何処吹く風に満ちている

夏蜜

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風向きの変化

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 中間試験が来週に迫るにつれ、諸処の部活動も控えめとなる。無論、三階に部室を構える新聞部も例外ではない。創一が立て付けの悪い扉を開けると、いつものメンバーがすでに定一についていた。
 会議テーブルには写真が散乱する代わりに教科書の類いが山積みされ、部室内は勉強会となっている。他人のプライベートを平気で記事にするような活動をしている彼らだが、学年順位は一桁台の優秀者揃いで教師も目を瞑らざるを得ない。
 顧問の平木は試験問題の作成に忙しいらしく、部室に姿を現さない日が続いている。顔を合わせるとすれば、ほぼ生物学の授業がある時に限られる。入学早々実施された試験で九番目だった創一は、部員に遅れをとらないよう、誰よりも神経を尖らせていなければならない立場にある。
 だが、授業に集中しようとすればするほど意識は曖昧に途切れ、壇上の躰つきばかりを追っていた。当然、無頓着な平木が知る由もない。
 珍しくピリピリとした空気が張り詰めるなか、創一も席に着いて己のノートを広げた。授業内容の書き取りに手抜かりがあり、今頃になって杜撰な箇所があちこちに見られる。
 創一は駄目元で、正面に座る相手を見据えた。片肘をつき、黙々と頁をめくる指がしなやかに動く。夏日に近い暑さのためかブレザーは脱いで椅子に掛けており、自然のまま流した毛先をそよ風に揺らしている。
 同級生でありながらまともに会話したことのない相手であったが、創一がさりげなく声を掛けると、意外にもすんなりとノートを貸してくれた。表紙に『生物』とだけ細いマジックで記されている。
「……ありがとう」
「試験が終わるまで返さなくていいから。どうせ大した科目じゃないし」
 椿田はそう言い捨てかと思うと、創一の予期に反して徐に口角を上げた。動揺が伝わったのか、意味ありげに微笑んで見つめてくる。彼が度の強い眼鏡をかけているせいで気がつかなかったが、したたかな瞳は光沢に富み、涼しげに潤っている。
 創一が反応に困っていると、椿田は満足したように視線を参考書へ戻した。何食わぬ顔で再び頁をめくり出す。  
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