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72.トニトゥルス国編〔8〕

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……


……暖かい……


暖かいものを感じる……


お腹の痛みも引いていく感じがした……



「……フィーリアスっ……」
「うぅ……」

目を開けると、涙をはらはらと溢しているレェイと目が合った。レェイは私に覆い被さるようにしていた。

……美少年は泣き顔も様になるんだね……

そんな事を思っていると、さっきまでの出来事が一気に蘇ってきた。

「っレェイっ! 大丈夫!?」
「……ふふ……フィーリアス、良かった……」

そのままレェイは意識を失った。私はまさか死んでしまったのでは、と慌ててレェイの傷を確かめたけど、斬られた割には軽症の様だった。
とにかく、まだ傷はあるので慌ててレェイに治癒魔法をかける。

……あれ? 私も斬られてたよね??

私は慌てて自分の傷を確認する。すると、刺されたはずの腹部には傷がない様だった。
但し、服は自分の血とレェイの血でひどい有様になっている。
とにかく、なぜか刺されたはずなのにピンピンとしていた。自分で無意識の内に治したのかなぁ??
そんな呑気な事を考えている時だった。


「フィー……」

声のする方を見上げると、そこには青い顔をして立ちすくんでるジルがいたーーー


「っフィー!! その血は何っ!??」
「あ、えと、もう大丈夫。多分治ったはずだから?」

ジルの顔色は、青を通り越して真っ白になっていた。

「……治ったって何?……もしかして、刺されたの……」

ジルの顔から表情が抜け落ちており、能面のような顔になっている。


ーーーーーバァァァンッッ!!!!!


ジルは無意識に攻撃魔法を使用したのだろう。王城の一部が砕け散った。

「っジル! ダメだよ!! 攻撃したらっ!!」

私は焦ってジルに訴える。このままだと王城中が吹っ飛んでしまう勢いだ。

「……なんで? だって、フィーは刺されたんでしょ? ……僕の愛するフィーが……」
「もういいんだよ! もう私、大丈夫なんだから!」
「よくないっ!!」

初めてジルに怒鳴られて、私は反射的にビクッとなって固まってしまった。

「……ごめん……フィーを怖がらせるつもりは無いんだ……でも、フィーが……フィーが死んだら……」
「…わ、私は大丈夫だからっ! 攻撃なんて絶対しちゃダメだよっ!」

私はついつい強い口調で、そうジルに向かって叫んでしまっていた。

「大丈夫って……大丈夫って何?……その出血……死んでてもおかしくない量だ……何で僕のブレスレットしていないの? フィーが、フィーが死んだら……」

ジルは途中から俯むくと、そのまま何かを呟き続ける。ジルの様子が明らかにおかしいけど、俯いているからその表情が分からない。

「……ジル…っ!」
「フィーが攻撃をしちゃダメって言うけど……僕は、僕は……」

私は様子のおかしいジルの所へ、慌てて駆け寄ろうとした。


ーーービュンっ!ビュンっ!!!!
 

ジルの周りに何か音が走り、その度にジルの肌が切れ血が滲み出てくる。


ーーービュンっ!ビュンっ!!バシュっ!!!ビシィっ!!


どんどんジルの身体中が、切り裂かれていく。

「っジルっ!!!」
「……フィー、ダメだ……来たら…制御が……」
「でもっ!!」
「……フィーが……フィーが死んでいたかもしれないのに……僕は……僕はでも……許せない……」

私が、周りを傷付けたらダメって言うから、ジルは必死に抑えようとしてるんだ……
でも、きっと、ジルはそれでも周りを許せないんだろう……

ジルは……ジルはきっと私への愛が大きくて、周りを許せないんだ……

でも、私だって、もしソルム国でジルが死んでたら、どうしてたんだろう……その時、ジルがもういいよって言ってたら……

ジルの周りは益々風が舞っていき、音と共にジルの身体から鮮血が舞う。
私は考えるより身体が動いていた。

このままじゃ、ジルが死んじゃうーーー

その想いだけで、私は風が舞っているジル目掛けて走っていった。

「っフィー!!!」

顔も身体も傷だらけのジルと目が合った。私は、身体中が風であちこち切り裂かれるのもおかまいなしに、驚愕で目を見開いているジルの胸元へとダイブして、その身体を強く抱きしめた。
ジルは胸元へダイブする私の身体を抱き止めて、抱え込んでくれる。

刺された時は痛みで魔法がコントロール出来なくて、治癒魔法が使えなかった。
でも今は、そんな事言ってられない。
ジルの身体がただただ心配だった。
私はジルを抱きしめると、そのまま治癒魔法を使ってジルの傷付いた身体を治していく。ついでに自分も治していく。

「フィー……」
「ジル、ジル、ごめんね……」

私だって、ジルに置いて逝かれそうになった経験があるから、ジルの恐怖はよく分かる。
ジルの風魔法はいつの間にか無くなっていた。

「フィー……僕は、僕は許せない……フィーを傷付けた連中を、全て根絶やしにしてやりたい……」
「うん、うん。ごめんね、ジル……いいよ、許さなくてもいいよ。でも、根絶やしにする、とかジルが直接手を下さなくてもいいよ。ジルがそんな事する必要ないよ」
「っでも! フィーを傷付けたやつをそのままにしておけないっ!!!」

