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31.王都デート〔2〕 sideフィーリアス&ジルヴェール

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《side フィーリアス》


ちょっと凹んでしまったけど、単純な私は街に出て沢山あるお店を覗くうちに、すっかり気分も元通りになった。

「あっ! あそこのお店何売ってるんだろう~!」
「……いいよ、覗いてみる?」
「うんっ!」

2人で手を繋ぎながら歩く街並みは、サイコーに楽しい。
美味しそうな屋台を見つけ、ついつい買いたくなって止まって見てしまった。

「おぉ! らっしゃい! 今ちょうど焼き立てだよ!! どうだい?」
「えっと……」

実は私お金は全てジル任せなのだ。チロっと本日の大蔵大臣の顔色を伺う。

「フィーが食べたいならいいよ」

やったー! ありがとう! 許可が出ました!!

「2つください」
「毎度あり! んん? お嬢ちゃんめっちゃ別嬪さんだね~。隣にいるのはお供か何かかい?」
「いいえ。……その、旦那様なんです」

わーーー! 言っちゃいました!! 旦那様なんて!!!

「……っそ、そーなんか! じゃあ別嬪さんには特別おまけでもう一個だ!」
「うわ~ありがとうございます~!」

やったやった! おまけが付いた!!

「そっちの旦那さん、こんな別嬪さん嫁さんにもらえてよかったな! 大事にするんだぞ! ……あ、そうそう綺麗な嫁さんみたいな、青い髪の女の子が襲われる事件が最近続いてるから気をつけなよ」
「……どうも」

おまけをもらってホクホクしながらその場から離れるけど、最後の不穏な事件がちょっと気になった。
何だそりゃ。城に届け出あったかな?
あれ? そういえば、別嬪さんって言うけど、ジルだって別嬪さんじゃない? 男だけど。その帽子を外したら辺りは騒然とするに違いありませんよね。

「ねぇねぇ。ジルは何で別嬪さんって言われないの?」
「……フィー。相手の目を見て話したら、相手から顔が見えるに決まってるよね?」

っは!!! そうだった!! ついつい相手の目を見て話しましょうっていう習慣から抜け出せていなかった! つまり、私の帽子は全く意味がなかったということになる……

「ご、ごめんね……」

これじゃあお忍びでも何でもない。自分のポンコツ具合が本当嫌になる……

「いいよ。フィー。そんなに気にしないで。ほら、せっかくだから楽しもう」

そう言いながらさっき屋台で買った揚げ菓子を食べさせてくれる。

……うぅ。ジル様が有能すぎて、私は完全に子守りされる子どもです~……

有能なジル様は何故か王都の街並みを完全に把握しているのか、私を色々なお店に連れ回してくれた。見るだけでも楽しいっ! まさにウィンドウショッピングってやつだ!
そもそも令嬢はお店に直接買いに行くことがほとんどないので、めちゃくちゃ新鮮だ。

高そうな宝石店に入ろうとした時は流石に固辞した。
もう宝石たくさん付けてるから新しいのはいいし。そう言ったら何故かジルが不思議そうな顔をした。

ほらほら、庶民感覚あるでしょ!そもそも、国民の税金で成り立って暮らしている訳で、その税金も皆が一所懸命働いてくれて納めてくれているわけでしょ。その税金を無駄にするのってめちゃくちゃ気が引けるでしょ普通。そんな大切なお金を、ホイホイたまに付ける宝石で埋め尽くして何になるのやら……
もうめっちゃすごいのたくさん貰ってるから十分です!

でも、せっかく初めての王都デートだし、何か記念になるものは欲しいかも、と思ってお店を覗く。
あっ! これすごい素敵だぁ。
目についたのは、すごい細かい所まで細工された銀でできた栞だった。

「これ欲しいの?」
「……うん。本読むの好きだし、これめちゃくちゃ可愛いっ……」
「いいよ。今日の記念にプレゼント」
「いいの!? 結構高いけど……ただの栞なのに」
「ふふ。宝石に比べたら……全然いいよ」
「ありがとうっ!」

わーいわーい。嬉しいなぁ。買ってもらった栞はそのままジルが持ってくれた。小さいものだけど、本当できる男です私の旦那様は!

