逢魔時に穿つ

夏蜜

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鍵を探す男

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 佐木は少々神経質なところがあり、マンションで物音がすると余計に目が冴える質らしいのだ。そのため、再び眠気に襲われるまで本を読むのが日課であったらしいが、次第にSF小説ばかりを漁るようになってから心身に不調をきたすようになったのだという。
「今日で、……終わりですよね」
 症状が改善すれば、もう病院に来る必要はない。佐木自身が、一番よく理解していることだ。普通は喜ばしいはずなのに、目の前の患者はどこか寂しそうだ。
「朝日出先生、ありがとうございました。自分で自分を診るより、先生に診てもらえて本当に良かったです」
 椅子に座りながら頭を下げる佐木に、朝日出は最後の言葉をかけた。 
「もう二度と、心にシンクホールを開けてはなりませんよ」
 顔を上げた佐木は驚いた表情をしたが、次には笑顔が弾けた。

 その患者が姿を見せなくなって一ヶ月。朝日出は診察室の扉が開く瞬間を待ち望むようになった。勿論、佐木は現れない。事前に看護師から受け取るカルテでわかっていても期待してしまうのだ。
 挙げ句に、他の患者を診ているときでさえ彼の顔が浮かび、集中力が途切れるのを必死に堪える始末だ。扉がカタンと鳴る程度でも、佐木ではないかと鼓動が高鳴る。以前は、耳許で看護師に呼びかけられても、すぐには気付けなかったにも拘わらずだ。
 悪夢にうなされるようになったのは、それからだ。何かの鍵を奪ったり、反対に盗まれた事実も存在しないのに、見も知らない男に恫喝されては犯される夜が続いた。加えて毎回夢から覚めれば、下半身には生々しい感覚が嫌というほど残っている。
 朝日出は三十三年間生きてきて、同性を意識したことはなかった。そのはずだった。だが常に脳裏を過るのは、あの眩しい笑顔なのである。本当は、潜在的には男性を求めているのか――。現に、佐木のことばかり考えているではないか。朝日出はそこまで考えて激しく首を横に振り、玄関を出て仕事場へ向かった。

 朝日出はデスクに寄りかかり、溜め息を吐く。腕時計はもう午後の八時を過ぎていた。診察時間は午後六時で終わり、看護師たちは先に帰宅した。院長も、鍵を朝日出に預けて早々に診療所を出ている。
 リングに幾つもぶら下げられた鍵を眺め、朝日出は頭を掻いた。どうもあの夢の中の男が、自分自身のような気がしてならないのだ。根拠はないが、同性から与えられる苦痛とも快楽ともとれる未知のものが、己の欲求に思えなくもないからだった。
「……まさか、そんな」
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