ダンジョン配信で始まる学園生活!【完結!】

空宮海苔

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第38話:ケテルの運命

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「あと、ダンジョンライフガードを無効化するアーティファクトの回収もお願いします」

 いつの間にか秋花のそばに来ていた天音がそう声を掛けた。
 スキルの効果はすでになくなっており、普段と同じ姿になっている。

「んー、言うてそれはちょっと見た目じゃ分からんからね……というか、ダンガー本体みたいに起動中は実物がない、って可能性もないではないし」
「……それもそうですね」

 天音は一瞬考え込むと、納得したように頷いた。

「にしても、よくあの口紅? みたいなヤツで倒せたねぇ。偶然持ってるのもそうだし、撃てることに気がついたのも」
「あれは――昔発見してから、ずっと持っていましたから。機能と使い方については、事前に連理さんから聞いていたんです」

 天音は一瞬答えに迷うようにカメラの方に視線を向けながら、秋花の質問に答えた。

 明里と天音がこのダンジョンの下層に落ちていったとき、確かに二人はこの口紅型のアーティファクトを発見していた。
 あの後、天音はいつも通りそれを探索者協同組合に持っていったのだが、検査の結果特に問題ないとして返却された。

 しかし、検査の後にも本当にただの口紅なのか気になった天音は、連理にもあのアーティファクトの機能を調べてもらっていたのだ。
 そこでようやく、あれが暗器であることが判明した。

「へぇ、じゃあなんでアレがケテルに効いたんだろう?」
「効果が『あらゆる防御術式を貫通して対象を暗殺する』というものだったからだと思います」

 防御術式、というのは一般的には防御魔術や防御力上昇の付与魔術のことであると解釈されている。

「おおう、そりゃまたすごい。だから、あのケテルの腕を貫通できたわけだ」

 秋花はうんうん、と興味深そうに頷いた。

「それに、ケテルは途中まで妙に生傷が少なかったですよね? ――あれは、彼女がダンガーの持つ防御術式を付与されていたからだと思っていまして。それも貫通できたのが大きいと考えています」
「いやちょいちょい。めっちゃ話が飛ぶじゃん。どういうこと?」

 いきなりとんでもない理論を展開しだした天音を手で制しながら、秋花は説明を要求した。

「えっとですね、実際ケテルは痛みを感じている様子に反して、外傷が少なかったと思うんです」

 確かに、考えてみれば明里に至近距離からショットガンを撃たれたときも、それらしい傷はついていなかった。

「まあ、それは確かに。効果がダンガーっぽいと言えば、ぽいけど……」
「加えて、ケテルはダンガーを無効化する遺物を持っていたでしょう? ――あれの本当の能力が、無効化ではなく吸収だと考えれば、ない話ではないと思うんです」

 天音自身、確証があるわけではないのだろう。

「……なるほど、だからあの口紅は、ダンガーのせいで異常に硬かったケテルの体を貫通できたと」
「はい。ケテルに一斉攻撃を仕掛ける直前、あのアーティファクトの存在を思い出し、そのことについて考えていました。実際に使用するまではただの予測でしたが、あの様子を見るに当たっていたようです」

 ほとんど推論だったが、結果的にその判断が功を奏したというわけだ。

「へぇ、やっぱり、流石の判断力だね」

 秋花はパチンと指を鳴らし、まるで自分のことを喜ぶかのように言った。

「まあ、はい」

 対して、天音は微妙な反応を示した。

「え、思ったより微妙な反応じゃん……何かあった?」

 見かねて、秋花が不思議そうに問うた。

「その、あれがダンガーを貫通するアーティファクトだとすると、警察案件になるかもなんて思ったんです。ずっと所持していたのも、扱いに困っていたからでして――」
「……そういえばそうじゃん」

 秋花の頭に雷が落ちた。
 考えてみれば、そうである。

 ダンガーを貫通できるということは、ダンジョン内での殺人が容易にできてしまうということだ。
 そんなアーティファクトを持っていたらどうなるのか、あまり想像はしたくない。

