別れさせ屋

夏蜜

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悪戯

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「さっき、楽しんだばかりだろ」
「あれは、ほんの暇つぶしだよ。まだ、お前にほとんど触れていない」
「……卑怯だ」
「卑怯なもんか。俺はただ、ちょっくら付き合えって言ってるんだ。余計に腹が減ったから、もっと旨い飯でも食べに行こうかって。そういう触れ合いだよ。けど、これじゃ餌にありつけない犬と同じだぜ」
 座席ごと倒されると、股ぐらを大腿に擦りつけてきた。食い足りないのは、僕に原因があるとでも主張したいのだろう。肩に圧力までかけられ、抵抗しようにも身動きがとれない。大柄なシルエットが、全身を押さえている状態だ。
 この空間がやつの縄張りであるなら、飛びこんだ僕は恰好の獲物である。前もって条件を提示したところで、端からそんなものは通用しないと気づくべきだ。易々と解放してくれると、相手に期待するほうが間違っている。結局はやつの手中に落ち、僕は二度も自分を恨む羽目になる。
「力を抜けよ。どっちが得をするのか、分かっているだろう」
 親指が上唇を滑ってゆく。折り返して下唇をなぞり、一周し終える寸前、やつは耳朶を甘噛みしてきた。下唇を何度か往き来した指が間を割って口内へ侵入してくる。僕は悠然と舌を纏わせて出迎えた。
「……素直じゃないか」
「まさか。早くしないと味が落ちる」
「強情なんだな。だったら、覚悟しておけよ。残すのは俺の性じゃないんだ。それに、最初に誘ってきたのは坊主、お前だよ」
 エアコンが吐き出す冷気を、静かに吸い込む。なのに、身体は妙に汗ばみ、クーラーが正常に作動しているのか疑うほどだ。
「大丈夫。痛いようにはしないさ」
 くぐもった雨音が遠くから雷鳴を呼び寄せている。にわかに橋脚が震え、反射的に身が竦む。稲光が視界を包む時、僕はうつ伏せて夢を見る。



 袖看板が連なる雑多な路地裏の一角で、その張り紙は風に翻っていた。自動販売機は飲み物の種類より、怪しげな求人広告がひときわ目を引く。メイド服を着た女性、貴金属の買い取り、反物にエステ、不倫調査――。
 無秩序に張られた広告の中で、ふと『別れさせ屋』の文字が僕の足を止めた。やる気があるのかないのか、透明封筒に入った印刷用紙をガムテープで留めただけの素っ気ない張り紙である。簡単な事務所の地図と電話番号だけが載せてあった。繋がるはずがないと思っていた呼出音が、意外なことにすぐ鳴り止む。束の間の沈黙が、悪戯心で電話を掛けた僕に緊張感をもたらす。 
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