何処吹く風に満ちている

夏蜜

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冷風

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 水無月に入った途端、天候は下り坂となり曇天を仰ぐ日が続いた。太陽はほの白く濁り、時折素っ気ない風を地上に吹かす。制服は夏物へ衣替えとなったが、先月末より却って肌寒く感じるほどだ。
 中間試験以降、創一は半袖シャツに学校指定の紺色ベストを重ねて過ごしていた。担任の椿田里は一向に服のスタイルを変える気はないらしく、薄地ではあろうがタートルネックにジャケットとという重苦しい格好を貫いている。彼は常に感情を表沙汰にせず謎めいているが、物腰は柔らかく笑顔を絶やさない男である。
 しかし、あの裏庭での一件以来、創一は担任に対して異なる印象を抱くようになっていた。見た限りでは、厄介事とは無縁の男である。だが、いつも笑顔の中に本心を隠しているような気がして、創一は腑に落ちずにいた。


「平木先生が相手だったら、ジョークに出来るのにね」
 創一に囁いて、皆瀬川は別の記事をロビーに張り出しに行く。新聞部では先の騒動をひとまず公にはせず、一旦保留とすることにした。例の写真はテーブル下のキャビネットに仕舞ってある。
 平木は顔にスポーツ新聞を被せたまま、パイプ椅子に寄りかかって仮眠している。この日も無地の白い半袖シャツ姿で、肩まで捲った袖から筋肉質の腕をだらりと垂らしていた。寝息に気を散らした安藤が御手洗いに立ってゆく。
 創一は顧問と二人きりになったことで、小説を読み進める間隔が疎かになった。椿田がいれば少しは意識を正常に保てるが、月が替わってから彼は部室に姿を見せていない。当然、借りたノートは鞄に忍ばせたまま未だ返せずにいる。バランスの良い丁寧な文字は中身を理解しやすいだけでなく、性格の一部を窺い知ることができるものもであった。
 静かに胸を上下させていた平木が、急に新聞を退かして伸び上がった。室内に部員ひとりだけと分かると、おもむろに席を離れ斜向かいからわざわざやってくる。不意に椅子ごと創一を抱き締めた。
「……いきなり、何するんですか」
「科目別順位、遠矢と並んでトップだったじゃん。お前ら、いつ仲良くなったんだよ」
「いや、まだそんなに親しく話すよう仲じゃ……」
 頭を豪快に撫でながら躰を密着させてくるので、創一は抵抗しようとした。だが、余計に強く抱き締めてくるので、ついに抗うのを止めて身を任せた。平木は思った以上に胸板が広いと、上昇する体温の中でそう思う。
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