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extra モンド ー兄の矜持ー
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僕には可愛い妹がいる。
でも、彼女を守ることができなかった。
だから、次は絶対に守ると決めていたんだ。
大事な妹……
♢♢♢
僕はモンド・ツェントリア。ツェントリア公爵家の当主にこの間なった。
僕には妹が3人いる。特に1番下の妹フィーリアスは、歳が僕たち3人とは随分離れていたため、皆彼女をとても可愛がっていた。フィーリアスは幼い頃からとても綺麗な顔をしていて、兄妹皆彼女を溺愛していた。
と言うのも、親が全然フィーリアスを構っていないのも大きな要因であった。遅くにできたフィーリアスは、両親の中では予定外の出産だったのか、産まれても彼女に関心を示すことはなかった。9歳年上の僕がほとんどフィーリアスを育てたといっても過言ではないくらいだ。
とにかく、フィーリアスは乳母と僕たち兄妹の手によって、伸び伸びと育てられていた。
しかし、それも彼女が7歳になるまでの話だった。
フィーリアスが第一王子トリスティン様の婚約者に選ばれたからだ。
それまでフィーリアスを顧みてもいなかった両親は、婚約者に決まった途端彼女の教育について口を挟むようになった。トリスティン様とは少し歳が離れていたため焦った両親は、それまでの無関心が嘘のようにフィーリアスを毎日厳しく躾けていった。
厳しい王妃教育の中、僕たち兄妹はフィーリアスと触れ合うことがほとんど出来なくなっていった。
一度だけ、まだ幼いフィーリアスに聞いたことがあった。何故、頑張るのかと。
「むかし、お兄さまに教えていただきました! 我々きぞくは国王にちゅうせいをちかい、この国を支えていくものだと! お兄さまと同じように私もこの国を、そしてトリスティンさまを支えていきたいのです。……トリスティンさまはとてもすてきな方ですし」
そう言ってにっこり笑うフィーリアスを見て、僕も彼女に負けないように励んでいかないと、と思った。
しかし時が経つにつれ、フィーリアスの素直で真っ直ぐな気性は、その表には現れなくなっていく。
僕も公爵家の跡取りとしての勉強などに時間が取られるようになり、フィーリアスとも顔を合わせることがほとんどなくなっていった。
たまにある舞踏会でも、僕はフィーリアスと会う機会がほとんどなかった。何故なら、トリスティン様の婚約者であるフィーリアスに遠慮して皆あまり声をかけない中、トリスティン様からフィーリアスの批判を聞いて自分にもチャンスがあると思っている人間や、フィーリアスの美しさから彼女に無理強いをしようとする輩がフィーリアスにまとわりつく事が度々あり、舞踏会に辟易したフィーリアスは出席してトリスティン様と踊り挨拶を終えると、すぐに帰ることが常になっていったからだ。
その後僕も結婚したし、下の妹2人も嫁いでいき、兄妹たちは会う機会も滅多になくなりバラバラになっていった。フィーリアスの様子は気になっていたものの、いつしかその関係性は希薄になっていった。
彼女はその美貌に貼り付けた笑みが崩れないことから、『氷の薔薇』と呼ばれるようになっていた。
トリスティン様との不仲説は時と共にどんどん膨れていき、リーリウム様が帰国してからはフィーリアスの婚約破棄も随分と噂されるようになっていった。フィーリアスの様子が気になってはいたものの、忙しさにかまけていた僕は、わざわざフィーリアスに会おうとは思わなかった。
そして、婚約破棄とは知らず呼ばれた舞踏会で、僕は本当に久々に妹を見ることになったのだ。
雷に打たれ、茫然自失となっている妹を見て、僕は己の怠慢を思い知った。忙しさにかまけてフィーリアスに会いに行っていたら、少しは違っていたのではないか。
こんな仕打ちを受けなくてもよかったのではないか。
