何処吹く風に満ちている

夏蜜

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温めの風

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「……人の黒歴史を掘り返すなよ。相手がお前だったら、校長に呼び出されることもなかったのに」
 平木は椿田を軽く小突いてから冗談半分に抱きつく。その瞬間、担任が眼の奥を鋭く光らせるのを創一は見逃さなかった。
 意中の教師と話したがっている女子生徒たちを他所に、平木は椿田と連れ立って二階の職員室へ向かう。去り際に手を上げてくれた平木を、創一は歯痒い気持ちで見送った。 

 担任から遠矢への紙包みを預かったものの、どう渡せばよいのか創一は思い悩んでいた。教室でも部室でも姿を見かけないため、渡す機会がそもそもないのだ。借りっぱなしのノートと合わせて鞄は異様に重く、帰路に着くまでの道のりもいつにも増して遠く感じられる。創一の気持ちを表すように空は濁り、暗い影を落とし始めていた。
 バスは田園風景を抜け市街地へ入る。廊下で擦れ違う平木に遠矢のことをそれとなく訊こうとして、結局何も情報を得られずに午後を無駄にした。さらに、昼間のことが頭を掠め、部室では横顔を盗み見るだけで終わってしまった。
 創一は自分に苛立ち、溜め息を吐く。窓には冴えない表情が映しだされている。帰宅を急ぐ車のヘッドライトやテールランプが、面白味のない顔をより鮮明にしては通り過ぎた。 
 降車を知らせる音が車内に鳴り響く。創一の降りる停留所はまだ先のため、姿勢を変えずに夕方の街中を眺めていた。バスは速度を落としながらコンビニの前に差しかかる。ちょうど店舗から人が出てきて、駐車場を横切るところだった。そこで、創一は目を見開く。 
 慌ててバスを降りようとしたせいで通路で思いきり躓いた。腕を擦り剥いたが、ともかく今はあの人物を見失わないようにしなければならない。ドアは既に開いていて、創一は急いで降り口を飛び出した。
 周囲を確認する。先程の人物は見当たらない。もしかして、見間違いだっただろうか。コンビニの裏手は、濃く赤い色を滲ませている。創一は何となくそちらが気になって、細い通りへ回り込んだ。
 予想通り、夕闇に包まれた路地に人影があった。創一は駆けだし、目の前の肩を掴む。人違いの可能性を考える余裕もないくらい無我夢中だった。
「遠矢」
 振り向いた彼は、何故か目に涙を浮かべていた。暫し創一と見合ったのち、とても驚いた顔つきになる。
「……創一、どうして」
「泣いてるのか?」
「いや、これはあれさ……。悪いんだけど家まで付き添ってくれるかな、すぐそこなんだけど」
 遠矢は涙を拭い、曲がり角にある集合住宅を指差した。
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