「ちょっと遠いけど、『風の丘』に行こうか?」
「うん!」

ジルが提案してくれたので、頑張って歩いて『風の丘』に行くことにした。
『風の丘』は王都の東側に位置する小高い丘で、ちょっと登るんだけど王都の街並みが一層できるらしい。
恋人たちのスポットでもあるらしく、気分は上々だ!
近道ということで、ちょっと大通りから外れて小道に入る。

……ジル様。なぜこんなに道をご存知なんでしょうか。王子様ですよね?

人通が少なくなった道に、ちょっとホッとしながら進んでいるとーーー


「キャァーーー!!!!」


……っえ!!??

突然聞こえた悲鳴に、思わず走って向かう。

「……っフィー!」

焦って追いかけるジルと共に道の先に向かうと、刃物を持った男の人に乗り掛かられている女の人がいたっ!

「ちょっとっ!?」

思わず魔法を使った方がいいのかと思ったら、乗りかかった男の人はすぐに走り去ってしまった。

「…っ大丈夫!??」

倒れたままの残され女の人の様子を観察する。
押し倒されたのか腕を擦りむいているようだ。彼女はパニックになっているのか、泣きじゃくっている。
気がついてないならいいかと思って、こっそりと腕の擦り傷を魔法で治す。

「……っフィー!」
「大丈夫ですよ。もうさっきの男はいなくなりましたよ」

私を咎めるジルを無視して、泣いている女の人の背中をさする。見ると、二つにした三つ編みの片方が途中で切れていた。

「……っこれっ!」
「……ひぃっく……へ、変な男に……ぅうっ、い、いきなり……」
「怖かったですね……もう大丈夫ですよ」

女の髪の毛を切るなんてなんて変態野郎だ!! 怒りで腹が立ってくる!

「ジル、あいつは?」
「すぐに逃げたようだ。……君、立てる? 衛兵を呼びに行こうか?」
「……ぃやっ! ひとりにしないでっ……」

泣いてる彼女を1人にするわけにも行かない。

「衛兵、呼んで来ようか?」
「ダメだ。フィーを1人にできない」
「……じゃあ、ジルが呼びに行く?」
「それもダメ」

うーーーん。どうすればいいのだ!?

「……うぅ……家が、すぐそこに……お兄ちゃんが……」
「……じゃあ家まで送ろうか……立てる?」
「うぅ……無理ですぅ……」

まだ泣いている彼女をそのままにしておけず、私たちは途方にくれた。

……ジルに抱えてもらおうか……すごい嫌だけど……

っえ!? 嫌なの!? うわ~。そんな風に思う私って、なんなんだろう……
こんな泣いて困っている女の子に対して嫌だとか、意味わかんない痛すぎるよ私……

「……ジル? 彼女を抱えて家まで送れるかな?」
「……フィーなら言うと思った。しょうがないよね。それしかないし。早くしよう」

そう言うなりジルは、まだ泣いている女の子をお姫様抱っこした。

……
モヤモヤする。
……嫌だ。こんな自分嫌だ……

「あ、ありがとうございます……っ!」
「で。君の家はどこ? 早く教えて」
「……っあ! はい!」

あれだけ泣いていたのが嘘のように泣き止んで、抱っこされながらジルを見る目つきに熱が孕むのを感じる。

……あー嫌だ嫌だ!! それも自分の穿った目が見せる幻かもしれないのにー!!

心を無にして、女の人の案内する家へと向かったーーー


コンコンコン

「ごめんください~」

なぜか女に人がジルから降りないので、私が変わりに家をノックする。
こうなったらヤケです。ええ、やってやりますとも! 私は嫁ですから! 強気にいきますよ!!

「……はいどなたです……っメル!?」
「……お兄ちゃん~~!!」

ふぅ。やっとジルから降りたな! ぷんぷん。お礼も言わないってどーゆーこと!!
妹らしい女の人は兄に状況を説明しているようだ。

「…っあ! 妹が本当にお世話になって……」

兄の方が私の両手をぎゅっと握り締めながらお礼を言ってくる。

……妹思いのお兄ちゃんなのね……

「いいえ。怖い思いをしたようですから、しっかり支えてあげてくださいね。衛兵を呼んでおきますので、この家に来てもらうようにしましょう」

その妹への思いに免じて、妹自身のことは水に流してあげましょう!

