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4、いちご狩り

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いちご狩りの日、エマはアシェルを連れやって来た。教誨師館を訪れると、アーネスト夫人のベルがメイドと準備をしている最中だった。

 ベルがいちご狩りを催すのは今年で三年目になる。年々いちご狩りよりピクニックに比重が偏りがちで、そちらも参加者に人気だった。

 アーネストの伝手で、僧院のいちご園が決まってその場所になった。教誨師館も馬車がないが、この日は参加者の一人が馬車を回してくれるという。ピクニックの荷物もあるので大助かりだ。

 二人になると、ベルがエマに意味深に微笑む。

「デリーの奥様から聞いたわ。キースのお友達の方の件よ。仲が良いのでしょう? エマ、本当のところを教えて」 

 まだ若く、身近な人の恋愛話は大好物な人だ。それを決して吹聴することはないが、自分なりに観察をして考察するのも好きだった。

 きっと質問責めに遭うとは覚悟していたが、やはり獲物を前にした猫のような目をされると、何とも居心地が悪い。

 エマは瓶詰めをかごに押し込みながら返事をした。

「何にもないの、噂されるようなことなんて。普通にご挨拶して、お話を少しするだけよ」

「ふうん。素敵な方よね。夫はカードの会でお話しして、褒めていたけれど」

「いい方よ。アシェルにも優しくて、乗馬を教えて下さるの。あの子も懐いてるわ」

「それは親切ね。小さな子に優しい人は大抵善良よ」

 断言するようにベルが言う。

「リジーが、ウォルシャーさんに話しかけても冷たいと言っていたのよ」

「そうかしら、そんなことないと思うけれど…」

 答えつつも、その意見は外れてはいないと彼女も思う。出会ってすぐは、レオは冷淡なように見えた。彼に好意的なオリヴィアに対しても、誤解させるような曖昧な素振りではなかった。

 そんな彼が、はっきりと砕けた優しさを見せてくれるのは、おそらく自分だけだ。自惚れではない自負もある。

 表へ出ていたアシェルが、馬車の到着を告げた。二人はそれぞれかごを持ち、外へ出る。

 僧院にはすでに到着した女性たちの姿があった。ボンネットを被った人々が二人に手を振る。挨拶を交わし合い、すぐにいちご狩りが始まった。

 たわわに実ったいちごを、それぞれがかごに収めていく。僧院の粒の大きないちごは美味で、アシェルは摘みながらもう頬張っている。

 話しながら収穫し、かごが満ちる頃だ。ベルの声かけで、休憩になる。

 僧院から人手も出て、ピクニックの支度はすぐに整った。持ち寄った料理を広げ、飲食が始まる。

「オリヴィアたちに声をかけなかったの?」

 ある夫人に問われて、ベルがそちらを向く。

「もちろん誘ったわ。先約があると断られたのよ」

「あら、でも…」

 言葉を濁したのは、この場にエマがいるからだ。彼女もオリヴィアの幼なじみで、独身女性の仲良しグループに属しているはずだった。

 オリヴィアが来ないことは、ベルから聞いて知っていた。仲間外れに恨みなどない。むしろ、ほっとしていたくらいだ。何かのきっかけで嫌味のスイッチが入れば、せっかくのいちご狩りも興醒めだ。

 たとえ、オリヴィアの計画の何かに自分が誘われていたとしても、きっとベルのいちご狩りを優先したに違いない。

 オリヴィアは彼女たちの狭いコミュニティーでは、わがままなお姫様だった。悪人ではないが、振る舞いや言動に、誰もが眉をひそめた瞬間を味わっている。

 そんな共通の認識を省き、会話が続く。

「お兄さんのキースは好青年だわ。大学を卒業して何年も経つでしょ、そろそろ結婚の話も出ていいのに」

「支配型のボウマン夫人と上手くやれる子じゃないと、難しいわね」

「キースはダイアナが好きなのよ。催しでも、見ていてすぐにわかったわ」

 姉の名が出て、皆の視線が彼女へ集まった。

「ダイアナなら賢いし優しいし、上手に譲ってあのお姑さんとも上手にやっていけるのじゃない?」

「キースから何か言って来ない?」

「いいえ、何も。今はダイアナも家を出ているから」

 エマはそう答え、マフィンを口に運んだ。周囲から見てもキースの姉への好意が明け透けなら、聡いダイアナが気づかない訳がない。

(気づいて、素知らぬふりをしているのだわ。何も答えなくていいように)

 上手く話が進めば、近在の名門の家との縁組だ。実家の近くに嫁ぐ娘を母も喜び、祝福するはずだ。

(知らない土地へ行き、他人の家で住み込みで家庭教師をするよりずっと楽な道なのに)

 お腹のふくれたアシェルが他の子供たちと遊び出した。西の空に厚く黒い雲がある。じき、雨になるのかもしれない。

 食事の後で僧院の広い庭を散策した。睡蓮の池を眺める彼女たちの前をアヒルが前を横切る。

 隣を歩くベルが聞く。

「ダイアナからの最近の便りを教えて。同じ内容を書くのは面倒だろうから、わたしは遠慮しているのよ。エマから聞くわって」

 家庭教師を志したダイアナに、条件の優れた家庭を紹介してくれたのがこのベルだった。「ダイアナならどこでも望まれるわ。高待遇は譲っちゃ駄目よ」。と自身の出身地のコネから、非常にありがたい家庭を見つけ出してくれた。

「お邸のピアノが新しくなったそうよ。お嬢さん方用のはちゃんとあるのに、別でダイアナ専用の立派なものを用意して下さったらしいの。好きな時に弾いてほしいって。嬉しそうに書いてあったわ」

「まあ、太っ腹だこと」

「本当、ハミルトン氏はご親切なの」

 離れた姉が初めて送ってきた手紙に、『使用人としての扱いではなく、家族同様にとても快適に過ごしているわ』という一文があった。それにエマは涙が滲むほどほっとしたのを覚えている。

 いちご狩りの帰路だ。

 子供同士で散々駆け回ったせいか、アシェルは眠そうにふらふらと歩いた。馬車があれば寝て帰れるのだが、スタイルズ家には馬車はない。可哀想になり、おぶってあげることにした。

(こういうところが甘いのかも)

 まだ小柄で、エマでも何とかなる。すぐに寝入ったのか、心なしかだらんともたれた身体が背に重い。

 館の姿が小さく見えた頃、背後に馬の足音が聞こえた。彼女が首を後ろへ回すのと、騎馬した誰かが馬を下りるのが同時だった。

 レオだった。手綱を手に馬を引き、彼女の方へ足早にやって来る。
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