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第一章 楼桑からの使者
4-⑰
しおりを挟むふたりの視線は真正面からぶつかり合い、目に見えぬ火花さえはじけているように感じられた。
「いまさらそれを持ち出すと言うのか、ペランよ」
ガリフォンが、火の出るような眼差しをペランへ向ける。
「だとしたらどうするガリフォン・・・」
対してペランは静かな口調で返した。
「あのとき、・・・ではあの時なぜ逃げたのだ。あのままゆけば、いま儂のおる場所にはお前が立っていたはずではないか。いやそれ以上の場所が用意されておったではないか。お前はそれを捨てて逃げ出してしまったのだぞ、ブルガさまとの約束を反故にして、逃げてしまったのだぞ。いま頃なにさまのつもりだ、髭のペランよ」
「俺は自分の信じる最良の選択をしたつもりだ、ネルバの若さま。あの折俺が宮廷にとどまれば、家臣団を二分する争いが起きたであろう。なによりも当時の宰相であったお前の父御が、ネルバ方爵家がそれを許しはせなんであったろう」
そう言われた老宰相の表情が、確かに幾分引き攣った。
「しょせんブルガさまと言う絶対的な存在を失った時点で、たとえ公爵位を持ち、大丞相となろうと、俺には門閥で固められた政の世界で勝ち残るすべはなかったのだ。勝てるとしたら武力を使うしかなかっただろう。しかし争えば流れなくてもよい血が流れる、失われなくてもよい命が失われる。勝とうが負けようが、互いに憎しみと対立が残ってしまう。俺にはそのように人を犠牲にしてまで、権力を手にすることに価値があるようには思えなかったのだ。たとえブルガさまとのお約束を反故にしたとしてもな。俺がいなくなってもお前たちは名門貴族の子弟だ、やがては家を継ぎ、ブルガさまのお考えになっていた政を実現してくれるはずだと俺は信じた」
そこまで言って、髭の男ペランは感慨深く目を瞑った。
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