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36.イグニス国編〔3〕 sideフィーリアス&ジルヴェール
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《side フィーリアス》
翌朝スッキリと目覚めた私が隣を見ると、すでにジルは起きて支度をしていた。
「おはよう、フィー」
相変わらず美形のジルだけど、なんだか少し影があるように思える。あまり寝れなかったのかな?
ジルは枕が変わると寝れないタイプなのかもと思って、少し心配になった。
「ジル、大丈夫? 寝れなかった?」
「……ううん大丈夫だよ。僕のことは気にしないでフィー。それより体調はどう?」
「うん! ジルが撫でてくれたおかげでぐっすり寝れたよ」
「……そ、そう。良かった。僕はもう支度が終わったから、フィーはゆっくりしてね。後、護衛にラクスを付けるから。何かあったら彼を頼るように」
ジルはちょっと余所余所しくそう言うと、部屋を出て入れ替わりに侍女たちが入ってきた。
……ジル不足です。もっといちゃいちゃしたいです……
情けなくも泣きそうになる自分を隠し、支度をお願いした。
今日は、シュテアネ様とのお茶会である。
昨日のシュテアネ様の勇姿を見て、非常に楽しみにしていた。ジルがいなくて寂しいけど、これもお仕事です!シュテアネ様とのお茶会はとても勉強になるだろうし。
ちなみに、供で来ているエステラ自身も別のお茶会へと参加している。エステラも令嬢だからね。社交もお仕事なのです。
「フィーリアス様。どうぞこちらに」
にっこり笑いながら気さくに挨拶してくれるシュテアネ様は、とてもお優しい。少しふくよかな身体が安らぎを増大させていて、5歳しか変わらないはずなのにお母さんに包まれるような安心感がある。
ヒーリング効果のある未来の王妃様ってサイコーですね。マジで尊敬します。
そういえば、リリー様と婚約者争い? をしていたはずだよね。こりゃリリー様は敵わないだろうね~。確かにリリー様の方が可愛いとは思うけど、このヒーリング効果は人としての魅力が爆発だ。
フェイゴ王太子は人を見る目はあるんだろう。ただ、やっぱりのんびりした気質があるのは間違いなさそうで、それならリリー様との婚約解消を早く決めれば良かったのに、と思った。
まぁ、今ではリリー様は幸せに暮らしているはず? なので、良しとしよう!
「シュテアネ様、ありがとうございます。今日もとても素敵なお召し物ですね」
シュテアネ様の少しふくよかな身体に沿った半袖のドレスは、部分的にシースルーでとても軽やかだ。後ろウエストで縛ってあるデザインがスッキリ見せている。
「まぁ。ありがとうございます。私はフィーリアス様のようにスタイルが良くありませんので、なかなか大変なんですよ」
「いえいえ! シュテアネ様はお美しいだけでなく聡明でいて、まるで慈悲深い女神様のようです。私も見習いたいものですわ」
冷たい印象だと言われ続けた私にはないこの温かみを、是非ともご教授していただきたい!
「うふふ。フィーリアス様は、お美しいだけでなくお可愛い人なのですね。私とぜひ仲良くしてくださいませね」
「はいっ! こちらこそ、シュテアネ様とは是非仲良くさせていただきたいです!」
シュテアネ様のヒーリング効果により、始終ほわほわしたお茶会になった。
「ここの国はウェントゥス国より少し暑いでしょう? フィーリアス様のようなお召し物だと大変ではありませんか?」
そうです! そうなのです! 流石女性ですよね。気が付いてくださるなんて。
「ええ。そうですね。一応袖の無いものは準備しては来ましたが、実際体感するとこうも違うものなのですね」
「でしょうね。明日の歓迎会では我がイグニス国の民族衣装をご準備させていただきましたわ。是非楽になさってくださいませね」
なんとーーー! 出来る女は違うーー!! シュテアネ様の気遣いがサイコーすぎる。
その後ものんびりとした空気で会話が続けられていく。今日は王族のみでのお茶会なので同じ王族として話ができて本当に勉強になった。シュテアネ様はジルと同じ風の魔法を使えるらしい。私が光の属性も持っている事はまだ大々的に発表していないので、今日は内緒にしておいた。
ジル以外と魔法の話もできて本当に色々学ぶことが多かった。
お隣としてこれから関係を続けていく方がシュテアネ様で本当に良かった~!