「……いつまでフィーの手を握っている。僕の妻に気安く触れるな」

見ると、能面のような顔をしたジルがすぐそこに立っていた。

ひぃーーこれめちゃ怒っているやつだ!!

「す、す、すいませんっ! 奥様だったんですね!」
「えっ! てっきり良い所のお嬢様のお供だと思ったのに……」

兄はペコペコし、妹は不貞腐れ、途端に態度を変えた兄妹の元に長居するわけもなくすぐに立ち去った。

……つ、つ、つ、疲れたーーー

「フィー。キスしていい?」
「っぇえっ!? 今ここで!? だめだめだめだめっ! 人がいるこんな道中は絶対だめ!!」
「……抱きしめてもいい?」

……そんなん言われたら! 私もさっきまで超絶モヤってたから!!

「……っぅう~。……いいよ……」

人がいることは暫く忘れて、往来の真ん中で抱きしめ合った。


ーーー終わった後が超絶恥ずかしい~!!


「……どうする? もう帰ろうか?」
「っえ!? 『風の丘』行かないの!? せっかく楽しみにしてたのに……」

ジルにそんな事を言われて、しょんぼりする。せっかく楽しい気持ちで終わりたいと思ったのに……

「さっきの変な兄妹の妹の方、フィーと少し似た青い髪色だったでしょ。さっきも屋台の主人に言われた暴行事件とリンクしてすごく気になる。あの変な男は取り逃してしまったから、このままだとフィーが危険に晒されるかもしれない」

いやいや。私もちょっとそこは気になりましたとも。ちゃぁんと切られた髪色ぐらい見ていますよ!
ポンコツじゃないもんね!
でもほら。私たちって今やこの世界においてほぼ世界最強夫婦でしょ!? おまけにお隣の旦那様は魔法抜きでも超絶強いし!

「うーん。でもジルがいるから大丈夫でしょ?」

しかも、まさかこれから向かう場所にいるなんて偶然あるわけないし!と、呑気で強気の私は、ジルの腕に縋りながらゴリ押しした。

「……っフィー。はぁ。分かったよ。でも絶対離れたらダメだからね」
「うん! もちろん!!」



《side  ジルヴェール》


せっかくの王都へのお忍びなのにフィーが楽しまないと意味がないと思った僕は、フィーが好みそうな屋台が続く通りへと連れて行く。
フィーにとって目新しいものがたくさんあるらしく、すぐに楽しそうに周りをキョロキョロしながら歩く。
その姿が可愛くてたまらない。

フィーが気になるお店を見つけたようで、止まってジッと見ている。分かりやすくこちらを伺うので、買ってあげることにした。
こんな屋台に出ているものを食べたがる貴族令嬢なんてフィーぐらいだけど、こうした擦れていないところもフィーの可愛いところだ。
でもすぐに屋台の主人にフィーの顔を見られた。素直なところは本当にフィーの美徳なんだけど、危うすぎてハラハラする。
案の定周りにいる人間たちもフィーに注目してきた。

……くそ。僕のフィーをジロジロ見るな。
別嬪と言われるより、おまけしてくれたことに喜ぶ現金なフィーも可愛いけど、店の主人から物騒な事を聞いて益々フィーから離れないようにしないと、と思った。
僕が顔バレしてしない疑問に答えたら、フィーがショックを受けていた。
相手の目を見て素直に話すフィーは変わって欲しくないし、そこがフィーのいい所なのに、真面目なフィーは自分を責めているようだった。

「いいよ。フィー。そんなに気にしないで。ほら、せっかくだから楽しもう」

……もっとフィーを楽しませないと。

それから僕はフィーをいろいろな店に案内した。
そもそも僕は小さい時からたびたび変装して王都へ繰り出していたので、この辺の地理はとっくに頭に入っている。
優秀だと思われていなかったスペアの第二王子なんて誰も見向きもしないから、度々城を抜け出してもバレる事などなかった。

王都の宝石店へ入ろうとしたら、フィーが固辞した。
フィーは貴族令嬢にも関わらず、本当に欲がない。宝石も僕が今まで贈ったもので充分だそうだ。
国を支えているのは国民だ、とか言っているけど、その国民のために魔法を使って助けているフィー自身はどうなるのだろう。

