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第三夜
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私は、寝る支度をしようとして、小腹が空いている事に気付いた。
酒の席で食事はしたが、主人に合わせてツマミのような物ばかり食べていたので、実質あまり食べていないようなものである。
腹が空いたと思い始めると、何か食べなくては治まらなくなって来た。
「そう言えば、ヨウ君はお腹空いてないのかい?」
「笹川さんは空いてるの?」
疑問に疑問で返される。
「ちょっと小腹が空いて、何か食べようと思ってるんだけど、ヨウ君もお腹が空いてるなら、一緒に何か頼もうかと思ったんだけど」
「大丈夫。空いてないよ」
しかし、ヨウのお腹が、その言葉を否定する。
「あ……」
ヨウは、ばつ悪そうな顔になる。
「オーケー。じゃあ、何か頼もう。ピザでいいかな?」
私はそう言って、ピザ屋のチラシを広げる。
「何が食べたい?」
「笹川さんの好きな物でいいよ」
こういう時、任せられる方が困ったりもする。
どうしたものかと考えるが、無難な線で行けば間違いないだろう。
「じゃあ、マルゲリータにするか」
「うん」
ヨウの返事を聞いてから、私はピザ屋に電話をかけた。
届くまでには、四〇分近くかかるらしい。
その間、ヨウと二人きりで、一体、何を話せばいいのか見当もつかない。
「ねえ。何で僕を拾ったの?」
最初に口火を切ったのは、ヨウの方だった。
しかし、自分でも何で拾ったのか分からないのだから、答えようがない。
それでも、何か返事をしなければと考えるのだが、結局ちゃんとした理由は思いつかなかった。
「何だろうな? 気の迷いとかかな」
私が適当に返すと、ヨウは不思議そうに首を傾げた。
「しつこく話しかけて来たから、何か理由でもあるのかと思ったけど違うの?」
慈善事業で拾ったのでない事は確かだが、じゃあ、何だと言われても全く見当がつかない。
「じゃあ、ヨウ君は、何で俺に付いて来ようと思ったんだ?」
「僕? 誘われたからだよ」
「いやいや。見ず知らずの人に声をかけられたら、普通は警戒するもんだろ」
「生きたまま解体とかされるんだったら嫌だけど、それは、なさそうだったから」
「いや、生きたままって……」
物のたとえだとしても、随分と物騒だ。
私がそう考えていると、ヨウは初めて会った時のような妖艶な笑みを浮かべる。
「全部、終わらせようと思ったんだ。でも、笹川さんに声をかけられて、気が変わったんだ」
「終わらせる?」
人を殺したとして、それで終わらないとしたら、私に考えられるのはひとつしかなかった。
「それは……」
私が言いかけると、それに被せるようにヨウが言葉を続ける。
「いざとなったら怖くなったんだ。笑っちゃうよね」
深く突っ込んだ方がいいのかとも考えたが、これ以上、深入りすると、戻れなくなりそうな気がしたので、追求はしない事にした。
「まあ、何にせよ。こうして、ここにいる訳だし、朝までは仲良くしようか」
それに、ヨウは小さく頷いた。
その顔が、あまりにも寂しそうだったから、私は思わず、慰めるように軽口を叩く。
「俺の事は殺さないでくれよ」
「大丈夫。もう、誰も殺せそうにない」
しかし、作戦は見事に失敗したようで、ヨウは寂しそうに言った。
私が更に慰める為に、何かを言おうとした時、少し早めの時間にチャイムが鳴った。
「ちょっと、待っててくれ」
そして、私はピザを受け取りリビングに戻ると、絵の具で汚れた机の上に乗せる。
いつもは、デスクチェアに座って食べるのだが、うちに二人分の椅子はない。
「ヨウ君ここに座れよ」
私が椅子を引くと、ヨウは困ったような顔になる。
「笹川さんが座りなよ。僕は立ったまま食べるから」
「いやいや、俺はいいから座れって」
座る座らないの押し問答の末、私は疲れて音を上げた。