一生このお姉様について行こうと今日決心した。
楽しいお茶会でしっかりとシュテアネ様に癒された私は、一息つくとそのまま夕食会へと参加する。結局夕食会の直前に帰ってきたジルとは、碌に話も出来ないまま夕食会は無事終了し、また部屋へと戻って就寝の準備に取り掛かる。
……もうダメだ。ジル不足すぎてつらい……ぎゅっとしたい。ぎゅっとされたい。でも、ここで最後までするのは本当に恥ずかしい……
ぎゅっとしたり、ちゅってしたりするぐらいじゃダメなのかな……
私がおかしくて我儘なのかな……でもでも! 今日それとなくシュテアネ様にお伺いしたら、なんと寝室は別々らしかった。こっそり驚いたものだ。
ということは毎日していないという事で、じゃあやっぱり私はおかしくないもん!って思ってしまう。
でも、ジルと寝室を分けるのだけは絶対に嫌だった。一緒に寝たい。朝起きたらジルが側にいて欲しい。
ベッドでぼんやりとジルの事を考えながら、座っていた。
すると、就寝準備の終えたジルがベッドにやって来ていたようだ。
「フィー? 大丈夫? 疲れた?」
「っあ! ジル!!」
ジルの事を考えていた私は、ついついジルにぎゅっと抱きついてしまった。
「ーーーっ!! フィーっ!!!」
すると、ジルはベリっと抱きついた私を引き離すと、サッと距離を空けてくる。
「……ジル? なんで?」
ジルに避けられた私はショックで涙が出そうになる。
「……ごめん。フィーは、その、ダメでしょ? 本当にごめん。僕は……」
……確かにしたくないって私が主張したけど、でも避けなくてもいいじゃんっ!!
「……分かった……おやすみなさいっ!」
そう言い放った私は、そのまま頭から布団をかぶると不貞寝した。
……子どもじゃん私……自分のポンコツさに本当に嫌気がさす……
《side ジルヴェール》
昨日の夜、無意識に僕に引っ付こうとしてぐいぐい寄ってくるフィーを意識せずにはいられなかった僕は、明け方早々には起き出して支度をした。
……これ以上同じベッドにいては本当にまずい。今晩からソファに寝た方がいいかもしれない……
なのに、起きたフィーは昨日僕に頭を撫でられた事がよっぽど嬉しかったのか。
無防備に顔を輝かせ僕を見つめるフィー。
……可愛いフィー。愛してる、フィーリアス。
ーーー僕はそのまま押し倒しそうになった。
……だめだ。まずい……
僕は慌てて部屋を出た。
はぁ。もうダメだ……フィーが足りない。フィーで満たされたい……もうダメだ……
今日はフィーと別々行動で良かったと、心の底から思った。
フェイゴ王太子とは、執務室で待ち合わせてあった。そこでこれからの互いの貿易関係の話などを軽くしたり、国務の情報交換を行う予定だ。
「あぁ。ジルヴェール様。ようこそおいでくださいました。どうぞ」
「フェイゴ様。ありがとうございます」
とりあえず、他所行きの顔を作って挨拶しておく。あいつの息子だからのんびりそうに見えても油断は出来ない。
「昨晩の夕食会では、父が大変失礼しました……フィーリアス様もお困りだったでしょう」
「……いえ。フラム陛下も私たちのような若輩者を揶揄われて……フェイゴ様も大変ですね」
「お美しいとは噂を耳にしておりましたが、フィーリアス様が噂以上にお美しい方で、父もついついあのような戯言を申したのでしょう」
戯言なものか。あいつの性格はわかっている。何重にも思惑があるんだろう。本当に腹黒い。
本当に自分の父親を理解していないようで、少し不思議に思った。
「いえいえ、どうぞもうお気にせずに。フラム陛下の遊びに付き合っていては身が持ちませんからね。陛下も王妃様を亡くされて随分経ちますから、こうして我々若者を揶揄って遊んでおるのでしょう」
