逢魔時に穿つ

夏蜜

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若旦那の依頼

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 夕暮れに染まる山裾を眺めながら、佐久田千日さくたちかは溜め息をついた。都内から新幹線を利用し、さらに鈍行列車に揺られること三時間。晩秋の侘しい風景が疲労感だけでなく、よりいっそう憂鬱を募らせる。
 何故こんな場所に来ているのだろう。
 千日は半ば後悔しつつ、ジャケットの内ポケットから小さな封筒を取り出す。この時代に和紙を使った手紙を寄越すとは風情なものである。漉き込まれた金箔が流麗な文字を際立たせていなければ、間違いなくあっという間にごみ箱行きだった。そうさせないほど、文字は手紙を差し出した人物の美しさを物語っている。
 列車は灯りの乏しい無人駅で停車する。こんな辺鄙な場所で降りる奴の気がしれないと、ボストンバッグを肩に提げ、手紙で指示された通り車内を後にする。列車は無情にも千日を独り置いて去ってゆき、プラットホームに立つ三十路の男を心細くした。冷気が衣服の隙間に入り込み、千日は思わず肩を竦ませる。
「警察へ相談できない不審者ってか」
 白い吐息を立ち上らせて駅舎を出た千日の前に、一台の乗用車が近寄る。薄鼠色のミニバンを訝しんでいると、運転席のドアを開けて若い男性が降りてきた。
「佐久田さん、お待ちしておりました」
 鳶色の紬の着物に羽織を着たその男性は、深々と頭を下げる。彼が封筒の差出人だろうか。旅館の若旦那という肩書きも納得できるような泰然とした雰囲気に、千日は気圧されながらも右手を差し出す。
「貴方が風神八雲さんですね? お手紙拝読しました。旅館の敷地に不審者が現れて困っているとか……」
「ええ、簡単に言えば。……とりあえず、車に乗ってください。外は寒いですから」
 握手を交わしたのち、千日は誘われるがまま助手席に乗り込んだ。


「――そもそも、どうして私に依頼を」
 車が山間を五分は走った辺りで、千日は話を切り出した。八雲がハンドルを握ったきり口を閉ざしていたため、仕方なくだ。千日の問いかけより大分遅れて、八雲は表情を緩ませる。
「すみません、つい茫としてしまって」
「いえ、お疲れなんですね。さぞ、お忙しいんでしょう。私とは大違いだ」
「まあ、確かに暇はほとんど。だから、手っ取り早く連絡をくれる何でも屋さんを探していたのは事実です」
 穏和そうな顔をして、はっきりと言ってくれる。千日は躰を前傾させ、八雲を見据えた。誰にも頼めないからと、手紙に書いてきたのはそちらだろうという意味を込めてだ。
 内容はこうだった。夜中になる度に、別棟の自宅にある敷地から足音が聞こえてくるという。その月明かりに照らされた姿が人ならざる者・・・・・・であるらしいので、気味が悪いし追い払って欲しいとの依頼だ。
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