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冷風
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「みっともねえな……」
渡り廊下の出入口に立ち、降り頻る雨を横目に眺めながら創一は呟いた。青硝子のような雨天が、別棟から覗く西側を染めている。
右の本校舎に足を向けようとしたとき、言い争うような声が聞こえてきた。創一は咄嗟に後退り身を隠す。
「…………知らないって、何度も言わせるなよ。欲しけりゃ自分で探したらいい」
「少しは素直になったらどうだ。毎回毎回反抗してばかりで、躰ひとつ正直になった試しがない」
両方とも聞き覚えのある声だった。混乱する頭の中でふたりの姿が往き来する。だが、こんなに語気を強めた物言いは初めてである。
「だったら、なんでキスなんかしたんだ。撮られて面倒が起きるのを判らないわけじゃないだろ」
「……建前と本音を分けているだけだ。年齢や婚姻状態など世間一般では問題になっても、相手が女であれば俺には取るに足らないことだ」
「…………それ以上を求められてもか」
「必要であれば」
「……普通、じゃない」
「お前だってそうだろう。まあ、俺と違うというなら拒めばいいさ」
渡り廊下の屋根を打つざわめきが激しくなった。担任の里は一回り小柄な生徒を欄干に押し付け、身動きが取れないように迫る。雨雫が頭上に降りかかり、頸を伝って制服のシャツを濡らしてゆく。
遠矢は闇雲に腕を振り上げた。だが、担任はいとも簡単に手首を掴むと、空いていた腕で彼の身に付けていた眼鏡を投げ落とす。すかさず靴の踵で粉々に潰したかと思うと、強引に遠矢の躰を引き寄せ唇を重ねた。
逃れようとするのを、今度は唇を無理やり開かせて黙らせる。一頻りなすがままだった遠矢は、シャツの中へ手が滑りこんできたところで担任を押し退けた。間髪を容れず、頬に平手打ちする。
遠矢は自身の腕を掴み、小刻みに躰を震わせた。雨滴を存分に吸った衣服のせいだけではないだろう。相手を軽蔑するような眼差しで鋭く睨んでいる。不謹慎ながら、創一は彼を美しいと思った。踏みにじられても、日陰で健気に咲く野花のいじらしさである。
落ち着き払っていた担任が、呆然と佇む創一のほうへゆっくりやってくる。やや無表情に近い笑顔が、疾うに第三者の存在を認識していたのだと悟った。立ち去ろうにも足を動かせない創一の傍らで止まり、腰を屈めて耳元で囁く。
「今のは私たちの秘密にしておきましょうね」
冷や汗が背中を伝うなか、欄干の間をくぐり抜けた遠矢は薄暗く霞んだ景色の奥へ遠退いてゆく。担任の姿はすでになく、創一は拳を握り締めたまま、ずっと独り立ち尽くしていた。
渡り廊下の出入口に立ち、降り頻る雨を横目に眺めながら創一は呟いた。青硝子のような雨天が、別棟から覗く西側を染めている。
右の本校舎に足を向けようとしたとき、言い争うような声が聞こえてきた。創一は咄嗟に後退り身を隠す。
「…………知らないって、何度も言わせるなよ。欲しけりゃ自分で探したらいい」
「少しは素直になったらどうだ。毎回毎回反抗してばかりで、躰ひとつ正直になった試しがない」
両方とも聞き覚えのある声だった。混乱する頭の中でふたりの姿が往き来する。だが、こんなに語気を強めた物言いは初めてである。
「だったら、なんでキスなんかしたんだ。撮られて面倒が起きるのを判らないわけじゃないだろ」
「……建前と本音を分けているだけだ。年齢や婚姻状態など世間一般では問題になっても、相手が女であれば俺には取るに足らないことだ」
「…………それ以上を求められてもか」
「必要であれば」
「……普通、じゃない」
「お前だってそうだろう。まあ、俺と違うというなら拒めばいいさ」
渡り廊下の屋根を打つざわめきが激しくなった。担任の里は一回り小柄な生徒を欄干に押し付け、身動きが取れないように迫る。雨雫が頭上に降りかかり、頸を伝って制服のシャツを濡らしてゆく。
遠矢は闇雲に腕を振り上げた。だが、担任はいとも簡単に手首を掴むと、空いていた腕で彼の身に付けていた眼鏡を投げ落とす。すかさず靴の踵で粉々に潰したかと思うと、強引に遠矢の躰を引き寄せ唇を重ねた。
逃れようとするのを、今度は唇を無理やり開かせて黙らせる。一頻りなすがままだった遠矢は、シャツの中へ手が滑りこんできたところで担任を押し退けた。間髪を容れず、頬に平手打ちする。
遠矢は自身の腕を掴み、小刻みに躰を震わせた。雨滴を存分に吸った衣服のせいだけではないだろう。相手を軽蔑するような眼差しで鋭く睨んでいる。不謹慎ながら、創一は彼を美しいと思った。踏みにじられても、日陰で健気に咲く野花のいじらしさである。
落ち着き払っていた担任が、呆然と佇む創一のほうへゆっくりやってくる。やや無表情に近い笑顔が、疾うに第三者の存在を認識していたのだと悟った。立ち去ろうにも足を動かせない創一の傍らで止まり、腰を屈めて耳元で囁く。
「今のは私たちの秘密にしておきましょうね」
冷や汗が背中を伝うなか、欄干の間をくぐり抜けた遠矢は薄暗く霞んだ景色の奥へ遠退いてゆく。担任の姿はすでになく、創一は拳を握り締めたまま、ずっと独り立ち尽くしていた。
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