「そう言っていただけるとありがたいです。そうですね。父は母を亡くしてから変わられました……」
あいつが女遊びをしているのは、こちらでもよく聞いている話なのだが……王太子はそれをどう思っているのだろうか……
フラム陛下は7年も前に王妃を亡くしている。後継であるフェイゴ王太子は結局1人息子だった。そのためそのまま自動的に王太子へとなった。
その後フラム陛下は新たに王妃を娶らなかったものの、側室という名の愛妾を側に置くようになった。
あの外見である。愛妾という立場でも女に苦労する事はなく、様々な女が出入りをしているはずだ。
まさか、フィーに直接粉をかけるとは流石に僕も想定はしていなかった。
……だから、あいつの事が昔から苦手なのだ。
フェイゴ王太子と話を続けていると、噂のフラム陛下が颯爽とやってきた。
「……父上。急に来られてどうされたのですか?」
「くくく。そんなに怒るな。あぁ、ジルヴェール。昨日は悪かったな。くくく」
昨日の事を思い出したのだろう。悪い顔をして笑っている。
「父上。それでは悪かったと思っていないようですよ」
「フェイゴ様。大丈夫ですよ。フラム陛下、昨日はご臨席いただいてありがとうございました」
「……くくく。お前は相変わらずだな」
「お褒めいただきありがとうございます」
「そんなに硬くならずともいいのだが……まぁ、お前はそうだろうな」
僕たちの会話に、フェイゴ王太子は少し不思議そうな顔をする。
「父上は、ジルヴェール様にお会いした事があるのですか?」
「まぁな。何度かあっちの国に行っている時に少しな」
……何が少しだ……
僕は心の中で悪態をついた。
イグニス国とウェントゥス国は相互貿易で成り立っている。その為昔から王族同士の関係が濃く、公式非公式問わずしょっちゅう互いを行き来している。
特に国境の間に山脈がなく、馬で早駆けすれば2日で王都へ行ける地理的要因も、大きく関わっている。
僕の父は腰が重いし自分が良ければいい人間だったので、フラム陛下が即位してからフラム陛下自らがたびたびウェントゥス国に訪れていた。ひどい時は単身で馬を駆って来たりしていた。
一国の国王の割には、フラム陛下は非常に自由で、機動力があり行動力があった。
雷の属性も持っているフラム陛下に、同じ雷属性の兄は度々魔法の訓練をつけてもらっていた。
そのフラム陛下は、なぜか来るたびに僕のことを見つけるのだ。
物心ついた時から周囲の関心は兄1人に向けられており、早々にスペアとしての己を理解した僕は、周囲に見つけられないように存在を消しては色々と動き回っていた。
特にフィーと出会ってからは、色々なものに溶け込んだり時には王子でない格好をしたりもした。
一度も、誰1人として僕の正体を見破った事はなかった。ただ、そうした僕を、あいつは必ず見つけるのだ。
最初はシラを切っていた僕もだんだん馬鹿らしくなっていき、少しづつ素を出すようになっていった。だが、王妃を亡くした7年ほど前から非公式での訪問が無くなり、たまに公式訪問するだけとなっていった。
「そうだな。今日はこの辺りにしておこう」
そう言うと、相変わらず傍若美人なあいつは来た時と同じように颯爽と帰っていった。
「……すいませんジルヴェール様。父は昔からちょっと自分勝手な所がありまして」
「いいえ。お気にせずに。あのような行動力は是非見習いたいものです」
僕はにっこり笑いながらそう言うと、そのままフェイゴ王太子と話を続けた。
夕食会ギリギリまで話をしていた僕は、部屋に戻るとそのままフィーと連れ立って夕食会へと行く。