おまけに、王妃になれないなら用済みとばかりに、父はフィーリアスを公爵家から絶縁したという。
僕が絶対に、この妹を守ってやるんだ……
幼い頃に目を輝かせながら、僕にとても懐いてくれていたフィーリアスの幻を見た。
衛兵に連れて行かれたフィーリアスの行方は、不思議な事に全くわからなかった。
だからフィーリアスの行方を探しながらも、僕はいつでもフィーリアスが戻って来れるように、僕にできる事をせねばと思った。
以前から父を信頼していなかった僕は、長年調査していた父の王都での着服の証拠を掴むと、それを黙認する代わりに当主交代を迫った。
あっさり承諾した父に代わって当主になった僕は、いつでも戻ってこれるようにフィーリアスとの絶縁を解いた。
僕が公爵家からの絶縁を解く前から、豪商や下級貴族からフィーリアスとの縁組の申し込みがあったが、絶縁を解いて公爵家に戻した途端、上流貴族からも縁組の申し込みが殺到した。
フィーリアスの美しさは誰もが知っていたから、トリスティン様との婚約が破棄されたのなら、と誰しもが思ったのだろう。
いい加減断りの手紙を書くのに疲れ果てていた頃、第二王子のジルヴェール様から手紙が来たのだった。
まさか婚約破棄された妹がジルヴェール様の元にいて、いずれ結婚する予定だとは……
とにかく、ジルヴェール様がなんと言おうと、僕はフィーリアスに直接会って話をしたい、と返事にしたためた。王族相手でも、僕はもう絶対に譲らない。
それが、その頃からトリスティン様の様子が変だ、と噂になり、次の婚約者になるはずだったリーリウム様は再びイグニス国へと戻ってしまったと言うではないか!
一体何がどうなっているのやら……
とにかく、僕はジルヴェール様からの返事でいずれフィーリアスを連れて屋敷に来る、と言う言葉を信じてヤキモキしながら日々を過ごしていた。
すると、第一王子のトリスティン様が王位継承権を放棄され、第二王子のジルヴェール様が王太子になられるという。そして、なんと、妹のフィーリアスはそのジルヴェール様と結婚するという事だった。
王城からの知らせを聞いた僕は、その日熱を出して寝込んでしまった……
……僕の妹は一体どうなっているのだろう……
翌日、ジルヴェール様と連れ立って、フィーリアスが公爵家に戻ってきた。
フィーリアスはまるで昔に戻ったかのように、キラキラと瞳を輝かせると、僕に挨拶をしてくれた。
そばにいるジルヴェール様を愛しむ目を見て、僕は妹が幸せな結婚をすることができるのだと初めて安堵することができた。
初めてお会いするジルヴェール様は、大変な美男子で僕は驚いた。妹を愛おしそうに見つめる目を見て、僕は安心しながらも、この予想外の展開に自分を納得させることしかできなかった。色々詳細を尋ねてみたかったが、なんとなく聞いてはいけないような気がした僕は、詳しいことは聞かずただ妹を祝福した。
フィーリアスが次期王妃になることが決まった事を聞いて馬鹿みたいに喜ぶ両親を見て、僕はこの人たちと一緒に暮らしていけないな、と思った。
そのまますぐに両親へ、田舎の領地への転居を無理矢理勧め、実行した。
公爵家に引き篭もっていたフィーリアスを嗅ぎつけ、彼女を一目見ようとした人たちによって、公爵家への誘いがぐんと増えた。また、ジルヴェール様との婚約と結婚が発表されたにも関わらず、婚約期間ならまだ機会があると思ったのか、フィーリアスとの縁組を望む貴族もいた。使用人から何かの噂を聞いたのか、使用人に扮して彼女に接触を図ろうとした者までいた。
全てジルヴェール様に報告して、対処なさってくれた。
本人も出たがらないのでずっと公爵家でのんびりと過ごさせたが、ジルヴェール様からも決して他の人間に接触させないように厳命されていた。
ジルヴェール様は、フィーリアスが公爵家に戻ることを強く反対していた。時々フィーリアスを訪ねてこられる時も、毎回フィーリアスに王城住まいを提案していたようだ。僕は実はお会いする度にプレッシャーをかけられたが、結婚前の淑女が一緒に暮らすなんてフィーリアスが何を言われるかっ! 今度こそ妹を守ると決めた僕は、断固としてそれだけは譲らなかった。