「その、組合の方に一度持った上での所持でしたし、逮捕とかはない、はず、です」

 天音は、ひどく不安げな表情をしながら言葉を並べた。
 おそらく、先程カメラの位置を確認していたのも、この話が配信に流れてしまうことを防ぐためだったのだろう。

 とはいえ、本人の言う通り、組合に一度持っていっている。もとはといえば組合の確認ミスなのだから、流石におとがめなしだろう。

 たぶん。

「ま、まあ仕方ないか。一回持ってったんなら組合の落ち度ではあるし、裁判とかになっても勝算はあるんじゃないかな」
「さ、さいばん……」

 天音は自身の口元を手で覆い、表情はさぁーっと青ざめていった。

「だぁーっ! ごめん、ごめんって! こういう事例は何個か知ってるけど、大抵はアイテムの没収だけで済んでるから大丈夫だって!」
「そ、それならいいのですが……」

 なおも不安げな表情が剥がれないまま天音は返答した。

「なんというか、ごめんねぇ。あーあ、せっかくの戦勝後に変な話するんじゃなかった」

 秋花は苦笑いを浮かべながら、天音に謝罪をした。

「何の話をしていたんですか?」

 すると、零夜が急に後ろから現れた。

「うわびっくりしたぁ零夜くんか。でぇじょぶでぇじょぶ、大した話じゃないから。はっはっは」
「そ、そうですか……」

 驚いて一気にまくし立てた秋花に対し、零夜は若干引きながら答えた。

「実際、ちょっと面倒な話ですので。詳細は後ほど」

 対称的に、天音は真面目な受け答えをした。

「なるほど、了解した」

 一瞬考え込んでから、零夜は了承した。

「それで、どうかしたのかい?」
「……その、ケテルの生死が気になってしまって」

 秋花の問いに、零夜は少し言いづらそうに答えた。

「ああ、コイツね。たぶん死んでないと思うよ」
「ですね。いつの間にか、傷も塞がってますし」

 天音は彼女に視線をやった。
 確かに、体から漏れ出る赤いエフェクトは既になくなっている。傷も、天音のアーティファクトがつけたそれ以外は目立つものはなかった。

 それらが自然治癒なのか魔術の使用かは定かではないが、とにかく生きていることは確かだろう。

「それはマズいんじゃないですか? また起き上がったら……」
「相手は武器も持ってないし、魔力の消耗もあるから大丈夫だと思うよ」
「だといいんですが……」

 零夜は少し不安げにしながらも、納得した。

「それに、下手に死なれるのも事後処理が面倒だし、生きてるなら生きてるで話を聞き出せる。これくらいがちょうどいいよ」

 秋花はあまり感情の読み取れない、抑揚の薄い声で言った。零夜と天音が答えにきゅうしているうちに、秋花はケテルに近づいた。

「おーい、生きてるんでしょ?」
「……おまえも、趣味が悪いな」

 秋花の声に、ケテルは顔を上げた。
 その表情には、自嘲じちょうするようなうすら笑いが浮かべられていた。

「ほらね」

 それから、笑顔で秋花は振り返る。

「は、はい。確かに……」

 天音が引き気味に答えるのを見届けると、秋花はケテルの方を向いた。

「これは――どうしたんだ?」
「なんかシリアスな感じ……」

 秋花たちの様子に気がついた連理と明里が、天音の隣に立っていた。

「私にも詳しくはわかりませんが、ケテルと多少は話せる状況のようです」

 天音は二人にそう説明した。

「よっし、わかった。まあ、配信は消すか。こういう姿を移すのは俺の流儀りゅうぎに反する」

 そう言うと、彼はスマホから自身の配信を切って、カメラの電源も消した。
 抵抗する気もない、弱々しいケテルの姿を見世物にするようなマネはしたくないのだろう。

 とはいえ、今頃コメント欄では文句を言っている生徒は大勢居ることだろうが。

「結局、ダメだったな。わたしの運命というものも、こんなものか」

 それから、ケテルが独白するように言った。

「意外と潔いじゃない。どういう心境の変化?」

 対して、冷静な様子で秋花は問い詰める。

「おまえも気づいているのだろう? わたしの名と、その運命について」
「――逆に、自分で気づいていたんだ。鋭いね」

 ほんの少し驚いた様子で、秋花は返す。

「あの……まったく意味が分からないのですが、どういうことなのですか?」

 思えば、秋花は最初ケテルに主君の名前は何かと訊いていた。
 そして、今ケテルの口からも『名前と運命』と漏れた。

 秋花とケテルは何か分かっているようだが、二人以外からすれば、何がなんだかさっぱりだろう。

「ああごめん、ずっと説明してなかったね。確か、ケテルという名が地球の神話と関係してることは前に話したよね?」
「そう、ですね。道すがら聞きました」

 天音は通信機を使用している最中だったが、外の音もある程度聞こえていた。『生命の』がどうのこうの、という話をしていたのを天音は覚えている。

「ケテルもマルクトも、生命のの構成パーツの名前……だったかな。総称してセフィラとかセフィロトとか言う、はずなんだけど」

 『神学には明るくない』と本人が言っていた通り、そこまで詳しく理解しているわけではないらしい。

「えっと、木のパーツにまで名前がついているんですか?」

 秋花の言葉に、天音は不思議そうに質問した。

「ごめん、その辺は私もよく分かんなくてねぇ。自分で調べた方がいいかも」

 困ったように後頭部を掻きながら秋花は苦笑いを浮かべた。

「それで、ケテルとマルクトっていう名前が意味するのが――」
「ケテルは王冠。マルクトは王国だ」

 秋花が言い切る前に、ケテルが口を開いた。

「おおう、答えるんだ」

 秋花のあっけらかんとした答えに『やはりお前は気に食わないな』とケテルは鼻を鳴らした。

「最初主君の名前を訊いたのも、わたしと生命のとの関係を確かめるためだったのだろう?」
「ま、そういうことだね」

 どこか自慢気に秋花は返す。
 それをよそに、ケテルは語り続けた。

「これを初めて知った時、ゾッとしたよ。わたしとあのお方との出会いが、『数奇な運命』ではなく『仕組まれた運命』なのだと知ってしまったからね」
「……うん。だから、何かの因果いんがに誘われてキミが今こうしていると考えると、少し可哀想だな、って思わないでもないけどね」