今日の夕食会ではあいつは出席せずに穏やかなものとなった。明日の歓迎会は絶対に油断できないけど……
フィーとは昨日からほとんど話しもできていない。フィーに触れたのがもう随分遠い昔のことのように感じる。
フィーに触れたい。フィーに口付けしたい。フィーのナカに入りたい……
僕はもうフィーを求めすぎて頭が狂いそうだった。
浴室で自己処理を終えた後就寝の支度を終え部屋に向かうと、ベッドにぼんやりと座るフィーの姿が目に入った。
流石に疲れが出て来ているのかもしれない……フィーが心配になった僕は、フィーに声をかけた。
「フィー? 大丈夫? 疲れた?」
「っあ! ジル!!」
すると、満面の笑みを浮かべたフィーが僕に抱きついてきた。
……
「ーーーっ!! フィーっ!!!」
僕はとっさに抱きついてきたフィーを引き離し、直ちに距離を空けた。
……本当に危なかった。一瞬理性が飛んでフリーズしたのが自分でも分かった。
……本当の本当に危なかった。あのままだと完全に押し倒していた……
「……ジル? なんで?」
ショックを受けたのか、フィーが涙目になって見上げてくる。
……やばい、その顔はまずいよフィー……
「……ごめん。フィーは、その、ダメでしょ? 本当にごめん。僕は……」
……僕はもう、フィーとしたくてしたくてしたくて堪らない……
「……分かった……おやすみなさいっ!」
そう言うと、フィーは布団を頭から被って寝てしまった。
ーーー残された僕はため息を付くと、そっとその隣に潜り込む。
僕をこれだけ振り回すのはフィーしかいない……
翌朝スッキリと目覚めた私が隣を見ると、すでにジルは起きて支度をしていた。
「おはよう、フィー」
相変わらず美形のジルだけど、なんだか少し影があるように思える。あまり寝れなかったのかな?
ジルは枕が変わると寝れないタイプなのかもと思って、少し心配になった。
「ジル、大丈夫? 寝れなかった?」
「……ううん大丈夫だよ。僕のことは気にしないでフィー。それより体調はどう?」
「うん! ジルが撫でてくれたおかげでぐっすり寝れたよ」
「……そ、そう。良かった。僕はもう支度が終わったから、フィーはゆっくりしてね。後、護衛にラクスを付けるから。何かあったら彼を頼るように」
ジルはちょっと余所余所しくそう言うと、部屋を出て入れ替わりに侍女たちが入ってきた。
……ジル不足です。もっといちゃいちゃしたいです……
情けなくも泣きそうになる自分を隠し、支度をお願いした。
今日は、シュテアネ様とのお茶会である。
昨日のシュテアネ様の勇姿を見て、非常に楽しみにしていた。ジルがいなくて寂しいけど、これもお仕事です!シュテアネ様とのお茶会はとても勉強になるだろうし。
ちなみに、供で来ているエステラ自身も別のお茶会へと参加している。エステラも令嬢だからね。社交もお仕事なのです。
「フィーリアス様。どうぞこちらに」
にっこり笑いながら気さくに挨拶してくれるシュテアネ様は、とてもお優しい。少しふくよかな身体が安らぎを増大させていて、5歳しか変わらないはずなのにお母さんに包まれるような安心感がある。
ヒーリング効果のある未来の王妃様ってサイコーですね。マジで尊敬します。
そういえば、リリー様と婚約者争い? をしていたはずだよね。こりゃリリー様は敵わないだろうね~。確かにリリー様の方が可愛いとは思うけど、このヒーリング効果は人としての魅力が爆発だ。
フェイゴ王太子は人を見る目はあるんだろう。ただ、やっぱりのんびりした気質があるのは間違いなさそうで、それならリリー様との婚約解消を早く決めれば良かったのに、と思った。
まぁ、今ではリリー様は幸せに暮らしているはず? なので、良しとしよう!
