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第一章
第十四話 炎のような怒り
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「お姉様…」
安心と驚きが入り混じったような複雑な感情で呟く。颯爽と現れ、華麗に私を助けてくれたお姉様は、まさに王国が誇る騎士であった。しかし、なぜかその顔はいつもより辛く苦しそうだ。
お姉様は私を見るなり目を見開く。サファイアのように青く輝いていた瞳は、激しい炎のように紅く、激しい怒りに染まっていた。
「ミティア…その傷は……」
尋ねられ、思わず額を抑えてうつむく。傷を見られた羞恥心か、今の自分の状況からくる罪悪感か、ただ反射的に顔を下に向けてしまった。
お姉様はそんな私に何も言わず、その傷の原因となる男に顔を向けた。
男は「ひっ」と怯えたように声を出し、倒れたまま後ずさる。しかしお姉様をぐっと睨みつけながら立ち上がり、手のひらから毒を生み出す。そして先ほどとは違い、直接手で毒を当てようとするのではなく、毒を勢いよくお姉様に投げ飛ばした。
私はその様子を見て一瞬息を止めてしまったが、その毒が当たるより先に彼女から出た炎が毒と男の体ごと包み込んだ。その熱さは凄まじく、近くにいた私には当たらなかったが、熱気で息を吸うのも苦しかった。それでもおそらくお姉様が意識的に私から炎を逸らしてくれたのだろう。炎で周囲が赤く染められ、お姉様の瞳も赤く輝いていることがわかった。
火は数秒で消え、周りに物もなかったので煙はほとんど放出されなかった。鮮明になった視界の先には、無言で男を睨み付けるお姉様と、睨まれながら倒れてもがき苦しむ男がいた。
「あぢぃ‼あぢぃよぉ‼だ、だずげで…!」
そう喚く男の皮膚は全身が赤く染まり、皮膚がかぶれたり、ただれたりしているような部分もあった。数秒程度でもここまでの炎症が起こるなんて、やはり相当な温度の炎だったのだろう。私はその恐ろしい光景に思わず目を逸らそうとしたが、お姉様の次の行動でそれは叶わなかった。
「おい、お前はミティアに…この子供たちにどんな仕打ちをしたんだ?この外道が」
彼女は倒れている男の腹を騎士隊の靴でがっと踏みつけた。男のつんざくような悲鳴が響き渡る。しかしそれよりも耳に残るのは、恐ろしい形相で男を踏みつけているお姉様の地を這うような声だ。前世を含めて、今まで聞いたことのないような憎悪に塗れたような声。
男はすでにお姉様の声など聞こえていないように震えながら何か呻いている。そしてお姉様はそんな男の様子も気にも留めないように、またその足で――。
「エステル副隊長‼」
お姉様がはっとしたように顔を上げる。顔を上げた先には薄い緑色の短髪の騎士がいた。彼はお姉様が所属する第三騎士隊の隊長である。
「やりすぎだ。戦意喪失した者を意味なく攻撃するな、騎士の名を汚す気か」
そう告げられたお姉様はぐっと唇を噛み「…申し訳ありません」と呟いた。
「こちらは私たちに任せろ。お前はやるべきことがあるんだろう」
「……ご迷惑をおかけします。では、失礼します」
そう言ってお姉様は私の方へ振り返って近づき、私の手を取った。そして「行くぞ」とだけ短く言うと、外に向かって歩き出した。そんな私たち二人とすれ違いざまに、多くの騎士がこの建物に突入し始めた。これであの少女も、子供たちも大丈夫だろう。そんな安心と同時に、私の手を強く握りしめ、何も言わないお姉様に不安を覚えていた。
馬車に乗り、王宮へ移動している間も、一緒に乗っていたお姉様は何一つ喋らなかった。
―――――
王宮に着くなりアンナが私を出迎え号泣した。医者に傷を診てもらうと、しばらくは残るが丁寧な治療で傷は消せると言われた。そのことに私の横にいたアンナはほっとした様子だった。いつもなら「良かったな」とにこやかに笑うであろうお姉様は、また何も話さなかった。
治療された後、お姉様が私の手を握りながら連れてきたのは、彼女の部屋だった。正直この部屋は前世のことを思い出してしまうのであまり居たくはなかったが、今この状況でそれを言い出すほど私も馬鹿ではなかった。お姉様はアンナを含め、使用人たちにこの部屋から離れるようにと伝えた。お姉様は椅子を出し、私にそこに座るようにと言った。私は言われた通りその椅子に腰掛けたが、お姉様自身は私の目の前に腕を組んで立つだけだった。
「さて、と…」
お姉様は軽く深呼吸をした。そして――。
