何処吹く風に満ちている

夏蜜

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温めの風

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「もっといるか?」
 創一は咄嗟に首を横に振る。もう充分すぎるくらいだった。
 平木は今の状況などお構いなしに、箸をまた自分の口へ入れる。弁当の白飯を大口で頬張る姿が何だか少年みたいだ、と創一は上目に見ながら思う。遠矢のことが気掛かりだったため、それとなく顧問に尋ねようとしたものの、なかなか本題を切り出せずに時間だけが過ぎてゆく。その間に、創一は掲示板に張られた新聞部の記事を少なくとも三回は読んだ。同学年の所沢が十股をしているらしいという、至ってどうでもいいものだ。
 四回目に差しかかろうとしたとき、強い視線が背後から突き刺さるのを感じた。創一は振り返って辺りを見回す。だが、こちらに関心を向ける者はいない。平木は散らかったテーブルに伏せて仮眠し、他の生徒は残り少ない昼休みをお喋りに費やしている。
 創一は、もう一度だけロビーを見渡す。怪訝に感じながら正面に向き直ると、傍らに人が立っていたので危うく椅子から転げそうになった。担任の椿田だった。平木には無関心だった女子生徒たちが、椿田には逸早く反応する。彼はそれほど人目を惹く容貌なのだ。
 椿田はいつもの微笑みを湛え、創一と平木を交互に見つめる。
「大宮くん」
 椿田はそれだけ言って、創一のほうを見据えた。用があるのはてっきり、視線を遣る間隔の長い平木のほうだと思っていた。彼は後ろ手に持っていた紙包みをおもむろに創一へ差し出す。
「これを」
 意図が判らず、創一は受け取るのを躊躇した。担任から、何か受け取らなければいけないことがあっただろうか。身に覚えはなく、長財布程度の包みを凝視する。
「あの、何でしょう?」
「遠矢に渡してください。君とは仲が良いはずですから」 
 担任の口から遠矢の名前が出るとは予想外だった。先日の一件が脳裏を過る。担任が遠矢と言い争っていた、あの放課後のことである。創一が包みを受け取ってみると、コトコトとした軽量の物が入っているようだった。 
 見上げたときには担任の意識は別に移っており、同僚の肩を揺すっている最中だった。
「先生、授業に遅れますよ」 
 起こされた平木は、体を伸ばしてわずかに椿田と向き合う。だが、急速に夢から覚めたと見え、腕を使ってテーブルのゴミを片付けると素早く立ち上がった。
「いっけねえ、早く準備しないと」
「クラスを間違えて教室に駆け込んではいけませんよ。大分前に、勢いで女性教師に抱きついて、ちょっとした騒ぎになりましたよね」 
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