……最後の方はプレッシャーで胃がキリキリ痛む日々だったことは、フィーリアスには内緒だ……
何だか、ジルヴェール様のフィーリアスへの愛が少し怖く感じる時がある僕は、妹の将来が少しだけ心配になった……
無事フィーリアスの結婚式が終わった後、トリスティン様にどうしても聞きたい事があった僕は、手紙をしたためて不躾ながらもお会いできないかお伺いしてみた。
公爵家の嫡男だったけど、フィーリアスの事があって僕は今までトリスティン様とはあまり顔を合わせた事がなかった。そのため、いい返事は期待していなかったものの、なんと会ってくれるという返事が来たのだった。
僕は緊張しながらも、王城へとトリスティン様をお尋ねした。通された部屋は、なんとトリスティン様しかおられず、2人きりになった僕は緊張のあまり最初の挨拶で声が震えてしまっていた。
「そんなに固くならず……楽にして欲しい。ツェントリア公爵、本来なら私の方からご連絡するべきだったのにこのような形になってしまってすまない。そして、フィーリアスの件では本当に申し訳ない事をしたと思っている」
「いえっ! そのような勿体ないお言葉……ありがとうございます。私のことはどうぞモンドとお呼びください。妹はもう幸せになりましたので、そのような事をおっしゃられなくても良いのです。……ただ。許されるのなら、どうして妹をあのような形で婚約破棄したのかだけ、教えていただきたいのです……」
僕は、ただ理由が知りたかった。どうして僕の妹は婚約破棄をされたのか。
「……俺は……結局フィーリアスの事も見下していたのかもしれない。歳が下だから、自分より幼いから、そう思って自分の都合のいい方にしか見なかった。でも、いつも努力するフィーリアスが鬱陶しく思うこともあった。それは自分より優れている事を認めたくなかったんだ。結局、ジルの事も同じだ。俺は、出来ない自分、劣っている自分を認めるのが怖かった。そのくせ、自分が劣っていると思わされるのは、フィーリアスが優れているせいだ、と思い込んでいた。どうせ俺なんかいなくてもできるのならやってみろ、そういった自分勝手な想いが結局婚約破棄になったんだと思う。それなのに、フィーリアスを自分の物のように思っていた俺は、都合よく彼女を自分の欲望の発散対象として使おうとしたんだ……そんな自分自身に気がついた時、俺はもう何もかも自信がなくなった……」
「……そうだったのですか……それで、ジルヴェール様に王位継承権を譲られたのですね……」
ジルヴェール様がトリスティン様より優秀であることは、この半年で嫌と言うほど見せつけされた。僕だって、ジルヴェール様より歳が上なのに、と情けなく思う事もある。
「あぁ。俺なんかが王位につくより、ジルが即位した方がいい国となるのは間違いない。俺なんかよりもよっぽど優秀なのだから」
「……ですが、トリスティン様。1番大事な事をお忘れです。トリスティン様はトリスティン様。ジルヴェール様はジルヴェール様。お互い良いところは全く違うのです。トリスティン様にも良いところがあるではないですか。まずはご自身でそれを認めてあげなくてはいけません。妹や弟というのは、兄のことが好きなんですよ。ジルヴェール様も、トリスティン様の事を想っておいでです。その想いを踏み躙ってはいけません。それこそ、兄としてその想いに応えられるようにしないといけないのです。それが、兄としてできることだと思います。優秀な弟を祝福してあげればいいいのです。そして、その弟を助けてあげられるように支えていくのが兄弟ではないでしょうか……」
ハッキリ言って、僕よりフィーリアスの方が優秀だと思う。だけど、僕はそれを妬んだり羨んだりした事がない。フィーリアスはいつも僕の事を好きでいてくれる。好意を向けてくれる相手の想いを受け取る事、それこそが兄として、何より1番大切だと思う。
