11 / 19
久遠の学業
1
しおりを挟む
路地を曲がってすぐ、久遠は路上に黒い人影が伸びているのを認めて立ち止まった。顔を上げると、墨色の着物に鳶色の馬乗袴が細い電柱から見え隠れしている。その横立ち姿に覚えのあった久遠は、警戒しつつも怖いもの見たさで足を一歩踏み入れた。
真っ赤な夕陽が雲の合間から覗き、息を呑む久遠の顔を照りつける。彼等はちょうど取り込み中であった。下宿先の息子である貴士と、久遠とは一学年下の麻哉が、人目もはばからず熱い接吻を交わしている。
久遠はさらに一歩足を進め、訝しい眼差しを投げかけた。すると、先に気配を感じとった麻哉が長い睫毛を上げた。その双眸に挑戦的な色が帯びる頃、貴士も漸く唇を離して久遠のほうへゆっくりと頸を巡らす。貴士はつい先日、女学生に手を出していたばかりではなかったか。
刹那の沈黙の間に、麻哉は貴士からするりと小柄な躰をくぐらせて走ってゆく。そのさい、うっかり脱げた学生帽が地面に滑り落ちた。貴士はというと、ばつが悪そうにするでもなく足許の帽子を拾い上げ、どちらかといえば泰然とした目つきで久遠と向かい合う。
「おかえり」
事も無げに言う貴士に久遠は僅かな恐れを抱いた。だが、遠ざけることのできない相手であるゆえ、身分を弁えて頭を下げる。書生である以上、世話になっている家の者に刃向かうわけにはいかない。貴士は二つ歳上の大学生だが、勉学より女遊びや男漁りが得意なふうで、度々如何わしい現場に遭遇するのだった。
久遠が余程硬い表情をしていたせいか、貴士はふっと笑みを見せて歩み寄る。代々官僚という家柄と、利発で目鼻立ちの良い彼に惹かれる者は少なくない。
だが、貴士がどんなに笑顔でいても、瞳の奥底に冷ややかなものが流れるのを久遠は知っていた。だから彼の左手が頬に触れたとき、その温もりのなさに久遠は戦慄するのだった。
「今日は試験だったろう? どうだった?」
「……おかげさまで、好成績が期待できそうです」
「父が居候させている甲斐があるな。しかし、たまには息抜きもしたいだろう」
「ええ、そう言われればそうですが……」
笑顔を作り他愛ない会話をしてくる貴士に、久遠は視線を外し気味に答える。なんとなく、先程の現場を咎められているような気がした。それが気まずくもあり、また本心を探られているようでもあった。
「……でも私は、勉学を疎かにはできませんから」
「はは、真面目だね。君のそういうところが好きだよ。それなら今晩、君に僕から勉強を教えてあげようか」
真っ赤な夕陽が雲の合間から覗き、息を呑む久遠の顔を照りつける。彼等はちょうど取り込み中であった。下宿先の息子である貴士と、久遠とは一学年下の麻哉が、人目もはばからず熱い接吻を交わしている。
久遠はさらに一歩足を進め、訝しい眼差しを投げかけた。すると、先に気配を感じとった麻哉が長い睫毛を上げた。その双眸に挑戦的な色が帯びる頃、貴士も漸く唇を離して久遠のほうへゆっくりと頸を巡らす。貴士はつい先日、女学生に手を出していたばかりではなかったか。
刹那の沈黙の間に、麻哉は貴士からするりと小柄な躰をくぐらせて走ってゆく。そのさい、うっかり脱げた学生帽が地面に滑り落ちた。貴士はというと、ばつが悪そうにするでもなく足許の帽子を拾い上げ、どちらかといえば泰然とした目つきで久遠と向かい合う。
「おかえり」
事も無げに言う貴士に久遠は僅かな恐れを抱いた。だが、遠ざけることのできない相手であるゆえ、身分を弁えて頭を下げる。書生である以上、世話になっている家の者に刃向かうわけにはいかない。貴士は二つ歳上の大学生だが、勉学より女遊びや男漁りが得意なふうで、度々如何わしい現場に遭遇するのだった。
久遠が余程硬い表情をしていたせいか、貴士はふっと笑みを見せて歩み寄る。代々官僚という家柄と、利発で目鼻立ちの良い彼に惹かれる者は少なくない。
だが、貴士がどんなに笑顔でいても、瞳の奥底に冷ややかなものが流れるのを久遠は知っていた。だから彼の左手が頬に触れたとき、その温もりのなさに久遠は戦慄するのだった。
「今日は試験だったろう? どうだった?」
「……おかげさまで、好成績が期待できそうです」
「父が居候させている甲斐があるな。しかし、たまには息抜きもしたいだろう」
「ええ、そう言われればそうですが……」
笑顔を作り他愛ない会話をしてくる貴士に、久遠は視線を外し気味に答える。なんとなく、先程の現場を咎められているような気がした。それが気まずくもあり、また本心を探られているようでもあった。
「……でも私は、勉学を疎かにはできませんから」
「はは、真面目だね。君のそういうところが好きだよ。それなら今晩、君に僕から勉強を教えてあげようか」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる