上 下
30 / 47
過去

1、ハークレイ

しおりを挟む
 一月の後だ。

 ふらりとハークレイが訪ねて来た。

「何もないのですが、どうなさっているかと」

 気さくで頼りになる人だ。見た目もいいが、気持ちのいい人柄だった。久しぶりに会えて、ノアは嬉しくなった。

 西側の広間だ。工事の手を入れてゆったりとした空間に様変わりしていた。淡いブルーと白を基調にしたインテリアは優雅であり清々しい印象だ。

「美しくて見違えました。荒屋が…、いや、失礼」

 辺りを見回すハークレイも驚いている。

「いいの、気にしないで。本当のことだもの」

 彼女はベルを鳴らしてメイドを呼んだ。程なくして現れたメイドは、身ぎれいな衣装に身を包んでいる。これも彼女が新しく新調して配布したものだった。

 お茶の用意を頼んだ。ハークレイに椅子を勧めた。

「ここをどうなさるのです?」

「ティールームにしようかと」

「邸街でティールームを? そう…」

 ハークレイの表情がやや曇った。それを見て、ノアは微笑んだ。彼の考えがよくわかるからだ。邸街でティールームを開くのであれば、客はその辺りの住人になる。優雅な邸でのんびりお茶が飲める人々が、敢えてよその邸に金を払ってまで足を運ぶか。

(わたしだったら、行かないわ)

 メイドがお茶を運んで来た。焼きたてのパイもある。彼女はお茶を入れてそれらを彼へ勧めた。

「新作のパイよ。召し上がって」

 旨そうにハークレイは食べた。

「いや、実に旨い。これは売り物になりますね」

「軽食の他にも、実はここには売り物があるの」

「何です?」

「あのね…」

 彼女は軽く咳払いしてから続けた。

「出会いを提供しようと思っているの」

「出会い? まさか、男女のそれですか?」

 ハークレイの目が訝しげに細まった。

「そう。男性と女性の出会いを助けるサロンを作るつもり」

 彼女はティールームの仕組みを説明した。男性女性どちらも、それぞれが複数で来店してもらう。

「その方が安心して入って来られるのじゃないかと思って」

「それで?」

 席に案内し、男女同じ数のグループを作る。そのグループごとに他のグループとゲームで競ったり、レクリエーションを行う。ゲームの他には、男女で楽しめる簡単な共同作業を考えていた。

(クッキーの型を抜いて焼いたり、一緒に絵に色を塗ってもらうのもいいかも)

「勝った方には、店から女性にブーケのプレゼントがあるの」

「ほお」

「社交界の催しとは違った、気軽で身近な出会いの場にしたいの。ここで顔見知りになってもらったら、本当の社交の場で会っても、お互いに話がし易いでしょう?」

 ハークレイは背もたれにやや身をのけぞらせた。あきれたようで、返事に困っている。

「変かしら? ねえ、ぜひ意見をちょうだい」

「斬新ですね。驚いた。正直、邸街でありきたりのティールームなど開いても、お客はさっぱりでしょう。反対したいつもりでいました。しかし、その案ならいけますよ。きっと若者に受ける」

「そう?」

 彼女は頬に手を当てる。世知に慣れた彼からの太鼓判はありがたい。嬉しくて、もう結果が出たようにほっとした。

「ただ、来客は紹介制にした方が安全でしょう。それと、「出会い」を全面に押し出さない方が無難だ。あくまであなたは、楽しいお茶の場を提供しているだけだ、という体にしておくこと」

「でも、それじゃあ伝わらないのではない?」

「結果が評判を呼びますよ。「出会い」を謳って、そうならなかった場合、必ず文句を言う者が出て来る。厄介の芽はまかない方がいい」

「なるほど、そうね」

 ハークレイからの助言はもっともだ。受けなくていい被害は、最初から避けておくべきだ。貴重なそれらを心に刻んだ。

 店の名前で悩んだ。ジョシュにも相談したが、

「『相席茶屋』でいいんじゃない。だって、相席に座るんだろ?」

 と、機知も何もない意見で参考にならない。

(女性受けのいいものでないと。安心感があって、親しみやすくて…)

 あれこれ迷って、考え抜いた末だ。

 ごく当たり前の、

『ブルー・ティールーム』

 に落ち着いた。

(ジョシュの『相席茶屋』と同じで、そのままの名前だけど)



 邸に帰ったアシュレイは、夕食の席に着いた。

 給仕の従僕が、彼の前に皿を置いた。燭台の蝋燭の火が鮮やかにそれを照らす。ひどく空腹だった。

 よくあるように、二度寝で寝坊し急いで大学に向かった。朝食を抜いて講義を続けて務めたが、この程度は大したことはない。

 昼を抜き、午後遅くには気分が悪くなっていた。それでも所要を済ませ、帰宅したのは日が落ちてからだ。やっと食卓に着いたが、食事を前にし、今度は食べる気が失せてしまう。

 主菜を半分残しかけた時、食堂にセレストが姿を見せた。黒ずくめのロングドレスで背筋をすっと立てて、部屋の隅にかしこまっている。

 食べることをおざなりにしがちな主人を見張るために、そうして圧をかけている。数年前も、彼が何も食べなくなり、ひどく衰弱したことがあってから、時折そうする。

 彼を育てたと言って過言でない家政婦の姿を目にし、アシュレイは一旦置いたフォークをまた取った。

 食事の後で、書斎に向かう。そこには手紙の束が彼を待っていた。指でいじるようにそれらに触れ、中から友人のキアヌから届いた絵葉書をつまみ上げた。

 結婚後、すぐに妻を連れ旅に出たその消息が書かれていた。海岸線を描いた風景が美しい。一読し、また手紙に束に戻した。返事は書かない。それが届く頃には、キアヌたちは別な場所に移ってしまっているだろうから。

 長椅子に横になり目をつむると、来客が知らされた。

「ハークレイさんです。こちらにお通ししましょうか?」

「ああ、頼むよ」

 起き上がり、タバコをくわえた。火をつける頃に、書斎に客が入ってきた。引き締まった身体の男で、邸の抱える探偵だ。調査はもちろん種々の厄介ごとの処理も巧い。ハークレイ父子とは、先代からの縁だった。

 椅子を勧める。すぐにお茶が運ばれた。

 挨拶の後で、ハークレイが、ポケットから包みを取り出した。彼へ差し出す。

 受け取り、開けてみると小さなパイだ。

「閣下へお土産です。どうぞ。旨いですよ」

「大学の食べ物は汚い」と絶対に口にしないくせに、探偵の差し出した素性のわからないパイは、何となく気が向いた。ぱくりと口に放り込む。

 中にクリームが詰められていた。それがパイ生地と相まって、とても旨い。目をぱちぱちとさせる。

 そんな彼へ探偵が微笑み、

「閣下のお気に入りの方のお手製ですよ」

 と言う。

「そういう言い方は止さないか。事実と異なる」

「おやおや、そうですか」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...