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第16話:合流、そして五層ボス

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「あとは、扉かぁ」

 振り返り、呟いた。明里にとって、鍵付き扉にあまりいい思い出はない。
 あまり乗り気にはなれなかった。

「この鍵で開くのかどうかも分かりませんが……他の道よりはマシでしょうし、試してみましょう」
「うん……分かった」

 天音の提案に、恐る恐る鍵を差し込み、回す明里。
 しばらくすると、青い線が走って扉は開いた。

 中には折り返し式の階段があった。照明が完備されており、明るい。

「階段、ですね」
「明るいし大丈夫そうだけど……」

 むむむ、と階段の先を睨む。
 踊り場から先は見えないせいで、変に警戒してしまうのだろう。

「この部屋にトラップがないことを考えると、この先も問題ないのではないでしょうか?」

 天音が安心させるように言った。

「そっかぁ。あ、それにそろそろダンガーが発動できるだけのエネルギーが溜まってるかもしれないし……っていう認識でいいんだよね?」

 理解力に自信がないのか、天音の方を振り返りながら訊いた。

「そういえばそうですね……もうさほど不安はないでしょう」
「いぇーい!」

 その言葉に、明里は嬉しそうに拳を天に上げた。

「それじゃあ進みましょうか」

 二人は歩き出した。

 ◇

 階段を登ると、広い空間に出た。
 黒い金属の柱が複数本建っており、まるで東京の外郭放水路のような様相をていしていた。天井は石がむき出しになっているが、地面は青みがかったコンクリートのような材質でできていた。

「……広い場所だね」

 心の中に生まれた小さな不安のせいか、声も小さくなっていた。

「ですが、まだ私が知っている場所ですね。少しは安心できそうです」
「ほんと⁉ じゃあもう安全だね!」

 叫んだ明里の声が反響した。

「しっ。まだ完全に安全とは言い切れません。ここは確か五層の辺りですが、私だって覚えていることの方が少ない層ですから」

 明里を制しながら、前に進んだ。緊張した面持ちで一歩一歩歩いていく。
 広い場所というのは、それだけ逃げ場がないということでもある。

(何か見覚えのある場所……これは何の場所?)

「ねぇ」
「はっはい」

 急に話しかけられ、肩が跳ねる。

「大丈夫? そんなに警戒しなくても良いと思うけど……」

 明里は怪訝そうに天音の顔を覗き込んだ。天音の顔が随分強張こわばっていたのが気になったのだろう。

「それもそうですね。すいません」

 天音は少し落ち着きを取り戻し、軽く謝罪した。

「それでさ、あっちに出口っぽいのあったんだよね。行ってみる?」

 明里は部屋の端を指差した。そこには派手な彫刻のある大きな扉があった。

「あっ、確かにありますね。じゃあ行ってみましょう」

 天音は足早にそちらへ向かった。
 ――しかしそれと同時に、大地を揺らすような巨大な足音が聞こえた。

「え――」

 その瞬間、天音は思い出した。ここ五層に何が居たのか。

 伸縮する黒鉄の四脚を持った巨大な機械。楕円形の胴体に、二つの赤い目を光らせ、二人を見つめていた。

 ぞわり、と背筋が凍った。それは、自分より遥かに巨大なものを相手にした本能的恐怖だろうか。

「あ、これって、エリアボス……」

 明里が引きつった笑みで敵を見つめる。
 その言葉に返ってきたのは、空間を踏みしめる足音だけだった。

 気がつけば、出口だと思っていた扉は閉まっていた。

「――確証はありませんが、もうダンガーが発動するのに十分な戦闘はしているはずです。全力で戦えば、勝っても負けてもどうにかなる……と思います」

 ダンガーは、ダンジョン内での戦闘によってエネルギー収集をしている部分が大きい――と言われている。
 天音は少し不安げな表情をしながらも、覚悟を決めた。

「おっけー。じゃあやるしかないってわけね」

 明里はふぅと息を吐くと、笑ってショットガンを構えた。

 ◇

 同時刻。連理れんり一行は。

 まず、捜索開始前に合流した氷桜ひょうおう 蓮華れんげについてだが、彼女は長剣に魔術を付与――つまり、炎や氷、電を剣にまとわせて戦う、魔法剣士のようなスタイルを得意としているようだった。
 本人曰く、鳥里とりさと高校でも上位の実力を持っているらしい。実際、なかなかの活躍をしていた。彼女のおかげもあり、戦闘は難なく進んでいる。

 ちなみに、洞窟の中で一人魔物に追われていたところを助けて合流した形になるのだが、それは仲間とはぐれて道が分からなくなってしまっていたかららしい。
 二人が事情を話すと、喜んで付いてきてくれた。その後、道案内をするという条件付きではあったが。

 そして現在、黒い鉄でできた扉の前に三人は居た。周りにはサラサラと粒子になっていくサイボーグのような見た目をした兎が居た。ここに居る魔物の一種だ。
 扉の横には右側に四つの小さな赤いボタンと、青白く光るパネルが置かれていた。

