふさわしくない表現をしているのは、お姉様のことを仲間として認めているからでもあるのだと思う。同等に扱ってくれという彼女の意志を汲んでいるのだ。そう思うとやはりこの団長はいい人なんだろうと感じる。
「それにこう言っては何ですが、殿下を見つけた際にあの奴隷商人たちを捕まえることができたのは、本当にありがたかったのです。奴らは非常に狡猾で、我が国の子供たちを攫い続けていました。情けない話なのですが、いつもあと少しのところで尻尾を逃していたのです。結果的には殿下はあの子供たちを救ってくださったのですよ」
彼は私のおかげであの子供たちが助かったと言いたいようだが、それはただの偶然に過ぎない。もし騎士団の到着がもう少し遅れていたら、私は死んでいたのだと今でも恐ろしく感じる。それに私のせいであの子たちの誰かが死んでしまう可能性もあった。本当に運が良かっただけだ。
しかし気を使って話してくれた団長の言葉を無下にするわけにもいかないので、素直に感謝の言葉を述べた―その時だった。
「え、ミティア、どうしてここに!?」
私の名前を声に出す人物は、私の姉、エステルお姉様だ。騎士たちの邪魔にならないところで話していたというのに、その声につられて鍛錬をしていた騎士たちがこちらを見る。「ミティア王女殿下⁉」「なぜここに?」などと、各所から私に対する反応が聞こえてきて、私は少し焦ってしまう。
「お前ら!それが第二王女殿下に対する態度か‼」
団長が声を荒げると、私を見ていた騎士たちははっとしたように姿勢を正し、一斉にお辞儀する。
「「「「「「第二王女殿下にご挨拶申し上げます‼‼」」」」」」
「……ええ」
私に向けられる大きな声で見事にそろった挨拶に、どうしてもこっぱずかしさを感じてしまう。そうなった元凶のお姉様は、ルンルンといった様子で私に抱き着いてくる。
「ミティア!どうしたんだ?騎士団に来るなんて珍しいな、さては私に会いに来たんだろう!」
「いや、そういうわけじゃ…」
「お、その箱はなんだ?見せてくれ!」
相変わらず人の話を聞かない姉である。先日喧嘩をして仲直りをして、私たちに漂う少し微妙な空気はもう無くなったが、なぜかお姉様の態度は以前に増して遠慮がなくなった気がする。例えるなら今まであった壁が取り払われたような感覚だ。まあ、嫌だとは感じないからそれはいいのだが…。最近は、彼女の空気の読めなさは天性のものであると諦めてしまっている。
「……騎士団の方々に先日のお詫びも込めて、作ってきたの。私が作ったから少々不格好だけれど…良かったら食べて欲しいわ」
そう言って小包の蓋を開ける。その中には、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる、クッキーが入っていた。数日間王宮専属のコックに教えてもらいながら作った練習の成果である。クッキーは前世の日本で暮らしていた時何度も作ったことはあるが、この世界では使える材料に違いがあるので一から教えてもらっていたのである。
王宮の一流の料理人には到底敵わないだろうが、自分が美味しいと思えるクッキーを作れたはずだ。そう思いつつ少し恥ずかしさを感じながら箱を開けると、周りの騎士たちから「おお…!」という期待に満ちた声が聞こえてきた。団長が困惑したように尋ねる。
「王女殿下が直々に……⁉ほ、本当にいいんですか?」
「ええ、そんなにたくさんは作れなかったけれど、一人一人が食べれる量はあると思うわ。そ、それなりに頑張って作ってきたから、食べてくれたら、う、嬉しいわ」
照れながらそう言うと、騎士たちが生暖かい視線を送っていることに気付いて、余計に恥ずかしくなってしまった。そんなことをしていると、横からひょいとクッキーを一枚とられてしまった。そんなことをするのはもちろんエステルお姉様だ。
「おい!ずるいぞエステルてめぇ‼」
「うるさい!ミティアの手料理なんて私すら食べたことないんだぞ!当然最初に味わう権利は私にある‼」
「抜け駆けはきたねーぞ!」
「お前ら……第二王女殿下の前だと言ってるだろうが‼」
さっきまで騒いでいたのにしゅんとなる騎士たち。そのやりとりにくすくすと笑う他の騎士たち。そんな光景に、なんだか私までおかしく感じてしまって、最初の不安も忘れるぐらいに笑ってしまった。
―――
あの後、結局お姉様が一番にクッキーを食べて、今までにないくらい嬉しそうな顔を見せてくれた。他の騎士たちも「美味しい」という言葉とお礼を言ってくれた。本当にささやかなお詫びと差し入れだったが、彼らの笑顔を見てここに来て良かったと思うことができたのである。
現在、私が軽い足取りで向かう先にあるのは、この国アルカシアで一番の書物の量を誇る、城にある王立図書館だ。
今日の大きな目的を果たした私は、この後の授業もなかったのでなんとなく図書館で本でも読んで、時間を潰そうと考えたのである。どんなところかは知っているが、前世ではほとんど行ったことがないので楽しみだ。
図書館に着き、早速面白そうな本を探す。さすが王立図書館といったところか、その面積は広大で、本棚さえも大きく、たくさん並んでいる。私はさっと見て、とりあえず目についた「アルカシアの逸話」と書かれた本を選ぶ。その本を持って、大きなテーブルの席に着き本を開いた。
読み始めるとあっという間に夢中になり、時間も忘れて読み込んでしまう。普段は娯楽などほとんどないし、読書は前世の頃からよく嗜んでいたからだろう。
しかしうつむいて読んでいるとだんだん首が疲れてくる。私は姿勢を正してぐっと座りながら背伸びをした。そしてふと視線を感じて横に振り向く。
……すると私を見つめる赤い瞳と目が合った。
「きゃあぁ!!」
本日二度目の悲鳴である。椅子から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえて、今度はその瞳を持つ少年をしっかり見る。
私に似たルビーのような赤い瞳に、お姉様のような艷やかな黒髪の少年。この国の第一王子にして私の弟。そして――前世で私を殺した人物の一人。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、第二王女殿下。第一王子のシュテル・ノヴァ・ロワイヤルです」
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