何処吹く風に満ちている

夏蜜

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風は気ままに

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「それじゃ、平木先生に車出してもらわないとねえ」
 半強制的に交通手段の打診を願われた平木は、仕方なく了承の返事をする。そのさい、欠伸をしながら再び背伸びをしたために、シャツの裾から腹部が垣間見えた。
 創一の目線は不意にその箇所へゆく。たった一瞬のことながら、思ったより筋肉質であると気付いた。つい、衣服の下を想像してしまう性質が疼く。
 安藤も作業を切り上げてきたので、一行は各々の荷物を持ち廊下へ出た。反対側の突き当たりから、吹奏楽部の熱心に練習する音が聞こえてくる。時刻はまだ午後の四時を回ったばかりで、生徒たちの活気は盛んである。平木は階段を降りる手前になって、きまりの悪そうな顔になった。
「……いっけね、同僚の里から呼ばれてたんだっけ」
 さとし、とは世界史を受け持つ教師の名前である。若いながら、創一がいるクラスの担任でもあった。苗字の椿田と呼ばないところに親しさが窺える。 
 平木は困った様子で頭を掻き、手短に弁明した。相談事があるので少しばかり時間を取って欲しいと、申し出があったという。
「俺みたいないい加減なやつに相談ってなんだろう」
「三十路までに結婚したいんです、先生みたいに草臥れたくないから、とか」
「……余計なお世話だよ。第一、男がそんなこと言うかよ」
「分かりませんよお、結婚はひとつのステータスですし。それに、“椿田”君ならここにもいますし、彼の話も店の席でゆっくり聞きましょうよ」
 さりげなく教師同士の付き合いを後回しにするよう促した皆瀬川だったが、椿田は会話が自分へ向けられたことで、あからさまに表情が険しくなった。すかさず、場の空気を読まない平木が更に口を開く。
「まあ、あいつと呑んでると時間も金もあっという間だしな。遠矢だったら水かジュースで安く済むだろうし、いくらでも飯食わせて話を聞いてやるぜ」
「……お前は食わせるほうじゃなくて、喰われる側、だろ」
 足払いされた平木は、バランスを崩し膝から落ちた。この日第一声を発した椿田はなぜか皆の感嘆を受け、先に階段を降りてゆく。
「あらあら、あっさり振られちゃいましたね。何回記念かしら」
「今日のところは慰安会に切り替えて、購買の品で我慢しましょうか」
 膝頭を手で擦りながら起きあがった平木は困惑した表情を浮かべる。何が椿田を怒らせたのか、いまいち理解していないらしい。
 創一は欄干から身を乗りだし、無愛想なもの言いの同級生を姿が小さくなるまで眺めていた。確かに、少し囓ってみたい躰つきではあると秘かに同意し、平木を横目で見る。同時に、容姿そこそこの男が独り身である理由が分かった気がした。


 
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