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過去
3、アシュレイの過去
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セレステに指摘されるまでもなく、ノアへの興味は土台が亡妻に酷似していたことが原因だ。初めて彼女を見た時、自分は錯覚を見ているのだと思った。
人を魂を入れる器だとして、彼女と亡妻の器は色も形もほぼ同じだった。仕草が違う、少しだけ目の色も違う。髪の癖もちょっと異なる。
しかし、オードリーを知る彼の友人らも驚くほど、彼女と亡妻は似ていた。もちろん、
(中身は違う)
と、彼はその点では安堵していた。亡くした妻はしとやかな令嬢で、ひどくはにかみ屋だった。ごく内気で猫を愛し、幼なじみの彼以外の男性とは、ほぼ話したことすらないような人柄だったのだから。
ノアは、オードリーそのものでありながら、似ても似つかない行動をする。金に窮したからと、男だらけの大学で平気で働く。その中に立ち混じって、物を売り歩きもした。大男の兄を一見立てているように見せかけて、巧く操縦もしている。
そして、
(あんな目に遭っても)
卑劣な暴行を受けても、彼女は健気に立ち上がっている。もしそれがオードリーであれば、迷わずに死を選ぶはずだ。しかし選びはしても、踏ん切ることも出来ず、絶望したまま日々を鬱々と送るだろうとの想像もつく。
それは、
(オードリーは僕に似ている)
だから、その思考はたどり易い。理解も出来る。
だからこそ、愛した。
幼い頃から知る少女で、環境も境遇も似通っていた。互いに惹かれ合い、当たり前のように許婚になり、長じて夫婦になった。彼は、妻は自分がいなければ存在出来ないほど壊れ易いと感じていた。その儚い弱さも、彼を夢中にした。
ままごとめいた夫婦生活が、穏やかに優しく過ぎた。ある日、大学へ向かう彼を、オードリーが見送らなかった。
「奥様は少し頭痛がするとおっしゃいました」
よくあることで、彼は侍女の言葉に軽く頷いただけだった。それが最後になった。帰宅を待たずに大学へ連絡が入り、彼が急いで駆けつけた時にはもうすでに息がなかった。
どうして寝室へ引き返し、様子を見なかったのかと。泣きながら髪をかきむしったことをよく覚えている。
「お小さい頃からお持ちの病でございましょう」。
医者はそう診断した。
一年三ヶ月の蜜月のまま過ぎ去った結婚生活だった。強い喪失感に、ほぼ一月閉じこもって過ごした。じき、邸にいるのも苦しくなって、領地に転地した。王都に帰ったのは、オードリーの死からほぼ一年後だ。
その後は、彼に妻の死について話す者がいなくなった。ごく稀に、無神経に「再婚を急いで後妻に男子を産ませるのが一番効く。世話をしよう」などと進言するものもあったが。
そういうお為ごかしを聞かずに済むよう、元々控えてきた社交ごとをほぼ断った。請われても、王宮への伺候すら辞退した。
五年が経ち、少しずつ傷が癒えた。切なさに胸が痛むこともほぼ消えた。オードリーは愛しいままだが、それを面影として認めていける心持ちになった。単純に、独身者の暮らしが気楽だったのもある。
二度寝をし、夜更かしし、食事を抜き、休日は昼まで寝ている。
ようやく取り戻せたそんな静かな日々を、彼女は切り裂いた。オードリーの顔で身体で、好き勝手に彼のまわりを動き回った。
そして、認めたくないが、そんな彼女に執着してしまっている自分を知っている。
(目が離れない)
しかし、その気持ちは彼女へのものではなく、彼女を通してオードリーを見ている、ともわかっている。
(僕は、ノアの入った器に固執しているだけだ)
だから、ハークレイがもたらす彼女の近況に、気持ちをざわめかせ波立たせても、応じることは出来ない。
(しちゃいけない)
潤った経済状況に甘んじず、それを種に探偵いわく「出会い茶屋」を初める逞しさに、彼は目を見張る。
転んでも転んでも、立ち上がり、ドレスの裾を払って歩き出す。
そんな彼女のありようは彼の目にまぶしくて、
(春の日盛りのような人だ)
と、思う。側で、同じ空気感の中にいるのは心地いい。