「シュテアネ様、ありがとうございます。今日もとても素敵なお召し物ですね」
シュテアネ様の少しふくよかな身体に沿った半袖のドレスは、部分的にシースルーでとても軽やかだ。後ろウエストで縛ってあるデザインがスッキリ見せている。
「まぁ。ありがとうございます。私はフィーリアス様のようにスタイルが良くありませんので、なかなか大変なんですよ」
「いえいえ! シュテアネ様はお美しいだけでなく聡明でいて、まるで慈悲深い女神様のようです。私も見習いたいものですわ」
冷たい印象だと言われ続けた私にはないこの温かみを、是非ともご教授していただきたい!
「うふふ。フィーリアス様は、お美しいだけでなくお可愛い人なのですね。私とぜひ仲良くしてくださいませね」
「はいっ! こちらこそ、シュテアネ様とは是非仲良くさせていただきたいです!」
シュテアネ様のヒーリング効果により、始終ほわほわしたお茶会になった。
「ここの国はウェントゥス国より少し暑いでしょう? フィーリアス様のようなお召し物だと大変ではありませんか?」
そうです! そうなのです! 流石女性ですよね。気が付いてくださるなんて。
「ええ。そうですね。一応袖の無いものは準備しては来ましたが、実際体感するとこうも違うものなのですね」
「でしょうね。明日の歓迎会では我がイグニス国の民族衣装をご準備させていただきましたわ。是非楽になさってくださいませね」
なんとーーー! 出来る女は違うーー!! シュテアネ様の気遣いがサイコーすぎる。
その後ものんびりとした空気で会話が続けられていく。今日は王族のみでのお茶会なので同じ王族として話ができて本当に勉強になった。シュテアネ様はジルと同じ風の魔法を使えるらしい。私が光の属性も持っている事はまだ大々的に発表していないので、今日は内緒にしておいた。
ジル以外と魔法の話もできて本当に色々学ぶことが多かった。
お隣としてこれから関係を続けていく方がシュテアネ様で本当に良かった~!
一生このお姉様について行こうと今日決心した。
楽しいお茶会でしっかりとシュテアネ様に癒された私は、一息つくとそのまま夕食会へと参加する。結局夕食会の直前に帰ってきたジルとは、碌に話も出来ないまま夕食会は無事終了し、また部屋へと戻って就寝の準備に取り掛かる。
……もうダメだ。ジル不足すぎてつらい……ぎゅっとしたい。ぎゅっとされたい。でも、ここで最後までするのは本当に恥ずかしい……
ぎゅっとしたり、ちゅってしたりするぐらいじゃダメなのかな……
私がおかしくて我儘なのかな……でもでも! 今日それとなくシュテアネ様にお伺いしたら、なんと寝室は別々らしかった。こっそり驚いたものだ。
ということは毎日していないという事で、じゃあやっぱり私はおかしくないもん!って思ってしまう。
でも、ジルと寝室を分けるのだけは絶対に嫌だった。一緒に寝たい。朝起きたらジルが側にいて欲しい。
ベッドでぼんやりとジルの事を考えながら、座っていた。
すると、就寝準備の終えたジルがベッドにやって来ていたようだ。
「フィー? 大丈夫? 疲れた?」
「っあ! ジル!!」
ジルの事を考えていた私は、ついついジルにぎゅっと抱きついてしまった。
「ーーーっ!! フィーっ!!!」
すると、ジルはベリっと抱きついた私を引き離すと、サッと距離を空けてくる。
「……ジル? なんで?」
ジルに避けられた私はショックで涙が出そうになる。
「……ごめん。フィーは、その、ダメでしょ? 本当にごめん。僕は……」
……確かにしたくないって私が主張したけど、でも避けなくてもいいじゃんっ!!
