アンドローム ストーリーズ(聖大陸興亡志) 第一巻「運命の婚礼」前篇

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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第一章 楼桑からの使者

4-⑯

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「そもそもペランは宮廷とはなんの縁も所縁ゆかりもない、ただの庶民であった。或る日ブルガさまがお忍びで市中を出歩いておられたときに、些細なことから街の乱暴者どもと諍いが起きてしまってな、もちろんその場には儂もブルースの父御のコルデス、貴族子弟の華であった若き日のガリフォンの三人も一緒におった。その際に間に入りわれらを助けてくれたのが、まだ町役の見習いになったばかりのペランであったのです」

「なんと、あのペランというものはただの市井の人間であったというのか。そんな出自の人間が爵位を持ち、このような朝議に呼ばれもせずに参列するなど聞いたことがない。ましてや公爵だの、大丞相などになれる道理があるまい。なにも知らぬと思って、わたしをからかっているのであろう」
「からかってなどおるものですか、それが証拠にペランはブルガ様が息をお引き取りなる寸前に、奥方さまに代筆させた〝遺訓書〟を持っておるではございませんか」

「遺訓書? それはどういうものだ。初めて聞くが――」
 フリッツの眉が怪訝そうに顰められる。

「それこそがブルガ様がペランを公爵位に叙し、サイレン宮廷の最高位・大丞相に任命する旨を記した宣下書なのです。聞くところによれば、最後の署名はブルガ様が自らの指を噛み、滲み出た血によって綴られていると申します」
「そ、そのようなものが・・・。にわかには信じられん」
 訝しがるフリッツに、ダリウスの言葉は続く。

「当時の宮廷に係わっていた人間であれば、みな知っていることです。しかしそれを目にしたものは誰も居りませなんだ、何故ならばその宣下書を持ったままペランが姿を消してしまったからです。時が経ちペランの存在はサイレン宮廷から忘れ去られ、遺訓書が本当に存在したのかも疑いが持たれるようになりました。やがてそんな話しを知る者も少なくなり、噂に上ることさえなくなったのです」

 当時若者であったダリウスやガリフォンと言った重臣が家臣の最古参となりつつあるいま、その当時のことを見聞きしている人間などが宮廷に残っているはずもない。

「どう思われようとも、ペランがサイレン宮廷に出仕するようになったのは紛れもない事実です。一度会っただけの若者の男振りのよさを目にされたブルガさまは、その時の礼も兼ねて後日彼を星光宮へお招きになり、そのまま直臣としてしまわれた。よほどお気に入られたのであろう。そうして宮廷に上がったペランも懸命に務めた。その活躍には目を瞠るものがあった。あっという間にあ奴はわれらの集団での、中心的存在となったのだ・・・」

 そこまで話したダリウスは、フリッツの左側・最上席のガリフォンと対角線上の、右側末席のペランとが睨み合っているのを、感慨深げに眺めた。


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