結局記念として買ったのは栞だった。フィーが気に入ったみたいでよかったけど、あのぐらいの値段ならフィーのために店ごと買ってもいいのに。
欲のないフィーを僕がもっともっと甘やかさないといけないな、と思った。

どうもフィーが目立ってきたみたいで辺りに人が増えてきだした。
……っち! 僕は内心舌打ちをした。あからさまにジロジロとフィーの身体を見るやつもいる。
人が少ない道を通って、あまり人がいない『風の丘』に行くことにした。
やっと人が少なくなってホッとしていると、道の先から女性の悲鳴が聞こえた。

そのまま走りだしたフィーに焦る。走ったらダメだとあれだけ言ったのに!
見ると、男が刃物を持って馬乗りになっている。だが、僕らの姿を見かける前にスッと逃げ出す。
フィーを置いて追うわけにもいかず、そのまま取り逃してしまった。

ーーー特徴はなんとなく覚えたから、後でラクスを通じて王都の衛兵に通達だな。

そんなことを考えていたら、フィーが治癒魔法を使っていた。

「……っフィー!」

焦る僕を無視してそのまま襲われた女性を宥める。

……全く。本人がわかっていないからといって、随分無茶をする。

ところが、その面倒くさい女は一向に泣き止まないどころか、1人になりたくないと言う。
フィーから離れるわけにはいかず、僕はしょうがないからその女を抱え家まで送り届ける羽目になった。

……なんで僕がこんな訳のわからない女を抱えないといけないのか……

隣にフィーがいるにも関わらず、僕はさっきからフィーと手を繋ぐ事しか今日はしていない。

「で。君の家はどこ? 早く教えて」
「……っあ! はい!」

顔を見られたのだろう。途端に女の態度が変わる。
……この手を離してみようか……
イライラしてきた僕は、ついついそんな事を考えてしまう。
……この苦行が終わったら、フィーを抱きしめよう。
フィーの柔らかなその肢体の感触を思い出しながら、僕はなんとか苦行に耐えた。

家についても女は厚かましくも降りようとせずに、フィーが代わりに家をノックする。ここで手を離してやろうかと本気で思った。
兄が出てきたら流石に安心したのか、兄の方へ駆け寄った。はぁ。やっと終わった。
そう思ったのも束の間、今度は兄の方がフィーの手を握りしめていた。

……僕ですら今日は片手しか握っていないのに……

そいつは、挨拶をした時にフィーの顔を見たに違いない。目に欲が孕むのを見逃さなかった。

「……いつまでフィーの手を握っている。僕の妻に気安く触れるな」

危うく、本気で魔法を行使しそうになった。
……フィーにはあれだけ人に向けてはいけないと言ったのに、僕の自制心はフィーが絡むと途端にどうかなってしまう。

特にフィーが僕のものになってからは、その傾向が著しいと自分でも自覚をしてはいる。
あの兄妹がどういった人間なのか後で調べるため、家と特徴を頭に入れてさっさと別れた。

やっと厄介ごとが終わったーーー


「フィー。キスしていい?」

無性にフィーに口付けたい。その唇を貪り尽くしたい。というかもう押し倒したい。
でも、案の定フィーに全力で断られた。
じゃあせめて。

「……抱きしめてもいい?」

フィーとくっつかないと頭がおかしくなりそうで限界だ。

「……っぅう~。……いいよ……」

真っ赤な顔してそう言うフィーが可愛すぎて、許可を得た僕はすぐに抱きしめた。
フィーも僕を抱きしめてくれて、僕は心がホッとする。

ーーーはぁ。フィーにキスしたい……


さっきの頭のおかしい女がフィーと似た髪色なのがとても気になり、今日はこのまま帰った方がいい気がしてきた。
フィーに提案すると、すごく残念そうな顔をした。もちろん、僕だってフィーと楽しみたかったしフィーにそんな顔をさせるなんて!と一瞬グラっときた気持ちをなんとか立て直して、フィーを説得する。

「うーん。でもジルがいるから大丈夫でしょ?」

だけど。
僕の腕に縋りつきながら上目遣いにそんな事を言われたら、僕はもう断ることなどできなかった。


……とても嫌な予感がするにも関わらずーーー
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