何処吹く風に満ちている

夏蜜

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風、吹き荒ぶ

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 皆瀬川はテキストから目だけを出して、恐ろしそうに身震いした。
「ほう。ということは、その時に病を患ったと」
「さすが安藤、話が早いわね。ヒラキチトセ病ってわけよ、箸を介して伝染する」
「人を病原菌扱いするんじゃねえわ」
 平木は創一を抱いたまま二人の部員に詰め寄る。創一は本当に熱が出てきそうだった。胸元と密着する背中は滝のようになっている。誰もいなければ素直に嬉しいと思える状況も、部員全員の前でというのは見せしめに近い。何より、遠矢が側にいる。
 今すぐにでも解放されるのを願っていると、遠矢が席を立って部室を出ようとするのが見えた。平木がそれに気付いて声を掛ける。
「どこ行くんだよ、一応話があるから来たのに」
「ちょっと休憩。風邪治ったばかりだし、ヒラキチトセ病に罹りたくないから」
 平木の顔を碌に見ずに告げた遠矢は、扉を勢いよく閉めて足音を遠退かせた。創一は彼の後を追いかけようと、平木の腕を名残惜しく感じながらも無理やり解く。
「僕も、お手洗いに行くんだった」 
 元々お手洗いに行くつもりだったのもあって、退出理由に不自然さはなかった。創一は頭を下げて、躰の熱を冷ましに走る。
 下級生がいなくなった部室で、平木は困惑した様子で頭を掻く。
 「なんだあ、あの二人……」 
「距離が妙に近い気がする……。イケナイ予感がするわ」 
「なるほど。禁断の三角関係、ってわけか」
 安藤は何も判っていない平木を一瞥し、事を楽しむふうに扉を見つめた。 

 お手洗いに立ち寄った創一は、躰にこもった熱を逃がそうと、顔を水で何度も洗った。平木の体温がいつまでも纏わりつき、一向に離れていこうとしないのだ。それでも徐々に熱は落ち着いてくる。創一は出しっぱなしの蛇口を捻り、深く息を吐いた。
「遠矢、もう戻ってるかな……」
 一旦は部室に帰ろうとした足を、逆の方角へ向ける。創一は階段を下りてロビーを通り過ぎ、また階段を上った。全く意味がないことだったが、素直に部室へ帰るのは気が引ける。顧問とも同級生とも顔を合わせるのが気まずかった。
 創一が二階と三階を結ぶ踊り場へ行く途中、誰かがいることに気付いた。初めは上背のある男子生徒の後ろ姿しか見えなかったが、よく観察すると、その生徒の陰にもう一人いる。あまり穏やかな感じではなく、手首を掴まれているのが見えた。
 創一が引き返すべきか迷っていると、まさに遠矢の声で名前を呼ばれた。
「そういち」
 踊り場へ駆け上がり、相手の男子生徒に体当たりする。自分でも、どうしてこんなに行動的になるのか、創一には理解できなかった。相手がくずおれているうちに、遠矢の手を取って三階へ上がる。
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