「お前はなぜ城を抜け出した?」
その鋭い冷えた瞳で私を睨み付けた。
安心と驚きが入り混じったような複雑な感情で呟く。颯爽と現れ、華麗に私を助けてくれたお姉様は、まさに王国が誇る騎士であった。しかし、なぜかその顔はいつもより辛く苦しそうだ。
お姉様は私を見るなり目を見開く。サファイアのように青く輝いていた瞳は、激しい炎のように紅く、激しい怒りに染まっていた。
「ミティア…その傷は……」
尋ねられ、思わず額を抑えてうつむく。傷を見られた羞恥心か、今の自分の状況からくる罪悪感か、ただ反射的に顔を下に向けてしまった。
お姉様はそんな私に何も言わず、その傷の原因となる男に顔を向けた。
男は「ひっ」と怯えたように声を出し、倒れたまま後ずさる。しかしお姉様をぐっと睨みつけながら立ち上がり、手のひらから毒を生み出す。そして先ほどとは違い、直接手で毒を当てようとするのではなく、毒を勢いよくお姉様に投げ飛ばした。
私はその様子を見て一瞬息を止めてしまったが、その毒が当たるより先に彼女から出た炎が毒と男の体ごと包み込んだ。その熱さは凄まじく、近くにいた私には当たらなかったが、熱気で息を吸うのも苦しかった。それでもおそらくお姉様が意識的に私から炎を逸らしてくれたのだろう。炎で周囲が赤く染められ、お姉様の瞳も赤く輝いていることがわかった。
火は数秒で消え、周りに物もなかったので煙はほとんど放出されなかった。鮮明になった視界の先には、無言で男を睨み付けるお姉様と、睨まれながら倒れてもがき苦しむ男がいた。
「あぢぃ‼あぢぃよぉ‼だ、だずげで…!」
そう喚く男の皮膚は全身が赤く染まり、皮膚がかぶれたり、ただれたりしているような部分もあった。数秒程度でもここまでの炎症が起こるなんて、やはり相当な温度の炎だったのだろう。私はその恐ろしい光景に思わず目を逸らそうとしたが、お姉様の次の行動でそれは叶わなかった。
「おい、お前はミティアに…この子供たちにどんな仕打ちをしたんだ?この外道が」
彼女は倒れている男の腹を騎士隊の靴でがっと踏みつけた。男のつんざくような悲鳴が響き渡る。しかしそれよりも耳に残るのは、恐ろしい形相で男を踏みつけているお姉様の地を這うような声だ。前世を含めて、今まで聞いたことのないような憎悪に塗れたような声。
男はすでにお姉様の声など聞こえていないように震えながら何か呻いている。そしてお姉様はそんな男の様子も気にも留めないように、またその足で――。
「エステル副隊長‼」
お姉様がはっとしたように顔を上げる。顔を上げた先には薄い緑色の短髪の騎士がいた。彼はお姉様が所属する第三騎士隊の隊長である。
「やりすぎだ。戦意喪失した者を意味なく攻撃するな、騎士の名を汚す気か」
そう告げられたお姉様はぐっと唇を噛み「…申し訳ありません」と呟いた。
「こちらは私たちに任せろ。お前はやるべきことがあるんだろう」
「……ご迷惑をおかけします。では、失礼します」
そう言ってお姉様は私の方へ振り返って近づき、私の手を取った。そして「行くぞ」とだけ短く言うと、外に向かって歩き出した。そんな私たち二人とすれ違いざまに、多くの騎士がこの建物に突入し始めた。これであの少女も、子供たちも大丈夫だろう。そんな安心と同時に、私の手を強く握りしめ、何も言わないお姉様に不安を覚えていた。
馬車に乗り、王宮へ移動している間も、一緒に乗っていたお姉様は何一つ喋らなかった。
―――――
王宮に着くなりアンナが私を出迎え号泣した。医者に傷を診てもらうと、しばらくは残るが丁寧な治療で傷は消せると言われた。そのことに私の横にいたアンナはほっとした様子だった。いつもなら「良かったな」とにこやかに笑うであろうお姉様は、また何も話さなかった。
治療された後、お姉様が私の手を握りながら連れてきたのは、彼女の部屋だった。正直この部屋は前世のことを思い出してしまうのであまり居たくはなかったが、今この状況でそれを言い出すほど私も馬鹿ではなかった。お姉様はアンナを含め、使用人たちにこの部屋から離れるようにと伝えた。お姉様は椅子を出し、私にそこに座るようにと言った。私は言われた通りその椅子に腰掛けたが、お姉様自身は私の目の前に腕を組んで立つだけだった。
「さて、と…」
お姉様は軽く深呼吸をした。そして――。
「お前はなぜ城を抜け出した?」
その鋭い冷えた瞳で私を睨み付けた。
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