それは、オードリーに似た器から、ノアがあふれ出してしまっていることだ。そこに気持ちを傾けてしまっているのだと、彼は気づかない。
気づいても、
(何かの間違いだ)
と思うだろう。
人を魂を入れる器だとして、彼女と亡妻の器は色も形もほぼ同じだった。仕草が違う、少しだけ目の色も違う。髪の癖もちょっと異なる。
しかし、オードリーを知る彼の友人らも驚くほど、彼女と亡妻は似ていた。もちろん、
(中身は違う)
と、彼はその点では安堵していた。亡くした妻はしとやかな令嬢で、ひどくはにかみ屋だった。ごく内気で猫を愛し、幼なじみの彼以外の男性とは、ほぼ話したことすらないような人柄だったのだから。
ノアは、オードリーそのものでありながら、似ても似つかない行動をする。金に窮したからと、男だらけの大学で平気で働く。その中に立ち混じって、物を売り歩きもした。大男の兄を一見立てているように見せかけて、巧く操縦もしている。
そして、
(あんな目に遭っても)
卑劣な暴行を受けても、彼女は健気に立ち上がっている。もしそれがオードリーであれば、迷わずに死を選ぶはずだ。しかし選びはしても、踏ん切ることも出来ず、絶望したまま日々を鬱々と送るだろうとの想像もつく。
それは、
(オードリーは僕に似ている)
だから、その思考はたどり易い。理解も出来る。
だからこそ、愛した。
幼い頃から知る少女で、環境も境遇も似通っていた。互いに惹かれ合い、当たり前のように許婚になり、長じて夫婦になった。彼は、妻は自分がいなければ存在出来ないほど壊れ易いと感じていた。その儚い弱さも、彼を夢中にした。
ままごとめいた夫婦生活が、穏やかに優しく過ぎた。ある日、大学へ向かう彼を、オードリーが見送らなかった。
「奥様は少し頭痛がするとおっしゃいました」
よくあることで、彼は侍女の言葉に軽く頷いただけだった。それが最後になった。帰宅を待たずに大学へ連絡が入り、彼が急いで駆けつけた時にはもうすでに息がなかった。
どうして寝室へ引き返し、様子を見なかったのかと。泣きながら髪をかきむしったことをよく覚えている。
「お小さい頃からお持ちの病でございましょう」。
医者はそう診断した。
一年三ヶ月の蜜月のまま過ぎ去った結婚生活だった。強い喪失感に、ほぼ一月閉じこもって過ごした。じき、邸にいるのも苦しくなって、領地に転地した。王都に帰ったのは、オードリーの死からほぼ一年後だ。
その後は、彼に妻の死について話す者がいなくなった。ごく稀に、無神経に「再婚を急いで後妻に男子を産ませるのが一番効く。世話をしよう」などと進言するものもあったが。
そういうお為ごかしを聞かずに済むよう、元々控えてきた社交ごとをほぼ断った。請われても、王宮への伺候すら辞退した。
五年が経ち、少しずつ傷が癒えた。切なさに胸が痛むこともほぼ消えた。オードリーは愛しいままだが、それを面影として認めていける心持ちになった。単純に、独身者の暮らしが気楽だったのもある。
二度寝をし、夜更かしし、食事を抜き、休日は昼まで寝ている。
ようやく取り戻せたそんな静かな日々を、彼女は切り裂いた。オードリーの顔で身体で、好き勝手に彼のまわりを動き回った。
そして、認めたくないが、そんな彼女に執着してしまっている自分を知っている。
(目が離れない)
しかし、その気持ちは彼女へのものではなく、彼女を通してオードリーを見ている、ともわかっている。
(僕は、ノアの入った器に固執しているだけだ)
だから、ハークレイがもたらす彼女の近況に、気持ちをざわめかせ波立たせても、応じることは出来ない。
(しちゃいけない)
潤った経済状況に甘んじず、それを種に探偵いわく「出会い茶屋」を初める逞しさに、彼は目を見張る。
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そんな彼女のありようは彼の目にまぶしくて、
(春の日盛りのような人だ)
と、思う。側で、同じ空気感の中にいるのは心地いい。
それは、オードリーに似た器から、ノアがあふれ出してしまっていることだ。そこに気持ちを傾けてしまっているのだと、彼は気づかない。
気づいても、
(何かの間違いだ)
と思うだろう。
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