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窓
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しおりを挟むロフィの寄宿舎入学問題が片付き、離れではまた穏やかな空気が流れた。アリスもミントもすっかり安堵したし、ロフィ自身ももちろん大喜びだ。
「近く家庭教師を付けることは決定ですから、励まれますように。大旦那様も期待されております」
フーの言葉をもらっても、ロフィはへっちゃらな様子だった。塀の向こうの町の友達と遊ぶことに気持ちが行って上の空だ。
「手習い程度はわたしも教えられるわ」
勉強が不出来ではまた舅にどんな無理を押し付けられるかわからない。アリスはできる範囲で勉強を見てやろうと決めている。
当主代理を引き受けるに当たり、嬉しいことがもう一つあった。
「予めわたしに申し出ていただければ、外出はご自由に。そろそろ大旦那様もそれくらいはお許しになるでしょう。もっとも、外泊などは認められませんが」
フーの言葉にアリスもミントも顔を見合わせる。月に一度の実家訪問のみが唯一の外出だった。親しいレイナの邸にも滅多と行かれない状況だったのに。
「早い時間にお帰りいただくこと。これは変わりなくお守り下さい。ハメを外されるご様子が見えれば、すぐに従前に戻すつもりですから」
「どこにも行くところなんかないわ。わかっているでしょう」
フーは薄く笑った。そんな皮肉な表情が舅に似て見える。長く側に使えれば、主従は似てくるのかもしれない。
(そういえば、お父様と執事の爺やも雰囲気がよく似ているわ)
ともかく、大きく広がった自由に彼女の心は弾んだ。今後は好きにお菓子を買いに出かけることだってできる。
「姫様、早速レイナ様にお手紙を書かれて、近いご訪問のお約束をなさっては?」
ミントの言葉に頷いた。レイナには随分と会えていない。アリスはすぐに手紙に取り掛かった。
アリスは午後になって離れを出た。馬車の用意はミントに頼んであった。母屋の車寄せから乗り込み敷地を出ると心が軽くなる気がした。
ほどなく馬車はレイナの邸に着き、出迎えた彼女とアリスは抱き合った。
「二年ぶりだから、あなた少し大人びて見えるわ」
「レイナは変わらずとてもきれいね」
腕を取るようにして邸内に招かれた。サロンに落ち着き、レイナがすぐにメイドを呼んだ。お茶の用意を頼む。
「やっと外出の自由を認めてもらえたのね……。よかったわね。今までがあまりに厳しすぎたわ」
「ええ。でも遅くなったり外泊などは無理」
「それでも随分違うわ。今後は間を詰めていらっしゃい。明るいうちになら、どこかへ一緒に出かけることもできるでしょう? わたしのお友達にも紹介したいわ」
「ありがとう」
「そう、わたしのノートを見て。コレクションが貯まったのよ」
レイナが広げて見せた大判のノートブックにはきれいな押し花や可愛い紙片、またはリボンなどが貼られ、それぞれページに美しく集められている。彼女が書き込んだ詩の書き抜きや絵などもある。こういった自分の好みを集めたノート作りは令嬢や若い夫人の趣味の一つだ。互いに見せ合いそのセンスや出来を競い合ったりもする。
「可愛い」
記念に残したい手紙や捨てがたいレースの端切れなど。紙面のに飾られた繊細なあれこれは、アリスの目に酷く愛らしく映った。
「あなたも作ったら? 街に出た時に素敵なノートを買っておいたの。差し上げるわ。貼ったり書いたり、何でもいいのよ。難しく考えないで」
レイナは布張りのブルーの美しいノートをくれた。持っているだけで心がちょっと明るくなるような品だ。実際自分に出来るかわからないが、アリスに
(試してみようかな)
という気分にさせてくれる。
「ありがとう」
ひとしきりレイナのノートの話題を楽しんだ後で、サロンに彼女の夫のギアー氏が現れた。アリスが久しぶりに訪れていると知り、挨拶に顔を出してくれたようだ。彼には妻の親族を大事に思いやる優しさがある。
「お邪魔をしようと思うが、男はいない方が女性方は話は弾むかな」
「そんなことはないわね。あなたもお茶を召し上がれ」
「ロエルも呼ぶよ。ちょうど出先で一緒になった。構わないだろう?」
レイナは夫の言葉に微笑んでちらりとアリスをうかがった。先日、二人にちょっとした衝突があったことを踏まえてのものだ。
ロエルの名にアリスはやや驚いたが素直に頷いた。やや気まずい思いもあったが、
(二人きりではないのだし)
と思い直した。
ギアー氏が扉の外に大きな声を張ってロエルを呼んだ。ほどなく彼が現れ、レイナとアリスに辞儀をした。
彼の姿を見た途端、アリスは彼からの詫び状に返事を書くべきだったと思った。
(丁寧なお手紙にお返事をしないのは、生意気な女だと思われているかも……。失礼だったかもしれない)
アリスはロエルを前にそんな思いから気遅れていたが、彼はあっさりとした笑顔を見せた。
「嬉しいな。またお会いできるとは。僕を怖がらないで下さい。おかしなことはもう決して口にしませんから」
「……お返事をしないままでごめんなさい」
「読んでいただけたのなら、それで十分です」
自分に注ぐ視線が気恥ずかしい。彼女は瞳を下げた。
二人のやり取りをギアー氏が不思議がった。彼の認識では二人は単なる知人だったはずだ。それがあろうことか手紙を交わす仲になっている。レイナがごく端折った説明をして夫を納得させた。
「アリスもこれからはよく来られるようになるようよ。嬉しいわ」
「それは朗報だ。しかし、またどうして急に? あなたの怖いお目付け役がいるのではなかった?」
「そうね、わたしも理由は聞いていないわ。ねえ、どうして?」
問いこそないが、物言いたげなロエルの視線も感じる。その表情はちょっと嬉しげだ。前に彼が彼女を怒らせてまで伝えたいずれかの方法が、状況を好転させたのだろうと考えているようだ。
「わたしの養子が近く当主になるのです。まだ幼いからわたしがその代理をすることになって……。それで、自由が増えたようです」
アリスの話にギアー氏は唸った。腕を組みロエルをちらりと見ながら言う。
「あなたの夫君はどうなるの? まだ十分若いはずなのに」
「舅が夫には別の仕事を任せるみたいです。お金を貸す方を……。それも徐々に廃業する考えのようです。ロフィ、わたしの養子ですけど、あの子のことを考えてのことかも」
「それにしたって、あなたの夫が当主を降りる意味がわからない。父子間で何かあったのかな。ロエル、君はドリトルンの当主を知っているか?」
「つき合いはないが……、噂はいくつか……」
ロエルは言葉を濁した。いい話ではないのだろう。アリスを慮ってそれ以上はつなげなかった。
もし耳にしても何の感情も湧かないかもしれない。
(好きでもないが嫌いでもない。たまに会う他人)
というのが一番しっくりくる。
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