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extra ラクス ーLoyaltyー

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貴方の幸せが、私の幸せなのです。
貴方が楽しい時に笑える場所が、貴方が悲しい時に泣ける場所があれば。

それさえあれば私は良いです。


ーーーそれが私の願いだから。


貴方が私にこの世界で生きる意味を教えてくれたのだから。


♢♢♢


ウェントゥス国のとある侯爵家の庶子として産まれた私は、7歳の時に城へ出された。
ここから随分遠い異国の地から、舞姫として訪れた母に惚れた父は、無理矢理母を愛妾とした。
そうして産まれた私は、母譲りのこの辺りでは見ない漆黒の髪と瞳であった。
無理矢理愛妾にされた母は、心を病み、私が物心つく前には儚くなってしまった。

その後城に出されたのは、母が亡くなり侯爵家のお荷物となった私に、せめて王家の第二王子の従者として生きていけという父なりの優しさだったのかもしれない。

しかし、第二王子は王家では第一王子のスペアであり、ただ王家に使用される駒でしかなかった。


初めてジルヴェール様にお会いした時、私は驚いたものだ。
3歳上だったが、私より背もお小さくてほっそりしており、顔立ちも非常に整っていた為、失礼ながら女子ではないかと疑った程であった。
しかし、話してみてその印象はすぐに崩れた。

挨拶に連れてきた者達は私たちを引き合わせるとすぐにどこかへ行き、部屋には2人だけになった。
すると、ジルヴェール様の雰囲気がガラリと変わったのだ。

「ラクス。お前にとって僕は旨味のないハズレくじみたいな物だろうが、僕に仕えて欲しい。僕には絶対的な味方が必要だ」

先程のどこか気弱な表情とはうって変わって、痛いほど真摯的な真っ直ぐな眼差しで私を見つめた。
また、そこにはすでに王族としての貫禄のようなものがあり、幼いながらにも私はこの方に付いていこうと決心した。

侯爵家では、この珍しい生まれであることが一目でわかる髪と瞳によって、周囲から忌避されていた。
不気味なものを見るような目で見られることも暫しあった。
この欠点が、ジルヴェール様の評判を下げるようなことになるのが嫌だった。

「……ですが、私は見た通りこの辺りでは見ない黒髪黒目です。不気味だと言うものもいます。そのような私をお側においては、ジルヴェール様の不利になりませんか?」

ジルヴェール様はそのお可愛いお顔の目を少し見開いて、びっくりされたような顔をされた。

「ラクスは7歳なのに非常に頭が回るのだな。……そんな取るに足りないこと、僕には無意味だな。こんなに聡明で頼りになる侍従が来て、僕は本当についている。これからよろしく頼むぞ」

そう言うと、ニッコリ笑ってジルヴェール様は私の手を取った。
私は、この方に一生仕えていこうと心に誓った。


ジルヴェール様はその知識を惜しみなく与えてくださり、様々な事を私に教授してくださった。
彼の方自身はその才覚を表に出さず、家庭教師たち相手にのらりくらりと過ごし、その後隠れて自己研鑽されていた。
王家のスペアであったジルヴェール様は、目立つ事なくひっそりと過ごされたため、従者も私以外つけられる事なく私たちは割と自由な時間を過ごすことが多かった。

2人だけの時間になると、お互い鍛錬もした。
お身体の小さいジルヴェール様は、歳下相手の私でも苦戦されていたが、決して諦めることはしなかった。
このような小さい身体で努力されるジルヴェール様を見て、この方をお守りするのは私だと強く心に誓い、ジルヴェール様が教育を受けられている間、騎士団へお願いし鍛錬をつけてもらっていた。

……今ではジルヴェール様はあの時と違ってすっかり逞しくなられ、私とも対等に剣技を交えるほどになった。

ジルヴェール様の為に騎士団で鍛錬を始めた私は、元々の身体能力のおかげがあり素養があったのだろう、気がつけば騎士団の人間で私に勝てるのは数人になっていた。
他の人はできない動きをしているらしいから、舞姫として名高かった母の血のおかげかも知れない。
騎士団員へ誘われたものの、私はジルヴェール様の侍従であることは辞めたくなかった。

