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6、夢の終わりに

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いちご狩りの翌日の昼下がり。エマは教誨師館にいた。

 ベルと共にテーブルに籠いっぱいのいちごを使い、ジャム作りの下ごしらえだ。甘い匂いが部屋に立ち上っている。いちご狩りのいちごは、生食よりジャムに加工したものを菓子に利用するのが楽しみだった。

「スタンツに住む姉が麻生地をたくさん送ってくれたの。夫とも話して、困った人たちの慰問用の衣服を作ろうと思うの。まずは染めるのを手伝ってくれない?」

「ええ、もちろん」

「協力者を募って、仕立てもお願いしたいのよ。ジーンは受け持ってもらえる?」

 ジーンはエマの母親だ。彼女は頷いた。母は手仕事が得意だ。エマも母ほどではないが習い、針仕事は巧い方だった。普段のドレスもほぼ仕立て屋に出すことはない。

 いちごに砂糖を加える頃だ。メイドが来客を伝えた。

「オリヴィア様です」

 その名に、エマはベルと何となく顔を見合わせた。

 教誨師夫人のベルは人柄もあり、地域の婦人たちから親しまれている。しかし、オリヴィアにとってベルは福祉の仕事を割り振ってくる面倒な人物で、ちょっと遠巻きにしているところがあった。

 その自覚はベルにもあるようだ。

「何かしら?」

 すぐにオリヴィアはやって来た。エマの姿を認め、微笑んだ。

「こちらだと思ったわ。いちご狩りの後だもの」

「ええ。ベルと一緒にいちごジャムを作っていたの」

 客間に移り、応対する。オリヴィアは取り立てた用事もないようで、世間話をだらだらと話した。特に、昨日の兄たちとの狩りの話題を繰り返した。

「キースたちは馬で向かって、わたしたちは遅れて馬車で行ったのよ。向こうでピクニックをしましょうって決めてあったから。おいしいものを厨房にたくさん作らせて持って行ったわ」

「いい天気だったから、行楽には何よりね」

「そうなの、ベル。キースのお友達のレオもいい狩り場だって、ご機嫌だったわ」

 レオの名が出て、エマは鼓動が速くなる。心なしか、自分でも頰が熱くなるのがわかる。振舞われたお茶のカップを取り、飲むことに集中する振りで気持ちを流した。

 カップを置き、目を上げた時だ。オリヴィアが自分を見ていることに気づいた。すぐにすっと逸らした。少し笑っているように思うのは、気のせいだろうか。

「いちご狩りも行きたかったのだけれど、ごめんなさい。男性方が、どうしても女性がいないと面白くないなんて言うものだから。屋外での健全な狩りなのに、何だか嫌らしいわね」

「あら、いいのよ」

「エマも誘うつもりだったのよ。でもあなた、いちご狩りが大好きでしょ。だからわざと遠慮したの」

 オリヴィアが彼女を誘う気がなかったことは、レオについた嘘からもよくわかる。彼女は首を振って応じた。気にしていないと。

「そう、あなたにお伝えするわ。残念なお知らせよ」

 その後、オリヴィアが告げた言葉を彼女は信じられなかった。どこかぽかんとした顔で、見返したからか。オリヴィアがじれったそうに繰り返す。

「レオが今朝お帰りになったの。ひどくお急ぎで、まだ暗いうちからの出立よ。お父様と兄に宛てた礼状があって、もう当分こちらには来られないと書いてあったわ」

 知らない間に彼女は口元を手で覆っていた。唇に触れた指先が微かに震えている。

(レオが、帰った?)

 彼女には何の知らせもない。

(昨日はそんなこと何も…)

 目の前が暗くなったように感じた。エマの明らかな表情の変化を見てとったオリヴィアは、そこではっきりにんまりと笑う。

 ぼんやりとした思考でも、その自分への悪意は嗅ぎとれた。

「大きな邸を持つ方々にとって、急な用での出立は珍しいことではないわ。お父様もそこはよく理解を示しておいでよ。エマは知らなかったの? おかしいわね。あなたたち親しいように思えたのだけれど」

「エマ、何かお聞きしていない?」

 ベルの問いかけにも、彼女は首を振るばかりだ。答えようがない。何も知らない。教えてもらっていない。

 そこで、オリヴィアは澄ました声を出し、

「あんまり思い詰めないでね、エマ。ごく軽い恋人ごっこだったのだから。もの慣れた紳士方の遊びよ。いつまでも引きずるのは無粋じゃない?」

 慰めの体をした痛烈な侮辱だった。痛みを感じるばかりで、何の反応も出来ない。

「今ならよくわかるわ。エマを選んだのも、適当に相手をするのにちょうどいいからよ」

「オリヴィア、お止めなさい。今のあなた、とても下品だわ」

 ベルがいつになく強く制止した。

 オリヴィアは悪びれもせず、小さく舌を出した。立ち上がり、

「失礼するわね。お茶をご馳走様」

 二人の返事も待たずに客間を出て行った。  

 口元を覆ったまま微動だにしないエマに、ベルが何度か声をかけた。その最後に、彼女がはっと反応した。

「ごめんなさい、ベル。何か言った?」

「いいのよ」

 ベルは彼女の手を取り、首を振る。

「オリヴィアはしょうがないわね。あなたへの嫉妬であんなことを口にしたのよ。あなたたち、確かに特別な雰囲気だったもの」

 少し前までの彼女はそう信じていた。

(でも、違うのかも)

 そう思えた彼の優しさや仕草の全てが、彼女がそうあって欲しいと望んだが故の勘違いだったことはないか。レオにとっては軽い興味を、彼女が深く受け止め過ぎただけ。

(オリヴィアの言う通りでは?)

 胸の中が重苦しい不安に満ちていく。

 ベルが心配げに腕をさすってくれた。

「急を要する出来事があったの。地位のある紳士にはありそうなことよ。落ち着いたら、すぐ何か連絡を下さるわ」

「…ありがとう」

 力なく微笑み返す。

「オリヴィア言ったことは気にしないことよ。お目当てのレオに相手にされなかったんで、ここぞとばかりにあなたに意地悪をしてるだけ。いつになったら、自分のみっともなさに気づくのかしら」

「でも、気づかなければ幸せでいられるわ」

 エマにはオリヴィアに対する感情より、自分の心の重さが深刻だった。そしてそれはレオへの強い思いを裏付けることになる。

(いつ会えるの?)

 返らない彼の答えが切なかった。
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