妹の想いを守るのは、兄の矜持だからーーー
でも、彼女を守ることができなかった。
だから、次は絶対に守ると決めていたんだ。
大事な妹……
♢♢♢
僕はモンド・ツェントリア。ツェントリア公爵家の当主にこの間なった。
僕には妹が3人いる。特に1番下の妹フィーリアスは、歳が僕たち3人とは随分離れていたため、皆彼女をとても可愛がっていた。フィーリアスは幼い頃からとても綺麗な顔をしていて、兄妹皆彼女を溺愛していた。
と言うのも、親が全然フィーリアスを構っていないのも大きな要因であった。遅くにできたフィーリアスは、両親の中では予定外の出産だったのか、産まれても彼女に関心を示すことはなかった。9歳年上の僕がほとんどフィーリアスを育てたといっても過言ではないくらいだ。
とにかく、フィーリアスは乳母と僕たち兄妹の手によって、伸び伸びと育てられていた。
しかし、それも彼女が7歳になるまでの話だった。
フィーリアスが第一王子トリスティン様の婚約者に選ばれたからだ。
それまでフィーリアスを顧みてもいなかった両親は、婚約者に決まった途端彼女の教育について口を挟むようになった。トリスティン様とは少し歳が離れていたため焦った両親は、それまでの無関心が嘘のようにフィーリアスを毎日厳しく躾けていった。
厳しい王妃教育の中、僕たち兄妹はフィーリアスと触れ合うことがほとんど出来なくなっていった。
一度だけ、まだ幼いフィーリアスに聞いたことがあった。何故、頑張るのかと。
「むかし、お兄さまに教えていただきました! 我々きぞくは国王にちゅうせいをちかい、この国を支えていくものだと! お兄さまと同じように私もこの国を、そしてトリスティンさまを支えていきたいのです。……トリスティンさまはとてもすてきな方ですし」
そう言ってにっこり笑うフィーリアスを見て、僕も彼女に負けないように励んでいかないと、と思った。
しかし時が経つにつれ、フィーリアスの素直で真っ直ぐな気性は、その表には現れなくなっていく。
僕も公爵家の跡取りとしての勉強などに時間が取られるようになり、フィーリアスとも顔を合わせることがほとんどなくなっていった。
たまにある舞踏会でも、僕はフィーリアスと会う機会がほとんどなかった。何故なら、トリスティン様の婚約者であるフィーリアスに遠慮して皆あまり声をかけない中、トリスティン様からフィーリアスの批判を聞いて自分にもチャンスがあると思っている人間や、フィーリアスの美しさから彼女に無理強いをしようとする輩がフィーリアスにまとわりつく事が度々あり、舞踏会に辟易したフィーリアスは出席してトリスティン様と踊り挨拶を終えると、すぐに帰ることが常になっていったからだ。
その後僕も結婚したし、下の妹2人も嫁いでいき、兄妹たちは会う機会も滅多になくなりバラバラになっていった。フィーリアスの様子は気になっていたものの、いつしかその関係性は希薄になっていった。
彼女はその美貌に貼り付けた笑みが崩れないことから、『氷の薔薇』と呼ばれるようになっていた。
トリスティン様との不仲説は時と共にどんどん膨れていき、リーリウム様が帰国してからはフィーリアスの婚約破棄も随分と噂されるようになっていった。フィーリアスの様子が気になってはいたものの、忙しさにかまけていた僕は、わざわざフィーリアスに会おうとは思わなかった。
そして、婚約破棄とは知らず呼ばれた舞踏会で、僕は本当に久々に妹を見ることになったのだ。
雷に打たれ、茫然自失となっている妹を見て、僕は己の怠慢を思い知った。忙しさにかまけてフィーリアスに会いに行っていたら、少しは違っていたのではないか。
こんな仕打ちを受けなくてもよかったのではないか。
おまけに、王妃になれないなら用済みとばかりに、父はフィーリアスを公爵家から絶縁したという。
僕が絶対に、この妹を守ってやるんだ……
幼い頃に目を輝かせながら、僕にとても懐いてくれていたフィーリアスの幻を見た。
