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繰り返す日々に

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「姫君、これを」

 アリスが馬車に乗り込む際、フーが声をかけた。振り返ると彼は彼女の手に何を差し出した。数枚のコインだった。

「お好きなものを買う余裕は要るでしょう」

 以前、小遣いが足りず親切な人に助けてもらったのだと侍女のミントに打ち明けたことがあった。それがフーに伝わったに違いない。ミントはアリスのための要望を訴える手間は決して省かない。

「知らぬ他人から施しを受けられるなど、ドリトルン家の若奥様としてひどくみっともないですから」

 説教めいた口調で釘を刺した。確かにそうだと、以前を振り返って頬が熱くなった。

 ともかく金が手に入った。これらならどんな菓子を買っても十分足りそうだ。馬車に揺られながら今日は何を買って食べてみようかと心が弾んだ。この日は月に一度の実家への訪問日だった。

(ロフィにもお土産が買えるわ)

 高家の車寄せには馬車の到着を聞きつけ、出迎えの婆やの姿がある。アリスは降り立ち、使用人に土産を手渡した。結婚当初はミントが厨房に頼みふんだんに運んだものだが、五年を経て今では量もずいぶん減っていた。ドリトルン家からの援助が潤沢で以前の侘しさはない。

 帽子を外し中に入ると執事が父は来客中だと告げた。

「大学関係の方でいらっしゃいます」

「そう」

 父が大学での仕事を再開したことは聞いている。それに関した来客があるのは頷けた。アリスはお茶を断り庭に出た。

 手入れが行き届かず荒れていた場所も、人の手が入り雑草が刈られ整っていた。花も緑も美しい。居心地のいい場所に変貌したことがただ嬉しかった。

 花壇を眺めていると背後に石畳の床を歩く音がした。父の来客が帰るのかもしれない。何気なく振り返ると男性の姿があった。こちらを見ている。

 誰か気づくのに彼女は少し時間がかかった。

(あ)

 悟った時に、相手は既に彼女の方へ近づいている。

「こちらでお会いするとは…」

 ロエルだった。彼女はまだ驚いていて、彼に遅れて挨拶を返した。どうして彼がここにいるのか不思議でならない。

「某教授のご紹介で参上したのですよ。僕が調査している山から出土したものがあって、それを懇意の教授にお知らせしたら、文学的見地から見ても大きな価値があるのでは、という話になったのです。お父上は卓出した文学的見識をお持ちの方とうかがいますし……」

 矢継ぎ早に話されて、アリスはやはり返事もできない。

(調査している山……?)

 そういえば、と以前レイナの邸で初めて会った彼を思い出す。旅から帰ったばかりという彼は土埃まみれの姿だった。あれは山の調査とやらをしていたためかもしれない……。

(きれいな石を見せてくれたわ)

 彼が掘り当てた鉱石の重みが、自分の手のひらにふとよみがえるような気がした。レイナから彼は貴族と聞いていた。そうでありながら自ら山へ足を運んでいる。よく知らないが、貴族の男性なら社交などで華やかな日常を過ごしていそうなのに。

 何も言葉を返せないままのアリスの元に、執事がやって来る。

「殿様がお呼びでございます」

 客の応対が済み父の手が空いたようだ。アリスはロエルに会釈して側を通り過ぎた。

(先日のお礼くらいできたらよかった)

 距離ができてからそう悔やんだ。

 父との話はほぼ課題になっている本のことに終始した。これは父娘には昔からのことだ。アリスには理解が及ばない箇所を教わり、読み返すため本にしおりを挟んだ。

 そこで父の傍の古びた巻物が目に入った。アリスの視線に気づいた父が、ふっと微笑んだ。

「公爵家の子弟が山で見つけたのだそうだ。おそらく散文的にまとまった風土記のようなものだね。わたしの意見などお門違いだろうが、興味深いので目を通すことにした」

「どうして山にあったのかしら?」

「その彼の話だと、箱に入れて遺棄してあったそうだ。宝箱を見つけたと興奮したら、がらくたとこれが一緒に入っていた、と」

「公爵家の方も山に入ったりなさるのね」

「貴族には珍しいが、鉱脈を調査する仕事をしているのだそうだよ。話が面白い青年だった。それで家計を助けているのだと言っていた」

 父との対面を終え、彼女は玄関へ向かった。回された馬車に乗る時、見送りの婆やが彼女へ何かを握らせた。紙をたたんだものだ。肩を抱きながらささやく。

「お一人になってからお読み下さいませ」

 おかしなことを言う婆やだと思ったが、素直に頷いた。馬車が走り出してから紙を開いた。中には見慣れない筆跡が並んでいる。

『不躾をお許し下さい。

 前の菓子より評判の店があるのです。
 ぜひご紹介したいと思い、これを書いています。

 よろしければ、動物園前にお越し願えませんか?
 ご案内したいのですが……。

 ごく近い場所にあります。お時間は取らせません』

 ロエルだった。

 どきんと胸が鳴った。

(前の煉瓦焼きより美味しいのかしら?)

 この後も公園通りに寄るつもりだった。もう一度煉瓦焼きを買おうと考えていたところだ。

(どうしよう……)

 少しだけの迷いはすぐに果てた。

 彼女は馬車を止めさせ、御者に告げた。

「動物園前に行って下さいな。お菓子を買いたいの……」

 主家の若奥方が実家以外の外出を許されない、ほぼ飼い殺し状態であることは使用人は周知している。その同情もあり御者は易々と従ったくれた。
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