しかし、城の中で目立つようになった私は目をつけられ、トリスティン様の侍従へ変わるように指示された。
もちろん拒否をしたが、このまま拒否を続けるとジルヴェール様の不利になると思い、せめて他に侍従のいないジルヴェール様が困らないようにと、お二人の侍従として掛け持ちをすることをなんとか認めさせた。

しかし、それもトリスティン様が王位を継承するまでの間、と取り決めされた。

トリスティン様は、良くも悪くも平凡な方であった。
元々努力されることは苦手なのだろう。ただ、持ち前の器用さでなんとなく上手く捌いている印象が見受けられた。それでもジルヴェール様を知らなければ、可もなく不可もない良い国王となったであろう。

王家の駒としていいように扱われるジルヴェール様が、不憫でならなかった。
しかし、彼の方は決して諦めようとせず、密かに足掻いていたのを私は知ることになる。


ジルヴェール様には願いがあった。
それを打ち明けてくださったのは、出会ってから5年の月日が経っていた頃のことだ。
そもそも、打ち明けられる前から薄々は勘づいていた。
ジルヴェール様には、叶わぬ想いを抱く人がどこかにいるのだろうと。
私が決定的に確信したのは、ある日ジルヴェール様が汚れた手で抱えた花束を愛おしそうに見つめていたのを見た時だ。

トリスティン様の侍従としても行動する私は、彼の婚約者であるフィーリアス様をお近くで拝見することが何度もあった。
フィーリアス様は危ういほど真面目な方で、トリスティン様を支えようと常に努力されているようであった。その努力には痛ましさを覚えることも暫しあった。
しかし、トリスティン様にとってはその真面目さが、己の怠惰さを映し出すようで卑屈になるのだろう。婚約者であるのに、フィーリアス様は私から見ても大切に扱われていなかった。

あの日も、国策について学んだ事を一所懸命に話すフィーリアス様に煩わしさを感じたのだろう。トリスティン様は『さも知ったような口を聞く生意気な娘だ』と言うような事を彼女に投げかけ、そのまますぐ出て行かれた。
残された一部の侍従達と、この後ジルヴェール様のところへいく予定だった私は、残されたその場の空気感に居た堪れなくなった。

しかし、フィーリアス様は美しい顔を青ざめさせながらも、気丈にも残された私達に笑いかけられると、『やはり子どもの浅知恵では叱られてしまいますね。皆様もお気にせずに』と言って去られていった。
気になった私がそっと後を付けると、城の庭園でこっそりと涙を一粒だけ零されていた。
その前には、青い薔薇があった。
彼女は自分自身と同じ色を持つその花を、愛おしそうに見つめそっと花びらに触ると、その場から立ち去った。


私が騎士団に立ち寄ってジルヴェール様の所へ戻った時、彼の方が抱えていた花束は青い薔薇であった。

「どうされたのですか、その薔薇は? 自分で剪定されたのですか?」
「あぁ。渡そうと思ったのだが、兄上に見られてしまったからな。……まぁこれは部屋に飾っておく」

ジルヴェール様は、愛しいものを見るような目で花瓶に花を生けた後、そっと花びらに触れた。
それが、先ほどのフィーリアス様と重なって見えた。



あの日、ジルヴェール様は私と2人鍛錬している時にそっとお話になってくださった。

「僕には諦められないものがある。簡単なことではないのは分かっている。だが、僕の全てを捧げると決めている。ラクス。お前を頼りたい」
「はい。私でよければいつでも使ってください」

全てを諦めているジルヴェール様が唯一望まれたものであるならば、どのようなことをしてもその望みを叶えようと思った。
その時から、私はジルヴェール様の願いを叶えるべく、行動を開始した。


ーーー貴方が幸せになれるなら、私はなんでもいたします。
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