「……分かった……おやすみなさいっ!」
そう言い放った私は、そのまま頭から布団をかぶると不貞寝した。
……子どもじゃん私……自分のポンコツさに本当に嫌気がさす……
《side ジルヴェール》
昨日の夜、無意識に僕に引っ付こうとしてぐいぐい寄ってくるフィーを意識せずにはいられなかった僕は、明け方早々には起き出して支度をした。
……これ以上同じベッドにいては本当にまずい。今晩からソファに寝た方がいいかもしれない……
なのに、起きたフィーは昨日僕に頭を撫でられた事がよっぽど嬉しかったのか。
無防備に顔を輝かせ僕を見つめるフィー。
……可愛いフィー。愛してる、フィーリアス。
ーーー僕はそのまま押し倒しそうになった。
……だめだ。まずい……
僕は慌てて部屋を出た。
はぁ。もうダメだ……フィーが足りない。フィーで満たされたい……もうダメだ……
今日はフィーと別々行動で良かったと、心の底から思った。
フェイゴ王太子とは、執務室で待ち合わせてあった。そこでこれからの互いの貿易関係の話などを軽くしたり、国務の情報交換を行う予定だ。
「あぁ。ジルヴェール様。ようこそおいでくださいました。どうぞ」
「フェイゴ様。ありがとうございます」
とりあえず、他所行きの顔を作って挨拶しておく。あいつの息子だからのんびりそうに見えても油断は出来ない。
「昨晩の夕食会では、父が大変失礼しました……フィーリアス様もお困りだったでしょう」
「……いえ。フラム陛下も私たちのような若輩者を揶揄われて……フェイゴ様も大変ですね」
「お美しいとは噂を耳にしておりましたが、フィーリアス様が噂以上にお美しい方で、父もついついあのような戯言を申したのでしょう」
戯言なものか。あいつの性格はわかっている。何重にも思惑があるんだろう。本当に腹黒い。
本当に自分の父親を理解していないようで、少し不思議に思った。
「いえいえ、どうぞもうお気にせずに。フラム陛下の遊びに付き合っていては身が持ちませんからね。陛下も王妃様を亡くされて随分経ちますから、こうして我々若者を揶揄って遊んでおるのでしょう」
「そう言っていただけるとありがたいです。そうですね。父は母を亡くしてから変わられました……」
あいつが女遊びをしているのは、こちらでもよく聞いている話なのだが……王太子はそれをどう思っているのだろうか……
フラム陛下は7年も前に王妃を亡くしている。後継であるフェイゴ王太子は結局1人息子だった。そのためそのまま自動的に王太子へとなった。
その後フラム陛下は新たに王妃を娶らなかったものの、側室という名の愛妾を側に置くようになった。
あの外見である。愛妾という立場でも女に苦労する事はなく、様々な女が出入りをしているはずだ。
まさか、フィーに直接粉をかけるとは流石に僕も想定はしていなかった。
……だから、あいつの事が昔から苦手なのだ。
フェイゴ王太子と話を続けていると、噂のフラム陛下が颯爽とやってきた。
「……父上。急に来られてどうされたのですか?」
「くくく。そんなに怒るな。あぁ、ジルヴェール。昨日は悪かったな。くくく」
昨日の事を思い出したのだろう。悪い顔をして笑っている。
「父上。それでは悪かったと思っていないようですよ」
「フェイゴ様。大丈夫ですよ。フラム陛下、昨日はご臨席いただいてありがとうございました」
「……くくく。お前は相変わらずだな」
「お褒めいただきありがとうございます」
「そんなに硬くならずともいいのだが……まぁ、お前はそうだろうな」
僕たちの会話に、フェイゴ王太子は少し不思議そうな顔をする。
「父上は、ジルヴェール様にお会いした事があるのですか?」
「まぁな。何度かあっちの国に行っている時に少しな」