衛兵に連れて行かれたフィーリアスの行方は、不思議な事に全くわからなかった。
だからフィーリアスの行方を探しながらも、僕はいつでもフィーリアスが戻って来れるように、僕にできる事をせねばと思った。
以前から父を信頼していなかった僕は、長年調査していた父の王都での着服の証拠を掴むと、それを黙認する代わりに当主交代を迫った。
あっさり承諾した父に代わって当主になった僕は、いつでも戻ってこれるようにフィーリアスとの絶縁を解いた。
僕が公爵家からの絶縁を解く前から、豪商や下級貴族からフィーリアスとの縁組の申し込みがあったが、絶縁を解いて公爵家に戻した途端、上流貴族からも縁組の申し込みが殺到した。
フィーリアスの美しさは誰もが知っていたから、トリスティン様との婚約が破棄されたのなら、と誰しもが思ったのだろう。
いい加減断りの手紙を書くのに疲れ果てていた頃、第二王子のジルヴェール様から手紙が来たのだった。
まさか婚約破棄された妹がジルヴェール様の元にいて、いずれ結婚する予定だとは……
とにかく、ジルヴェール様がなんと言おうと、僕はフィーリアスに直接会って話をしたい、と返事にしたためた。王族相手でも、僕はもう絶対に譲らない。
それが、その頃からトリスティン様の様子が変だ、と噂になり、次の婚約者になるはずだったリーリウム様は再びイグニス国へと戻ってしまったと言うではないか!
一体何がどうなっているのやら……
とにかく、僕はジルヴェール様からの返事でいずれフィーリアスを連れて屋敷に来る、と言う言葉を信じてヤキモキしながら日々を過ごしていた。
すると、第一王子のトリスティン様が王位継承権を放棄され、第二王子のジルヴェール様が王太子になられるという。そして、なんと、妹のフィーリアスはそのジルヴェール様と結婚するという事だった。
王城からの知らせを聞いた僕は、その日熱を出して寝込んでしまった……
……僕の妹は一体どうなっているのだろう……
翌日、ジルヴェール様と連れ立って、フィーリアスが公爵家に戻ってきた。
フィーリアスはまるで昔に戻ったかのように、キラキラと瞳を輝かせると、僕に挨拶をしてくれた。
そばにいるジルヴェール様を愛しむ目を見て、僕は妹が幸せな結婚をすることができるのだと初めて安堵することができた。
初めてお会いするジルヴェール様は、大変な美男子で僕は驚いた。妹を愛おしそうに見つめる目を見て、僕は安心しながらも、この予想外の展開に自分を納得させることしかできなかった。色々詳細を尋ねてみたかったが、なんとなく聞いてはいけないような気がした僕は、詳しいことは聞かずただ妹を祝福した。
フィーリアスが次期王妃になることが決まった事を聞いて馬鹿みたいに喜ぶ両親を見て、僕はこの人たちと一緒に暮らしていけないな、と思った。
そのまますぐに両親へ、田舎の領地への転居を無理矢理勧め、実行した。
公爵家に引き篭もっていたフィーリアスを嗅ぎつけ、彼女を一目見ようとした人たちによって、公爵家への誘いがぐんと増えた。また、ジルヴェール様との婚約と結婚が発表されたにも関わらず、婚約期間ならまだ機会があると思ったのか、フィーリアスとの縁組を望む貴族もいた。使用人から何かの噂を聞いたのか、使用人に扮して彼女に接触を図ろうとした者までいた。
全てジルヴェール様に報告して、対処なさってくれた。
本人も出たがらないのでずっと公爵家でのんびりと過ごさせたが、ジルヴェール様からも決して他の人間に接触させないように厳命されていた。
ジルヴェール様は、フィーリアスが公爵家に戻ることを強く反対していた。時々フィーリアスを訪ねてこられる時も、毎回フィーリアスに王城住まいを提案していたようだ。僕は実はお会いする度にプレッシャーをかけられたが、結婚前の淑女が一緒に暮らすなんてフィーリアスが何を言われるかっ! 今度こそ妹を守ると決めた僕は、断固としてそれだけは譲らなかった。
……最後の方はプレッシャーで胃がキリキリ痛む日々だったことは、フィーリアスには内緒だ……
