別れさせ屋

夏蜜

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終演

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 カラスは僕のズボンを遠慮なく漁り、やつから貰った紙幣を探り当てる。彼女はそれを抜き取り、茫として仰向けている青年へばら蒔いた。実に効果的な金の使い方をやつは思いつく。僕はまんまとやられたようだ。
「これでボディの傷を直しなさい。もう気が済んだでしょう」 
 役割を果たした僕は、彼女と一緒にエレベーターへ乗り込んだ。その際、酷い泣き面をした店員が駆けつけ、閉まりかけた扉を無理やり引き開けた。
「好きな人といられて幸せ、だからこの店に通うって、言ってくれたじゃないか」
「思わせぶりな態度をとってしまったことは謝るわ。だからって、勝手に恋人扱いされても困るのよ。私、既に大事な人がいるんだから」
「……誰だよ」
「貴方が友達だと思ってる人」
 唖然とする店員を残して、エレベーターは無情にも動きだす。階数が地下を示す前に、彼女は僕の不意をついて唇を当ててきた。丸く綺麗な瞳に、狼狽する自分が映っている。
「ほんの気持ち」
 柔らかな親指が重ねた跡を消し去る。何事もなかったように地下駐車場へ降りた僕らは、黒塗りの車と傍にいる男を見つけて歩み寄った。やつはサイドウィンドウに映りこんだ僕らに気付き、振り向きざまに片方の眉を上げた。
「お客様、人のものに手を出すのはいけませんぜ」
「あら、私はお礼をしたまでよ」
 如何わしげに視線が交互に行き来するが、僕は素知らぬ振りを通した。
「そろそろ御暇するわ。迎えを呼んでるの」
 間もなくタクシーが現れ、地下駐車場の内部を周回する。雨滴を落としてドアが開き、彼女はシートに背中を預けて去っていった。ハンドルをさばく手つきが女性に思えた。
「ありゃデキてるな。坊主も見ただろう」
「見たって、何を?」
「……まあ、いいさ。俺たちも行くとしよう」
 やつは運転席に着く直前、幾つか束になった鍵を振り回し、隣のボンネットに掠り傷を負わせた。あの青年の乗る、赤色のクーペだ。
「僕より質が悪いな」
「気のせいだろう。早く乗りな。また突っかかってくるぜ」
 車は素直に帰るつもりがないらしく、暫く雨に濡れる街中を走った。ラジオからはモダンジャズが流れ、次第に眠気を誘う。僕は急に疲れを覚え、そっと瞼を閉じた。タイヤを通して与えられる振動が心地好さに拍車をかける。
 手が頬に触れ、やつは指の節で僕の口角を擦った。口紅が拭いきれていなかったらしい。僕はうっすら瞼を開け、やつが当分事務所に戻る気配がないことを確認してから再び眠りに落ちた。 
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