「じゃあ、二人で立って食べるか」
「そうだね」
そう言って、ヨウは明るい笑みを浮かべる。
私は、ヨウの寂しそうな、何処か人と距離を置くような、そんな笑い方しか見た事がなかったから、こんなふうに普通に笑う事も出来るのだと思い少し安心した。
しかし、ヨウは何かに思い至ったようで、急にまた寂しげな表情になる。
「こんな暖かい生活を経験したら、期待してしまう」
ヨウの家庭は、安らげる物ではなかったのだろう。
帰りたくないと言う気持ちも分からなくはないが、このままうちに置いておく訳にはいかない。
私は、その先を聞かずに、適当に流す事にした。
「食べ終わったら寝るぞ」
「寝たくない」
「寝なくたって朝は来るんだ」
私が言うと、ヨウは何かを考えるように俯いた。
「何をしたら、追い出さないでいてくれる? 笹川さんが望むなら、何だってする」
「して欲しい事なんて、連絡先を教えて欲しいって、それだ……」
私が言うのを遮るように、ヨウが私に抱きついた。
「ここにいたい」
私は、ふいをつかれて動揺した。
「ちょっ、離れて」
私は、恋人がいた試しなどないのだから、誰かと抱きあうなどした事がない。
突き放す事も、抱きしめる事も出来ずに、ただただ困惑する。
「ねえ。抱いてもいいよ」
それは、子供の言うような言葉ではなくて、私はかえって冷静になれた。
「子供は、そんな事を言うもんじゃない」
私が突き放すと、ヨウは困惑したようにこちらを見る。
「じゃあ、どうすればいい?」
「どうするもこうするもない。連絡先を言わなくて、明日になれば追い出すだけだ」
傷ついた子犬のような眼差しで見つめられても、置いておく訳にはいかない。
「そうか。そうだよね。笹川さんと僕とじゃ住む世界が違いすぎるから……」
住む世界は、確かに違うかも知れないが、私が追い出そうとするのは、それが原因ではない。
ただ、身元も知れない子供を置いておく訳にはいかないと言う、ただそれだけの事だ。
「何を言っても、明日帰らせる事にかわりはないから」
冷たく言い放って、私は寝室に向かった。
酒の席で食事はしたが、主人に合わせてツマミのような物ばかり食べていたので、実質あまり食べていないようなものである。
腹が空いたと思い始めると、何か食べなくては治まらなくなって来た。
「そう言えば、ヨウ君はお腹空いてないのかい?」
「笹川さんは空いてるの?」
疑問に疑問で返される。
「ちょっと小腹が空いて、何か食べようと思ってるんだけど、ヨウ君もお腹が空いてるなら、一緒に何か頼もうかと思ったんだけど」
「大丈夫。空いてないよ」
しかし、ヨウのお腹が、その言葉を否定する。
「あ……」
ヨウは、ばつ悪そうな顔になる。
「オーケー。じゃあ、何か頼もう。ピザでいいかな?」
私はそう言って、ピザ屋のチラシを広げる。
「何が食べたい?」
「笹川さんの好きな物でいいよ」
こういう時、任せられる方が困ったりもする。
どうしたものかと考えるが、無難な線で行けば間違いないだろう。
「じゃあ、マルゲリータにするか」
「うん」
ヨウの返事を聞いてから、私はピザ屋に電話をかけた。
届くまでには、四〇分近くかかるらしい。
その間、ヨウと二人きりで、一体、何を話せばいいのか見当もつかない。
「ねえ。何で僕を拾ったの?」
最初に口火を切ったのは、ヨウの方だった。
しかし、自分でも何で拾ったのか分からないのだから、答えようがない。
それでも、何か返事をしなければと考えるのだが、結局ちゃんとした理由は思いつかなかった。
「何だろうな? 気の迷いとかかな」
私が適当に返すと、ヨウは不思議そうに首を傾げた。
「しつこく話しかけて来たから、何か理由でもあるのかと思ったけど違うの?」
慈善事業で拾ったのでない事は確かだが、じゃあ、何だと言われても全く見当がつかない。
「じゃあ、ヨウ君は、何で俺に付いて来ようと思ったんだ?」
「僕? 誘われたからだよ」