 秋花は表情を変えないまま、ケテルの姿を見つめた。

「同情は要らん」

 その言葉に、ケテルは秋花をにらむ。
 けれど、秋花はただ薄く微笑むだけだった。

「わたしは、あの時主君の手をとったことを今でも後悔していない。ゆえに、同情も要らん」
「ほう、そうなんだ」

 秋花は意外そうに頷く。

「……でも、あなたはその時、その選択肢しか・・取れなかったのではないでしょうか?」
「痛いところをつくな。その通りだ」

 天音の問いに、ケテルはため息がちに答えた。

「だが、この道しかなかったからこそ、わたしは全霊でこの道を歩いてきた。その結果がこれなら、もう受け入れるしかないだろう」

 さらにケテルは『もとより、仕組まれた運命なのだから諦めもつくというものだ』と付け加え、自嘲じちょうするように笑った。

「……だから、妙に潔い、ってことね」
「話が逸れたが、そういうことだ」

 ケテルは肺いっぱいに溜めた空気を吐き出すように、呼吸をした。

「あなたが――そしてマルクトという方がもっと良い環境に恵まれていれば、結果は変わっていたのでしょうか」

 呟くように、天音は訊いた。

「さぁな。だが、あのお方が最初にあった人間が、おまえらのような頭お花畑人間だったとしたら――あるいはな」

 ケテルは一同を嘲笑あざわらい、言い放った。

「……そうだといいがね」
「なんだ、もっと面白い顔をしてくれるかと思ったのだが」

 ただ短く肯定する連理に対し、ケテルは静かに目を伏せた。

「運命というのは、残酷なものですね」
「おまえらに分かったような顔はされたくないが――確かに、そうだな」

 悲しく笑いながら、ケテルは天を仰いだ。

「願わくば運命のおりのその外で、わたしはあのお方と出会いたかった……」

 薄く笑うケテルの表情は、今までの攻撃性のあるものではなく――あるいは、慈愛じあいという言葉がよく似合う表情だった。

「……今からでも遅くない。罪を償ってからでも、やり直せるはずだ」

 呟くケテルに、零夜が一歩踏み出し、噛みしめるように発言した。

「もう遅いさ。主君は誰にも止められないのだから。それに、この国の刑罰には明るくないが、わたしなんていいとこ終身刑か流刑るけいだろうよ」

 今度はいつものような攻撃性のある笑みを浮かべ、ケテルは言う。

「それは……」
「いいんだよ。わたしはこれで。お前らにも、随分迷惑を掛けたな。せいぜい、この後もその汚いツラに綺麗事まみれの笑顔を貼り付けながら幸せに生きるといい」

 ケテルは連理、天音、零夜、明里の四人を見渡しながら、皮肉っぽく笑った。
 しかし、四人は全員口をつぐんでいた。

「――どうした? そんなしみったれた顔をして。もう少し嫌そうな顔でもしたらどうだ」

 見かねて、ケテルは笑った。

「今度、会いに行く。そんときまで、忘れるなよ」

 彼女をビシッと指差し、連理がそう宣言した。
 それに対して、ケテルは目を見開く。

「さっき死刑って言ったばっかりだろ――やっぱり嫌いだ、おまえらのことは」

 何かを諦めたような、けれど一抹いちまつの優しさがめられた表情のまま、彼女は目を伏せた。

「すまんな、俺は綺麗事が大好きなんだ」

 いつも通りニヤッと笑って、連理はそう言った。

 ~あとがき~

 日付変わってますけどギリセーフだと思うんです(言い訳)。
 ……ということで、今回も最後までお読みいただき本当にありがとうございます!

 内容についての補足ですが、生命の樹というのは旧約聖書に書かれている存在ですね。すでにご存じの方も居るかもしれません。
 実在していることもあり、生命の樹関連の話は曖昧にしてありますので、ご了承ください! 書こうと思えば私なりの知識を書けるのですが、秋花が本当に詳しくないので、細かくは書かないことにしています。
 ……そう、彼女の言う通り、自分で調べてみるのだ!

 冗談はさておき、のちのお話で軽く触れる可能性はありますね。特に天音あたりは詳しく調べそうな性格ですから。
 ともかく、なかなか説明の多くなってしまった今パートですが、お楽しみいただけたでしょうか?

 これにて、合同文化祭事件がほとんど終わりました。次のお話からエピローグに入ります。おそらくもう数話で完結、という形になるでしょう。
 だいぶ長くなったこの物語も、もう終わりに差し掛かっていますね。

 よければ、最後までお付き合いください。
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