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秘め事

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 翌日、孤児院へは連絡をせずに向かった。院長が忙しければ、物資だけ渡せば用は足りる。

 施設の前でアリスは馬車を降りた。以前入ったドアを叩いた。どれほどかして、女性の職員が現れる。彼女の姿を見て中へ招き入れてくれた。

「たびたびのご訪問をありがとうございます。院長は来客でして、少しお待ちいただけますでしょうか?」

「お忙しければいいのです。慰問の物資をお届けに来ただけなの。前に毛布が足りないとうかがっていたので。それと食べ物を……」

「少しだけお待ち下さいませ。慰問の方は大歓迎なのですから。会わずにお帰ししたら、後で叱られますわ」

 職員は改めて言い、院長のもとへ去って行った。アリスはその間御者に頼み、中に物資を運び入れてもらう。教室の子供たちが珍しげに客をのぞいている。何となく足が向き、教室へ入った。

 大きな子が小さな子の面倒を見ながら遊ばせている。女の子たちが揃いのエプロンワンピースを着ていて可愛らしい。

 アリスにはどう声をかけてよいかもわからない。そうすべきなのかも判断がつかない。ただ教室の雰囲気を興味深く眺めているだけだ。しばらくそうしていると、背後に人の気配があった。院長かと思ったが、彼女が振り返るより早く、

「ここでお会いできて嬉しいわ」

 と声がかかる。振り返ると、それはアレクジア公爵夫人だった。ロエルの母になる。アリスは驚きに固まり声も出なかった。しかし、この孤児院は元々が公爵夫人の慈善活動の場だった。彼はそれを紹介してくれたのだから、この再会はそう不思議でもない。

 遅れてそれがのみ込めたが、言葉は出なかった。夫人の挨拶へ丁寧に辞儀を返しただけになる。

 着飾った様子もなくごく身軽な衣装だった。それでも美しさも気品も他を圧倒する。アリス自身も華美を抑えた衣装が常だが、決してこうは見えないだろうと舌を巻く思いだった。

(こんな花のような方なら、誰も敵わないわ。同時期に妍を競うことになった令嬢方はお気の毒ね)

 とまた場違いな感心をしてしまう。

 院長も現れ、アリスは物資を届けに来たことを再び述べた。

「ありがたいですわ。毛布は特に助かります。先日雨漏りで、しまってあったものが傷んでしまって……。その修理の手筈を夫人が整えて下さいましたの」

「セナ、あなたはいただいた物資を早く見たいのでしょう? ご案内はわたしにさせて頂戴な。この方、存じ上げているのよ」

「まあ、そう?」

 院長と夫人は仲が良さげだ。アリスは戸惑うが拒否もできない。夫人に従い、館内を回ることになった。教室では子どもたちに声をかけ、慣れた調子で様子をうかがっている。よく通っていることがわかる仕草だ。

「これ好き」

 幼い女の子が二人の前で、ワンピースのスカートを広げて見せた。愛らしくよく似合っている。それをアリスが口にすると、

「あなたが前にたくさん下さった布から皆んなで仕立てたの。男の子にはベストを作ったわ」

 と言うから驚く。以前、公爵邸を訪れた際、ロエルが母が仕立て屋のようになる時があると笑っていたのを思い出す。

 館内を出るからついて行き、裏手の温室に出た。そこでは鉢植えの珍しい切り花がたくさん育てられている。匂いと色でここだけが異空間に感じられる。世話をしている子供たちもいて、二人にお辞儀した。

 質素な孤児院に華やかなこの温室は違和感がある。この豪奢な花々をどこに飾るのか。アリスが不思議な顔をしたのを見てとると、夫人は少し笑った。そんなところがロエルの面差しによく通う。

 彼女はまぶしい思いで、横顔にちょっと見とれた。

「商売用としてこの花を育てているの。大きな子供たちが主になってお世話してくれているの。わたしもお手伝いさせてもらっているわ」

「この花を……、売るのですか?」

「数が限られてしまうから、そんなに儲けにはならないのが現状だけれど。それでも悪くない実入よ。温室はここだけでなく邸にも作ったわ。注文があるとそちらの工房で花束にして送るの」

 ドアでつながった奥の部屋を示す。中は長机があり、作業場になっていた。たくさんのリボンや包装紙がきちんと整理されてある。そこに見覚えのあるラベルを見つけ、アリスははっとなった。

(『小鳥』)

 数ヶ月、このラベルを貼った花束を贈られたことがあった。きっとロエルからのものだと解釈している。そのラベルがここにあるのだから、『小鳥』という謎めいた花屋の正体はこの孤児院だということだ。

(……というより、公爵夫人)

「前に、こちらのお花を贈っていただいたことがあります。メイドが評判なのだと噂していましたわ」

「あら? 嬉しいわ」

 夫人はアリスに微笑んだ。温室を出ると屋根の修理にかかる大工たちと行き合った。夫人の手配によって速やかに工事の手が入ることになったのだ。放置すれば建物自体に大きな修繕が必要になってくる。

「世間の温情にも甘えながら、足りない分はこちらで賄える風にまで持って行けたら、と思うの。自分たちで生み出した何かがちゃんと糧になっているのだとわかることは、子供たちにとってもいいと思えて……」

 夫人なりの慈善の理念を持っているのが知れて、アリスは感心しきりだ。この人も慰問の始まりは彼女と同じ醜聞からの逃避だったと聞いている。しかし、今はそこにしっかりと根が張り、行動に空々しさはない。

 これからの自分にどこまでその真似が務まるのか、途方もない気がする。ぼんやりするアリスに声がかかった。

「もしよろしければ、邸にお茶にお招きしたいわ」

「ご迷惑では……」

「迷惑ならお声はかけないわ」

 その言葉の調子がロエルによく似ている。彼からもそんな返しをもらったことがあった。予定もない。言葉に甘え、アリスは夫人の馬車について公爵邸に向かうことになった。
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