……何が少しだ……
僕は心の中で悪態をついた。
イグニス国とウェントゥス国は相互貿易で成り立っている。その為昔から王族同士の関係が濃く、公式非公式問わずしょっちゅう互いを行き来している。
特に国境の間に山脈がなく、馬で早駆けすれば2日で王都へ行ける地理的要因も、大きく関わっている。
僕の父は腰が重いし自分が良ければいい人間だったので、フラム陛下が即位してからフラム陛下自らがたびたびウェントゥス国に訪れていた。ひどい時は単身で馬を駆って来たりしていた。
一国の国王の割には、フラム陛下は非常に自由で、機動力があり行動力があった。
雷の属性も持っているフラム陛下に、同じ雷属性の兄は度々魔法の訓練をつけてもらっていた。
そのフラム陛下は、なぜか来るたびに僕のことを見つけるのだ。
物心ついた時から周囲の関心は兄1人に向けられており、早々にスペアとしての己を理解した僕は、周囲に見つけられないように存在を消しては色々と動き回っていた。
特にフィーと出会ってからは、色々なものに溶け込んだり時には王子でない格好をしたりもした。
一度も、誰1人として僕の正体を見破った事はなかった。ただ、そうした僕を、あいつは必ず見つけるのだ。
最初はシラを切っていた僕もだんだん馬鹿らしくなっていき、少しづつ素を出すようになっていった。だが、王妃を亡くした7年ほど前から非公式での訪問が無くなり、たまに公式訪問するだけとなっていった。
「そうだな。今日はこの辺りにしておこう」
そう言うと、相変わらず傍若美人なあいつは来た時と同じように颯爽と帰っていった。
「……すいませんジルヴェール様。父は昔からちょっと自分勝手な所がありまして」
「いいえ。お気にせずに。あのような行動力は是非見習いたいものです」
僕はにっこり笑いながらそう言うと、そのままフェイゴ王太子と話を続けた。
夕食会ギリギリまで話をしていた僕は、部屋に戻るとそのままフィーと連れ立って夕食会へと行く。
今日の夕食会ではあいつは出席せずに穏やかなものとなった。明日の歓迎会は絶対に油断できないけど……
フィーとは昨日からほとんど話しもできていない。フィーに触れたのがもう随分遠い昔のことのように感じる。
フィーに触れたい。フィーに口付けしたい。フィーのナカに入りたい……
僕はもうフィーを求めすぎて頭が狂いそうだった。
浴室で自己処理を終えた後就寝の支度を終え部屋に向かうと、ベッドにぼんやりと座るフィーの姿が目に入った。
流石に疲れが出て来ているのかもしれない……フィーが心配になった僕は、フィーに声をかけた。
「フィー? 大丈夫? 疲れた?」
「っあ! ジル!!」
すると、満面の笑みを浮かべたフィーが僕に抱きついてきた。
……
「ーーーっ!! フィーっ!!!」
僕はとっさに抱きついてきたフィーを引き離し、直ちに距離を空けた。
……本当に危なかった。一瞬理性が飛んでフリーズしたのが自分でも分かった。
……本当の本当に危なかった。あのままだと完全に押し倒していた……
「……ジル? なんで?」
ショックを受けたのか、フィーが涙目になって見上げてくる。
……やばい、その顔はまずいよフィー……
「……ごめん。フィーは、その、ダメでしょ? 本当にごめん。僕は……」
……僕はもう、フィーとしたくてしたくてしたくて堪らない……
「……分かった……おやすみなさいっ!」
そう言うと、フィーは布団を頭から被って寝てしまった。
ーーー残された僕はため息を付くと、そっとその隣に潜り込む。
僕をこれだけ振り回すのはフィーしかいない……
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