「いやいや。見ず知らずの人に声をかけられたら、普通は警戒するもんだろ」
「生きたまま解体とかされるんだったら嫌だけど、それは、なさそうだったから」
「いや、生きたままって……」
物のたとえだとしても、随分と物騒だ。
私がそう考えていると、ヨウは初めて会った時のような妖艶な笑みを浮かべる。
「全部、終わらせようと思ったんだ。でも、笹川さんに声をかけられて、気が変わったんだ」
「終わらせる?」
人を殺したとして、それで終わらないとしたら、私に考えられるのはひとつしかなかった。
「それは……」
私が言いかけると、それに被せるようにヨウが言葉を続ける。
「いざとなったら怖くなったんだ。笑っちゃうよね」
深く突っ込んだ方がいいのかとも考えたが、これ以上、深入りすると、戻れなくなりそうな気がしたので、追求はしない事にした。
「まあ、何にせよ。こうして、ここにいる訳だし、朝までは仲良くしようか」
それに、ヨウは小さく頷いた。
その顔が、あまりにも寂しそうだったから、私は思わず、慰めるように軽口を叩く。
「俺の事は殺さないでくれよ」
「大丈夫。もう、誰も殺せそうにない」
しかし、作戦は見事に失敗したようで、ヨウは寂しそうに言った。
私が更に慰める為に、何かを言おうとした時、少し早めの時間にチャイムが鳴った。
「ちょっと、待っててくれ」
そして、私はピザを受け取りリビングに戻ると、絵の具で汚れた机の上に乗せる。
いつもは、デスクチェアに座って食べるのだが、うちに二人分の椅子はない。
「ヨウ君ここに座れよ」
私が椅子を引くと、ヨウは困ったような顔になる。
「笹川さんが座りなよ。僕は立ったまま食べるから」
「いやいや、俺はいいから座れって」
座る座らないの押し問答の末、私は疲れて音を上げた。
「じゃあ、二人で立って食べるか」
「そうだね」
そう言って、ヨウは明るい笑みを浮かべる。
私は、ヨウの寂しそうな、何処か人と距離を置くような、そんな笑い方しか見た事がなかったから、こんなふうに普通に笑う事も出来るのだと思い少し安心した。
しかし、ヨウは何かに思い至ったようで、急にまた寂しげな表情になる。
「こんな暖かい生活を経験したら、期待してしまう」
ヨウの家庭は、安らげる物ではなかったのだろう。
帰りたくないと言う気持ちも分からなくはないが、このままうちに置いておく訳にはいかない。
私は、その先を聞かずに、適当に流す事にした。
「食べ終わったら寝るぞ」
「寝たくない」
「寝なくたって朝は来るんだ」
私が言うと、ヨウは何かを考えるように俯いた。
「何をしたら、追い出さないでいてくれる? 笹川さんが望むなら、何だってする」
「して欲しい事なんて、連絡先を教えて欲しいって、それだ……」
私が言うのを遮るように、ヨウが私に抱きついた。
「ここにいたい」
私は、ふいをつかれて動揺した。
「ちょっ、離れて」
私は、恋人がいた試しなどないのだから、誰かと抱きあうなどした事がない。
突き放す事も、抱きしめる事も出来ずに、ただただ困惑する。
「ねえ。抱いてもいいよ」
それは、子供の言うような言葉ではなくて、私はかえって冷静になれた。
「子供は、そんな事を言うもんじゃない」
私が突き放すと、ヨウは困惑したようにこちらを見る。
「じゃあ、どうすればいい?」
「どうするもこうするもない。連絡先を言わなくて、明日になれば追い出すだけだ」
傷ついた子犬のような眼差しで見つめられても、置いておく訳にはいかない。
「そうか。そうだよね。笹川さんと僕とじゃ住む世界が違いすぎるから……」
住む世界は、確かに違うかも知れないが、私が追い出そうとするのは、それが原因ではない。
ただ、身元も知れない子供を置いておく訳にはいかないと言う、ただそれだけの事だ。
「何を言っても、明日帰らせる事にかわりはないから」
冷たく言い放って、私は寝室に向かった。
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