「この辺のギミックは面白みもないですし、さっさと抜けちゃいましょうか」

 連理は手元にある黒色の台座のようなものの上に手をかざし、迷いなくその上を滑るように手を動かした。さらにボタンをパチパチと押すと、大きな扉が土を擦るような音を立てて動き始めた。

「めっちゃ早いわね!」

『はっや』
『爆速で草』
『もうちょい見せてクレメンス』

 蓮華は驚愕していた。しかし、それは当然とも言える。
 持ち前のスキルによって、解放を無理やり取得して高速で解いたのだから。およそ正攻法とは言えない解法だ。

「そうでしょうそうでしょう……っと、それより先に進まないとっすね」

 自慢げにうんうんと頷いてから、連理は歩みを進めた。

「次の戦闘では私ももうちょっと本気を出してカッコいいところを見せないと……」

 対して蓮華は、何を気にしているのか、ブツブツと呟いていた。
 彼女は背中に派手な装飾の付いた直剣を持って戦っているようだが、

(流石に解くのが早すぎるな……焦っているのだろうか)

 零夜れいやは連理を見て、そう分析していた。確かに、連理は焦っていた。なにせ、いつまでたっても二人の痕跡の片鱗すら見つけられないのだ。未だに連絡もつかない。

 既に二人が落ちてから三十分は経っているだろうか。本来の交流イベントの継続時間から見ても、少し延長気味になっている。

 二人が連理についていこうとした時、大きな揺れと音が三人を襲った。

「な、なんだ⁉」
「これは――五層のボスの音か?」

 連理は音を聞いて冷静に分析していた。

「え、めっちゃ大きい音立てるのね」

 蓮華はボスの姿を想像して戦慄していた。

「ここのボス、大きいですからね」
「待てよ、今この層に居る人間と言うと――二人ぐらいしか考えられないんじゃないか? 行ってみよう!」

 零夜はそう言うと、返事も聞かずに走り出して行ってしまった。

「――そうか! そうとなれば善は急げだな! えぇっと、蓮華さんも、二人の戦闘音っぽいのが響いたので、行きましょう。ボスはこの先です! 急ぎましょう!」

 連理は蓮華に軽く説明を済ませると、そのまま走っていってしまった。

「ついに見つかるのね! 了解したわ! ――って行くのまで速いわね!」

 一人置いていかれた蓮華も遅れて走り出す。

『ようやっと進展か』
『約一名、置いていかれている模様』

 ◇

 派手な彫刻の入った、大きな扉の前に三人は立っていた。
 ここのボスエリアは、始まった瞬間に扉が閉まるように出来ている。

 しかし、外からなら開けられるという仕様になっているのだ。つまるところ、一方通行だ。

「お邪魔するわ!」

 バン、と蓮華が扉を開ける。
 中は上下左右どこも広い空間に柱が立っているという構造だった。

 ――そして、奥に動いている巨大な機械が見えた。
 さらに、同じく戦っている二人の人間――天音と明里だ。

 それを見た零夜と連理は、何も言わずに飛び出していった。

「え、あ、ちょ、置いてかないでー!」

『作戦はなし! ヨシ!』
『どこを見てヨシって言ったんですか』
『また置いてかれてる人が約一名』

 巨大な機械――ボスはまだ三人に気づいておらず、明里と天音の方を向いている。
 連理はいつもより早いような気がする速度で、ボスに向かう。

 ガシャンという音が何度も響くと、相手の脚が火花を散らしながら短くなっていった。二つの赤い双眸そうぼうが光り、エンジンのような、電子音のような音が響く。

(何かの呼び動作なのか……⁉)

 零夜が警戒する中――連理は大きく跳んだ。
 ボスの大きな楕円形の体は地面に近くなっており、連理の跳躍で届くほどの距離にあった。

 連理は腰のホルスターから『アークキャスター』を抜くと、トリガーを引く。電撃が射出され、相手の動きが一瞬止まった。
 気がつけば、連理の腕に付けられたフラクティオパイルが赤く光っていた。

 刹那、閃光と共に、甲高い金属音が突き刺さるように轟いた。
 連理は耳をつんざくような音に顔をしかめながら、華麗に着地した。

「連理さん!?」
「おお、ついに来た! 仲間が救出に来る熱い展開!」

 驚く天音をよそに、明里は目を輝かせていた。

『王道展開きちゃあ』
『これなんて少年マンガ?』
『ようできたシナリオやなぁ』

 さらに、タイミングを伺っていた零夜も後を追うように跳躍し、連理が攻撃した箇所を持ち前のナイフで斬った。甲高い金属音が鳴り、ボスの巨体が揺れた。

「おお! 零夜も来たんだ」
「ああ――無事でよかった」

 心の底から安心したような表情で、零夜は言った。

「明里さんは相変わらず危機感が薄いですね……まあ、たしかにもう安全ですが」

 天音はどこか安心したように苦笑する。

「おうよ、遅れてすまんな――じゃあ、やるか」

 連理の炎の剣が、戦いの火蓋を切った。
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