何処吹く風に満ちている

夏蜜

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風、吹き荒ぶ

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 白く煙る雨が学校の裏庭に絶えず降り注ぐ。好き放題蔓延る草木には恵みの雨だろうが、梅雨真っ只中を過ごす人々には鬱陶しいばかりだ。規則的な雨音を除けば、部室は至って静かだった。物事に集中するにはうってつけの環境であるとも言える。
 創一は窓の風景を眺めるのを止め、手元の問題集に視線を戻した。期末試験が間近に迫り、うかうかしてはいられないと気を引き締める。前回の失敗がないように、授業中はしっかり内容をノートに記録した。もちろん、平木の授業も例外ではない。解答に困ればそのノート類を開き、また問題集へ挑んだ。
 時間が経つにつれ、問題を解く速度が次第に衰えていった。目の端から人影が消えず、集中力が幾度となく掻き乱されたからだ。創一はついに我慢が途切れ、ちらりと正面を盗み見る。片肘をついた気楽な姿勢でいる彼は、フレームの大きな眼鏡を掛けて参考書に目を通していた。
 遠矢は結局、贈られた眼鏡を常時身に付けることにしたようだ。散々渋ったあげく反論していたのに、今は抵抗感もないらしい。怜悧な顔立ちによく似合い、目元はより涼しげにそよぐ。
 創一の視線は無意識に下方へ移った。風邪から回復した遠矢は、健康的に色づいた唇を柔らかく閉じている。淡いピンクのスイカズラを連想させるそれは、蜜を含んだような潤いに満ち、触れると溢れてきそうである。
 触れる、一体どうやって。
 創一は自問する。突然、あの夜の出来事を思い出した。蘇った感触は冷たいはずなのに、顔は対照的に上気してくる。吹き出る汗を手の甲で拭うが、迸る熱気が収まる気配はない。
 お手洗いに立とうとして、創一は遠矢と視線が交わった。上目遣いで様子を窺い、意味ありげに口の端を上げる。唇が「行ってらっしゃい」と動いた気がして、創一は急いで扉へ向かった。もう気持ちを誤魔化しきれなかった。
 創一が扉を押す前に、扉が丁度よく廊下側から引かれた。勢い余って躰が前のめりになり、部室に入ろうとした人物へぶつかる。創一は胸に抱かれた状態で部室へ戻された。予想はついていたが、見上げるとやはり顧問の平木だった。
「皆お疲れさん……って、なんかお前、今日は変に熱くないか?」
 平木は創一の顔を覗きこんで額に手を当てる。どうも風邪をひいたと疑ぐっているようだ。躰をひっくり返された創一は、額にとどまらず首筋や腕など肌が露出している部分をくまなく調べられる。
「遠矢がせっかく戻ってきたと思ったら、今度は創一かあ」
「遠矢くんの風邪がうつったのかもしれませんねえ……」
 安藤の嘆きに、すかさず皆瀬川が反論する。
「違うわ。私、見たのよ。お昼休み、平木先生が創一くんに、お弁当の苦手な具材を無理強いしてるとこ」
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