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久遠の学業
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貴士の頬を擦っていた指が久遠の下唇を捉える。言葉の意味を理解したときには既に遅く、臀部には嫌な感覚が伝っていた。久遠は拒絶しようとしたが、貴士は久遠を逃がさぬよう躰に腕を回して尚も手を這わせてくる。
「お……お言葉は、ありがたいのです、が」
「なに、構わないさ。一晩君に時間を捧げるくらい、訳無いよ」
「一晩、ですか?」
久遠は顔が青ざめてゆくのを感じた。貴士に一晩も拘束されたら、どんな目に遭うかわからない。ほんの遊びならまだしも、本気にされたら縄や鞭などを使用するなどと聞く。なんとしても、それだけは避けなければいけなかった。
「もしかして、流言を信じているわけじゃないだろう?」
久遠は咄嗟に貴士を仰いだ。人の良さそうな笑みは消え失せ、代わりに冷笑を口の端に含ませている。
「あ……いえ、そんなことは……」
「君も知っている通り、あれは全くの出鱈目さ。僕に対する妬みや僻みが、くだらない噂を作るんだ」
「……はい、十分に理解しております」
「君は本当に優秀な男だな。父には感謝しないと。でも、君がもし今晩僕から逃げだしたら――」
――そのときは容赦しないよ。
耳に吹き込まれたのは、とても恐ろしい言葉だった。貴士が傍らからいなくなっても、久遠は躰の震えを抑えることができなかった。貴士に預けられた麻哉の帽子を握り締め、目の前の長い影に視線を落とす。
「ああ、捕まっちゃいましたね」
去ったはずの麻哉が夕闇からひょっこり現れ、久遠に嘲笑を浴びせる。彼は落とした学生帽を久遠から抜き取り、己の頭に被せた。詰襟にトンビコートを羽織った格好でなければ、女子と見紛うほど色白で中性的な顔立ちをしている少年だ。久遠は不快感を露にして、麻哉に背を向けた。それにも拘わらず、嫌な含み笑いが耳に聞こえてくる。
「お前には、関係がない」
「ふふ、そうですね。……ああ、でも勿体ないです。本当はぼくが狙っていたのに」
麻哉は久遠に寄り添い、頸に両腕を回す。そして、先ほど貴士と重ねていた唇を平然と久遠に押しつけた。赤々とした空を、ねぐらに帰る烏の群れが一斉に覆う。久遠は自分の中に何かが沸き起こるのを感じたが、再び上空が静寂になると寸前で正気を取り戻した。
「馬鹿な真似をするな……! もう私に構うな!」
久遠は麻哉を突き飛ばし、路上を駆け出した。麻哉は闇の濃いほうへと消えてゆく背中に独り笑みを浮かべる。
「馬鹿なのは貴方、ですよ」
その夜、久遠は貴士に言いつけられた通り彼の寝室を訪れ、いいように抱かれた。懸念していた品々は使われなかったものの、貴士は行為中偽りの優しさで鞭を打ち、恐怖心で心を縛りつけた。
終わったときには、貴士の所有物として躰の隅々に痕を付けられていた。それでも久遠は逆らうことを赦されず、散々弄んだ挙げ句、汚いものでも見るような一瞥を寄越す彼に屈服するしかなかった。
「お……お言葉は、ありがたいのです、が」
「なに、構わないさ。一晩君に時間を捧げるくらい、訳無いよ」
「一晩、ですか?」
久遠は顔が青ざめてゆくのを感じた。貴士に一晩も拘束されたら、どんな目に遭うかわからない。ほんの遊びならまだしも、本気にされたら縄や鞭などを使用するなどと聞く。なんとしても、それだけは避けなければいけなかった。
「もしかして、流言を信じているわけじゃないだろう?」
久遠は咄嗟に貴士を仰いだ。人の良さそうな笑みは消え失せ、代わりに冷笑を口の端に含ませている。
「あ……いえ、そんなことは……」
「君も知っている通り、あれは全くの出鱈目さ。僕に対する妬みや僻みが、くだらない噂を作るんだ」
「……はい、十分に理解しております」
「君は本当に優秀な男だな。父には感謝しないと。でも、君がもし今晩僕から逃げだしたら――」
――そのときは容赦しないよ。
耳に吹き込まれたのは、とても恐ろしい言葉だった。貴士が傍らからいなくなっても、久遠は躰の震えを抑えることができなかった。貴士に預けられた麻哉の帽子を握り締め、目の前の長い影に視線を落とす。
「ああ、捕まっちゃいましたね」
去ったはずの麻哉が夕闇からひょっこり現れ、久遠に嘲笑を浴びせる。彼は落とした学生帽を久遠から抜き取り、己の頭に被せた。詰襟にトンビコートを羽織った格好でなければ、女子と見紛うほど色白で中性的な顔立ちをしている少年だ。久遠は不快感を露にして、麻哉に背を向けた。それにも拘わらず、嫌な含み笑いが耳に聞こえてくる。
「お前には、関係がない」
「ふふ、そうですね。……ああ、でも勿体ないです。本当はぼくが狙っていたのに」
麻哉は久遠に寄り添い、頸に両腕を回す。そして、先ほど貴士と重ねていた唇を平然と久遠に押しつけた。赤々とした空を、ねぐらに帰る烏の群れが一斉に覆う。久遠は自分の中に何かが沸き起こるのを感じたが、再び上空が静寂になると寸前で正気を取り戻した。
「馬鹿な真似をするな……! もう私に構うな!」
久遠は麻哉を突き飛ばし、路上を駆け出した。麻哉は闇の濃いほうへと消えてゆく背中に独り笑みを浮かべる。
「馬鹿なのは貴方、ですよ」
その夜、久遠は貴士に言いつけられた通り彼の寝室を訪れ、いいように抱かれた。懸念していた品々は使われなかったものの、貴士は行為中偽りの優しさで鞭を打ち、恐怖心で心を縛りつけた。
終わったときには、貴士の所有物として躰の隅々に痕を付けられていた。それでも久遠は逆らうことを赦されず、散々弄んだ挙げ句、汚いものでも見るような一瞥を寄越す彼に屈服するしかなかった。
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