何だか、ジルヴェール様のフィーリアスへの愛が少し怖く感じる時がある僕は、妹の将来が少しだけ心配になった……
無事フィーリアスの結婚式が終わった後、トリスティン様にどうしても聞きたい事があった僕は、手紙をしたためて不躾ながらもお会いできないかお伺いしてみた。
公爵家の嫡男だったけど、フィーリアスの事があって僕は今までトリスティン様とはあまり顔を合わせた事がなかった。そのため、いい返事は期待していなかったものの、なんと会ってくれるという返事が来たのだった。
僕は緊張しながらも、王城へとトリスティン様をお尋ねした。通された部屋は、なんとトリスティン様しかおられず、2人きりになった僕は緊張のあまり最初の挨拶で声が震えてしまっていた。
「そんなに固くならず……楽にして欲しい。ツェントリア公爵、本来なら私の方からご連絡するべきだったのにこのような形になってしまってすまない。そして、フィーリアスの件では本当に申し訳ない事をしたと思っている」
「いえっ! そのような勿体ないお言葉……ありがとうございます。私のことはどうぞモンドとお呼びください。妹はもう幸せになりましたので、そのような事をおっしゃられなくても良いのです。……ただ。許されるのなら、どうして妹をあのような形で婚約破棄したのかだけ、教えていただきたいのです……」
僕は、ただ理由が知りたかった。どうして僕の妹は婚約破棄をされたのか。
「……俺は……結局フィーリアスの事も見下していたのかもしれない。歳が下だから、自分より幼いから、そう思って自分の都合のいい方にしか見なかった。でも、いつも努力するフィーリアスが鬱陶しく思うこともあった。それは自分より優れている事を認めたくなかったんだ。結局、ジルの事も同じだ。俺は、出来ない自分、劣っている自分を認めるのが怖かった。そのくせ、自分が劣っていると思わされるのは、フィーリアスが優れているせいだ、と思い込んでいた。どうせ俺なんかいなくてもできるのならやってみろ、そういった自分勝手な想いが結局婚約破棄になったんだと思う。それなのに、フィーリアスを自分の物のように思っていた俺は、都合よく彼女を自分の欲望の発散対象として使おうとしたんだ……そんな自分自身に気がついた時、俺はもう何もかも自信がなくなった……」
「……そうだったのですか……それで、ジルヴェール様に王位継承権を譲られたのですね……」
ジルヴェール様がトリスティン様より優秀であることは、この半年で嫌と言うほど見せつけされた。僕だって、ジルヴェール様より歳が上なのに、と情けなく思う事もある。
「あぁ。俺なんかが王位につくより、ジルが即位した方がいい国となるのは間違いない。俺なんかよりもよっぽど優秀なのだから」
「……ですが、トリスティン様。1番大事な事をお忘れです。トリスティン様はトリスティン様。ジルヴェール様はジルヴェール様。お互い良いところは全く違うのです。トリスティン様にも良いところがあるではないですか。まずはご自身でそれを認めてあげなくてはいけません。妹や弟というのは、兄のことが好きなんですよ。ジルヴェール様も、トリスティン様の事を想っておいでです。その想いを踏み躙ってはいけません。それこそ、兄としてその想いに応えられるようにしないといけないのです。それが、兄としてできることだと思います。優秀な弟を祝福してあげればいいいのです。そして、その弟を助けてあげられるように支えていくのが兄弟ではないでしょうか……」
ハッキリ言って、僕よりフィーリアスの方が優秀だと思う。だけど、僕はそれを妬んだり羨んだりした事がない。フィーリアスはいつも僕の事を好きでいてくれる。好意を向けてくれる相手の想いを受け取る事、それこそが兄として、何より1番大切だと思う。
妹の想いを守るのは、兄の矜持だからーーー
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