何処吹く風に満ちている

夏蜜

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冷風

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「優秀な生徒を部員に持って、先生は鼻が高いわけよ。他の教員にはデスクが汚ないだの、居眠り常習犯だの、散々評価が低くて……」
「先生、それは自分が悪いんじゃないですか」
「嫌味も言われたよ。試験の問題を教えるほど暇なんですね、だと。そんな卑怯なことするわけないだろ。遠矢が学年トップで見返してくれて清々したぜ」
 平木が笑いながら話している時に、皆瀬川が帰ってきた。目を丸くして、すっかり言葉を失っている。時を同じくして戻ってきた安藤も、訝しげな顔つきになる。
「身内ネタは厳禁なんです、この新聞部は。いちゃいちゃしたいなら、見えない処でやって下さい」
「だったら、もう少し時間をくれよ。せっかく捕らえたのに」
 平木はわざと獲物に齧りつく振りをする。創一はいい加減、場の状況に耐えられなくなっていたので、身をよじって逃げようとした。以外にも平木の腕はするりとほどけ、ようやく解放されたというのに名残惜しさが込み上げる。
「やだ、飢えてるからっていきなり抱きついてキスするなんて……」
「飢えてねえし、キスもしてねえわ」
「すみません、今日は早目に帰ります。傘を持ってきてないし、雨に降られたら面倒だ」
 挨拶もおざなりに部室を飛び出した創一は、火照る躰を一刻も早く外気に晒したいと足早に階段を降りた。いっそのこと、激しい雨に打たれたい。校庭に辿り着いた創一は、ほろ苦い空気を目一杯吸い込んだ。


 小雨が窓を叩き始めてから、だいぶ時が経っていた。劣化した電灯がチカチカと瞬く空間には、生徒ひとりの他に誰もいない。
 部活を早目に切り上げた創一は、別棟の図書室に立ち寄り、手当たり次第に本を読んでいた。書棚から選んでは本を開いて、ろくに読まずに閉じて戻す。
 創一が同じ動作を幾度と繰り返すうちに、まばらにいた生徒たちは本降りになってゆく雨と共に姿を消した。等間隔で置かれた六人掛けの机が、とてつもなく膨大して見える。
 最終下校時刻の予鈴が鳴り、創一はいよいよ諦めて席を立った。意味もなく図書館へこもったのは、平木のことがあったためだと嫌でも頭を過る。一旦は帰宅しようとしたものの足が進まず、停留所でバスを待たずに学校へ引き返した。
 平木は世間でいう真っ直ぐな道を行く男だろう。創一はそう思いながら頭を掻いた。抱き締めたのも、自分が意図するものとは違う。自覚すればするほど無性に苛立ち、反対に躰は相手を求めようとする。
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