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香り
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「シートベルトを締めな。危ない目に遭うぜ」
一方通行を抜ける寸前、アクセルが踏み倒された。反動で、体が背もたれに密着する。車は青信号へ向かい、次々と車両を追い越してゆく。異変を感じた対向車が路肩へと避けだした。あいにく、信号は途中で黄色に移り変わる。
その交差点を突っ切ってきた大型車と、まさに正面が合わさった。トラックは、クラクションを鳴らして迫ってくる。やつはハンドルを左へ切り、列の先頭へ割りこんだ。そのまま交差点に進入し、赤信号を突破する。片側一車線の狭い道路には、凄まじい騒音が響き渡っていた。交差点を窺うと、そこは身勝手なSUVによってひどく入り乱れてしまっている。
喧騒が遠退くに従い、僕はシートベルトによって皺苦茶にされた服を元へ戻した。やつは有無を言わせない表情で、ただただアクセルを踏んでいる。車は幹線道路に乗り上げ、遠目に見える商業施設の明かりを後方へ流してゆく。斜向かいに立ち並ぶ街路灯が代わる代わる車内を橙色に染め始めたとき、ふいに運転席から煙草の箱とオイルライターが投げられた。
「喫めよ」
僕は煙草を口に咥えて、ライターのヤスリを回した。軽快な音とともに赤い炎が揺らぐ。先端に火を点けると、きつめのフレーバーが肺に渦巻き堪らず咳き込んだ。やつは僕の指から煙草を奪い取り、当然と言わんばかりに自分の口へ運ぶ。
しぶき雨の向こうに、草臥れた街のネオンサインが浮かびあがる。道路は片側一車線から二車線に増え、車通りも次第に多くなる。カーブを呑み込んだ先には休憩室で眺めた跨線橋があり、車は疑いなくそこを越えて街中へ入るだろうと思われた。
ところが、やつは何の前触れもなく方向を変え、窮屈で真っ暗な脇道を黙々と進んでゆく。僕が訝しんでいるのを察したのか、輪郭がこちらを一瞥する。咎める視線を返すと、車は線路に突き当たるところで跨線橋の下へ潜り込む。やつは急停車させた車の中で煙草を僕の口に戻し、耳元へ顔を寄せてきた。甘めの香水とほろ苦い紫煙が鼻につき、危険な雰囲気を助長する。
「せっかく再開したんだ。このまま帰るより楽しもうぜ」
ドアロックがかかり、続けてフロントライトが一段づつ消された。この男は僕を陥れようとしている。状況を察してセンターコンソールの灰皿に吸殻を投げ入れると、それを合図に指をシートベルトに絡ませてきた。自ら締めろと促したくせに、今度は勝手にはずしてくる。
一方通行を抜ける寸前、アクセルが踏み倒された。反動で、体が背もたれに密着する。車は青信号へ向かい、次々と車両を追い越してゆく。異変を感じた対向車が路肩へと避けだした。あいにく、信号は途中で黄色に移り変わる。
その交差点を突っ切ってきた大型車と、まさに正面が合わさった。トラックは、クラクションを鳴らして迫ってくる。やつはハンドルを左へ切り、列の先頭へ割りこんだ。そのまま交差点に進入し、赤信号を突破する。片側一車線の狭い道路には、凄まじい騒音が響き渡っていた。交差点を窺うと、そこは身勝手なSUVによってひどく入り乱れてしまっている。
喧騒が遠退くに従い、僕はシートベルトによって皺苦茶にされた服を元へ戻した。やつは有無を言わせない表情で、ただただアクセルを踏んでいる。車は幹線道路に乗り上げ、遠目に見える商業施設の明かりを後方へ流してゆく。斜向かいに立ち並ぶ街路灯が代わる代わる車内を橙色に染め始めたとき、ふいに運転席から煙草の箱とオイルライターが投げられた。
「喫めよ」
僕は煙草を口に咥えて、ライターのヤスリを回した。軽快な音とともに赤い炎が揺らぐ。先端に火を点けると、きつめのフレーバーが肺に渦巻き堪らず咳き込んだ。やつは僕の指から煙草を奪い取り、当然と言わんばかりに自分の口へ運ぶ。
しぶき雨の向こうに、草臥れた街のネオンサインが浮かびあがる。道路は片側一車線から二車線に増え、車通りも次第に多くなる。カーブを呑み込んだ先には休憩室で眺めた跨線橋があり、車は疑いなくそこを越えて街中へ入るだろうと思われた。
ところが、やつは何の前触れもなく方向を変え、窮屈で真っ暗な脇道を黙々と進んでゆく。僕が訝しんでいるのを察したのか、輪郭がこちらを一瞥する。咎める視線を返すと、車は線路に突き当たるところで跨線橋の下へ潜り込む。やつは急停車させた車の中で煙草を僕の口に戻し、耳元へ顔を寄せてきた。甘めの香水とほろ苦い紫煙が鼻につき、危険な雰囲気を助長する。
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