何処吹く風に満ちている

夏蜜

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温めの風

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「……いいけど、買い物袋持とうか?」 
「いや、寄りかからせてくれるだけでいい」
 昼休みに椿田が平木に抱きつかれたような姿勢で、創一は遠矢をマンションまで運ぶ。背丈が同じくらいなので、躰を支えて歩くのにさほど負担はない。遠矢が提げている重たそうな買い物袋が何度か太股にぶつかった。
  タイル張りの玄関アプローチを進み、木目調のエントランスホールへ入る。オートロックマンションのため、ロックは住人である遠矢が解除した。エレベーターに乗り込み、六階の突き当たりで遠矢が離れる。部屋の鍵を開けるためだ。ドアを押さえて先に室内へ行くよう促す遠矢に、創一は自ら躰を添わせて一緒に中へ入った。 
 玄関から延びる廊下の奥にリビングがあった。遠矢はそこのテーブルに買い物袋を置き、創一へ微笑む。
「ありがとう」 
 遠矢は椅子を引いて腰を下ろす。疲れた様子で少しの間もたれてから、創一にも座るように言った。
 リビングには、この椅子がテーブルを挟んだ状態で一脚ずつ、ソファーベッド、大きめのテレビ、その隣に観葉植物、テレビ台にはデジタル時計があり、ちょうど十九時になったところだった。
 部屋の中をきょろきょろと見回す創一に対して、遠矢は吹き出すのに近い笑いを漏らす。
「……そんなに珍しい?」
「ああ、ごめん。つい……」
 ひょんなことから気掛かりだった同級生の自宅へ上がり、創一は礼儀より好奇心が勝っていた。
「ほら、綺麗に掃除されてるなと思って」
「別に普通だよ。大したことないさ」
 遠矢は事も無げに話したが、創一には滅多に見ることのない部屋の光景だった。母親が片付けのできない性分なうえ、創一が掃除をしても一日で元に戻るので、片付いた家にいることがないのだ。
 意外にも朗らかな感じの遠矢に創一は安心した。黒いパーカーに黒いティーシャツ姿のラフな格好がよく似合う。学校にいるときとはまた印象が違って、いくらか砕けた感じだ。全く雰囲気が異なるのに、刹那の間、担任の椿田とフォルムが重なった。
「……忘れてた。遠矢に渡さないとってずっと思ってて」
 創一は鞄からノートを取り出す。担任を思い出したのは預かった物があるからだろうと、借りていたノートと合わせて紙包みをテーブルに並べた。
「わざわざ済まないな。創一って律儀だね」
「その紙包みは僕じゃないんだ。……預かったっていうのか、断れなくて」
 創一は担任の名を口にすることを避けた。遠矢がいい顔をしないだろうと、直感的に思ったからだ。
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