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14、バート氏の言葉

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姉妹が話し合った翌日、母がハミルトン氏への礼状を送った。

「ダイアナ、あなたの注文通りの内容を書いたから、安心していなさい」

「そう、ありがとう」

 ダイアナはエマに目配せをした。ハミルトン氏からの申し出の件を話す覚悟のようだ。アシェルは二階で午前の勉強をしている。

 母に対面した姉のやや後ろにエマも掛けた。

「お母様、あのね…」

 娘の話を最後まで聞き、母は口元を指で覆った。驚いて、どう対処していいのか困っているのがわかる。

 しばらくの後で首を振った。

「先に教えてくれたらいいのに。そうなら、手紙に贈り物だけでなくそちらの件のお礼も述べた後で、お断りできたのに」

 追って断りの手紙を書くべきか、母は思案しているようだ。

 母の態度は当然だと思った。娘の雇用主とはいえ、他人だ。先日の贈り物だけでも過分なのに、アシェルへの学費援助の申し出など受けられる訳がない。

 ダイアナはエマを見た。軽く頷いている。母の判断を受け入れるべきと納得したのだ。

(でも……)

 家族の決断によって、アシェルの将来の可能性の一部が絶たれてしまうのなら、切ないと思った。

「ハミルトンさんのおっしゃることはごもっともだわ。それによってあの子の未来が開かれるのなら、ありがたいお申し出ではないかしら? 今の紳士方はそういう流れのようよ。ほら、キースも通ったらしいわ」

「アシェルはキースではないわ。勘違いはしないでね。裕福な知事の家とお父様が亡くなった我が家とでは全く違うわ。何のためにダイアナが外で家庭教師を務めてくれていると思うの」

 そう言われれば、返す言葉もない。母にしたって、理想を語る娘を叱っているのでも怒っているのでもない。

(現実を伝えているだけだわ)

 母は縫い物を取り上げた。それでこの話はお終いだ。

 エマは吐息した。母に倣い縫い物をすべきだが、少し気分が落ち込んだ。アシェルの進み具合を見ようと立ち上がった。

 部屋を出かけると、メイドが来客を告げる。

「ウェリントンのバート様です」

 彼は散策の途中、折りに触れスタイルズ家を訪れる。この変化を母は喜び、姉妹たちも歓迎していた。

 居間に通されたバート氏が、挨拶をした。

「お邪魔ではないですか? 領地を一周して来たところです」

「お元気ですわね。娘たちと違って、庭の先にはもう長く出ていませんわ」

 母が応じ、メイドにお茶の仕度を言いつけた。

 二人は年代も近く感覚も合うようで、すっかりいい友人になっている。 

 地域や周囲の雑談を終え、ふと母がため息まじりにもらした。先ほど姉妹と話したハミルトン氏のアシェルへの申し出の件だ。

 エマは意外に思ったが、母にとっても仰天する出来事だったのだろう。友人に聞いてもらい、驚きを共有したい気持ちはわかる気がした。

 最後まで聞き、バート氏は頷いた。

「それは奇特な方もいたものだ」

「ご親切はとてもありがたいですわ。でもまさか、他人の方にそんな援助をしていただく訳には行きませんもの」

「ふむ」

 バート氏は相槌を打ち、ダイアナを見た。

「その、ハミルトン氏は何か援助に当たっての条件を出されたのかな?」

「いえ、何も。アシェルの将来の為になるとだけ。軍人を志さないのであれば、ミドルスクールは非常に有利だからと」

「わたしの知己でも、子息をそういった学校に通わせる者はしばしば聞きます」

「裕福な方たちのお話ですわ」

「確かに。しかし、そうばかりではない潮流もあるようですぞ」

 バート氏は穏やかに切り返した。

「出自がよく見所のある少年に、篤志家が学費を提供する例も珍しくないようです」

 バート氏の話に、エマは興味を引かれた。ダイアナも意外そうな表情を見せた。

 母も訝しそうに問う。

「それは、雇い主が使用人の子供たちへ施すようなものとは、何か違うのですか? 邸内で育った子を大学に進ませてやった話は、たまに聞きますから」

「使用人の子への援助なら、親の代からの主従関係が濃厚です。他人へのものではない。さっきの例というのは他人への援助なのですよ」

 母は戸惑ったように娘たちにも目をやる。理解が及ばないのだろう。使用人の子への援助なら、感覚的に身内へのものに近い。また、主人の立場として下の者へ施したという理屈も通る。

「お金を出す側に何の意味が?」

「それが篤志家という者たちですよ。資産を己の享楽にだけ使うのではなく、相応しいと見定めた少年に提供するのです。返還の義務もなく、のちの従属の義務もない。純粋な紳士育成の新たな考え方のようですな。社会貢献ですよ」

 話を聞き、エマにはハミルトン氏がその篤志家の素養を十分に備えた人物だと思えた。もちろんダイアナへの好意は大きいだろうが。

「ただ、社会貢献の度合いがのちに叙爵につながったり、事業を行う上で役に立つという側面はあると言います。だから、資金を出す側にも損はないという訳ですよ」

「まあ、そうなのですか……」

 母はちょっと絶句した。

 バート氏は続ける。

「ダイアナさんはよほど優秀な家庭教師をなさっているようだ。その信用があってこその氏の申し出は間違いがない。それに、他に移って欲しくないという意味合いもあるでしょうな。いい人材は得難いですから」

 エマは姉が目元をほんのり染めるのに気づいた。

 そして、母がバート氏の話に援助への態度を軟化させることを期待した。

「思いも寄らないお話だったわ。夫が亡くなってから、地域の皆さんがとても良くして下さるから、それらに甘え過ぎないよう寄りかからないよう気を張っておりますの」

「その慎ましい節度は大変な美徳ですよ。だから、周囲が気持ちよく手を差し伸べるのでしょう」

「……正直におっしゃって下さいな。お断りするのは、時代遅れなのですか?」

 母の言葉に、エマは思わず隣の姉へ手を伸ばした。

 バート氏の話を聞いても、やはり母の気持ちは変わらないのか。豊かではないけれど、スタイルズ家は貧しいとは言えない。

(ハミルトン氏の援助を受けてまでの進学は、お母様の目には贅沢と見えてしまうのかも)

 バート氏はお茶のカップを置き、母の前に指を三本立てて見せた。

「アシェル君には三つ可能性があります。一本は、ハミルトン氏の援助を受けてミドルスクールに進む道」

 そして、指を一本折った。

「別な一つは、援助も断りミドルスクールに行かない場合」

 また一本を折る。

「最後に残った一本は天の配剤です。だから、どちらを選んでも間違いはない。我々の主は、常に適切に物事を運んで下さる。ただ……」

「ただ?」

「アシェル君のこれからは長い。その長い道を行くのに、せっかく快適な馬車に乗れるのに、それを選ばない理由もないのでは、と」

 そう言い、バート氏は微笑んだ。

 エマもダイアナも笑みがもれた。
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