ジルの怒りは分かる。でも、ジルがあんなやつに仕返しする必要なんてないと思う。何で私の愛しいジルが、あんな奴の血でその手を汚さないといけないのか。ジルがあいつの血でその手を汚せば、ジルまで堕ちてしまう事になる。今回は私もこうして無事だったのだ。私はそれで良いと思ってる。
あんなクズは、勝手に堕ちていくだけだ。

「ジルまで堕ちる必要なんてないよ……」
「僕の愛するフィーリアスが傷付けられたのに、そのままになんてしておけないっ!!」

ジルの私への愛が深い程、周りを許せなくなるのだろう。

でも。そんなにジルが私を愛してるというならーーー

「ジルは私の事を愛してるんでしょ?」
「っ当たり前だ! だから、だから許せない……」
「本当に私の事を愛しているなら、その愛する私がもうしないでって言ってるんだよ? ーーーなら、もう、そのままにしておいて欲しい。あんな奴に、ジルが関わって欲しくない」
「……フィー……」

ジルが私を愛してくれているのなら。なら、愛する私のワガママを受け入れて欲しい。
私たちが手を下さなくても、堕ちていく人間は勝手に堕ちていくだけだと思う。
私たちは、私たちで幸せになれば良いだけだと思う。


「ジルヴェール、愛してる」


私はそう言うと、ジルの頬を両手で包み込みその唇へ深く口付けをした。

「フィー……フィーリアス……」

唇を離してジルの顔を覗き込むと、その金の瞳から、一筋の涙が溢れた。

「ごめんね、ジル。ーーー私は、絶対にジルを置いていかないからね。ずっと、ジルの傍にいるからね」

私はそう言うと、ジルに抱き抱えられたままジルをぎゅぅっと抱きしめた。
そこには、絶対に離れないよ、という気持ちを沢山のっけた。


ジルが落ち着くまでずっと抱きしめていたけど、私は重大な事をハッと思い出した。

「っジルっ! クーデターが起きちゃうの!!」
「……知ってる。今日蜂起し王城へと詰め掛ける予定なのを突き止めて、僕とラクスは急いで王城へと戻ってきたんだ。ラクスには部屋に行ってもらった。僕はブレスレットの魔力を辿ってこっちにきたんだ」

私はさっき知り得た情報を手早くジルに伝える。

「……なるほどね。レェイはかなり昔から思考操作されていたんだね……クズが」

お、お、お、お、お、お、恐ろしいですー。吐き捨てたジル様の顔が、今まで見たこともないぐらい怖いですー。

「ごめんね……ジルから貰ったブレスレット、取られちゃったの……」
「いいよ。また作ればいいし。ーーーそれに、そうと知ったらもう僕の魔力を流す必要もないしね」

そう言えば、あれってジルの魔力が流れていて守ってくれているんだった。と言うことは、あれはもうただの石のブレスレットって事かな?
つまり、意気揚々とブレスレットが守ってくれるとシエオは勘違いしたままで、その後どうなろうと知ったこっちゃない。

……ふぅーんだ、バーカバーカ。人の物盗った罰が当たっちゃえ!

私はそのままジルに抱き抱えられたまま、シエオが向かった民衆蜂起の場所へと急ぐ。
移動する間、ジルに疑問をぶつける。

「でも、どうして民衆はクーデターなんか起こすの?」
「トニトゥルス国内の経済はかなり逼迫している。情報操作によって、民衆達は3年前に亡くなった王妃の奢侈しゃしのせいだと思っている。だが、実際の問題はこの国の体質そのものにある」

王妃様ってかなりの衣装持ちだったとラアド様も仰ってたけど、確かにあれから毎日違う衣装を準備してくれていた。
簪もすごい沢山の種類があったし、かなり贅沢をしていたのだろう。
 
「体質って?」
「……この国は、あまり自分の主張をしない事が美徳とされている。おまけに王家が率先して質素倹約を進めるぐらい、慎ましい生活を行うことが美徳ともされている。そのため、職人の保護・保障が手薄いし、賃金も安価で暮らしが中々向上しない。それもそのはずなんだ。あれだけの安価で木材や加工品を他国に輸出していたら、自国はいつまで経っても潤わない。食料輸入も、のが現状だと思う。そうした中で、王妃の奢侈しゃしがきっかけとなり、今まで我慢していた色々なものが暴発したんだと思う……」

頭では理解していても、心が追いつかないと、人はどんどんクサクサした気持ちになっていく。それは、やがて自傷行為だったり外に向けた暴発といった形で出てくるんだろう。

……自分の心を見つめ、素直に認めることは、案外難しいんだよね……

「シエオは民衆を上手いこと情報操作して王家転覆を図り、自分がこの国の王して即位することを目論んだのだろう」

そこまで頭に血が登ってる民衆をどう鎮めたら良いんだろう……

私はジルに抱えられながら色々と考えた。

「ねぇ、ジル。何とか皆の不満を解消できないかな? それに、別に魔法が使える人が王家として立たなくても良いけど、魔法ってあったら便利だし。皆に魔法の良さを知ってもらいたい気持ちもあるよ」
「ふふ。フィーは結局僕と同じ考えなんだよね。……そうだね……」

それから、2人で移動しながらアイデアを出し合った。
2人で考えると、アイデアも出来る事ももっともっと広がっていく。


ーーーなんてったって、私たちは世界最強の夫婦だからねっ!

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