75 / 82
第一章 楼桑からの使者
4-⑯
しおりを挟む「そもそもペランは宮廷とはなんの縁も所縁もない、ただの庶民であった。或る日ブルガさまがお忍びで市中を出歩いておられたときに、些細なことから街の乱暴者どもと諍いが起きてしまってな、もちろんその場には儂もブルースの父御のコルデス、貴族子弟の華であった若き日のガリフォンの三人も一緒におった。その際に間に入りわれらを助けてくれたのが、まだ町役の見習いになったばかりのペランであったのです」
「なんと、あのペランというものはただの市井の人間であったというのか。そんな出自の人間が爵位を持ち、このような朝議に呼ばれもせずに参列するなど聞いたことがない。ましてや公爵だの、大丞相などになれる道理があるまい。なにも知らぬと思って、わたしをからかっているのであろう」
「からかってなどおるものですか、それが証拠にペランはブルガ様が息をお引き取りなる寸前に、奥方さまに代筆させた〝遺訓書〟を持っておるではございませんか」
「遺訓書? それはどういうものだ。初めて聞くが――」
フリッツの眉が怪訝そうに顰められる。
「それこそがブルガ様がペランを公爵位に叙し、サイレン宮廷の最高位・大丞相に任命する旨を記した宣下書なのです。聞くところによれば、最後の署名はブルガ様が自らの指を噛み、滲み出た血によって綴られていると申します」
「そ、そのようなものが・・・。にわかには信じられん」
訝しがるフリッツに、ダリウスの言葉は続く。
「当時の宮廷に係わっていた人間であれば、みな知っていることです。しかしそれを目にしたものは誰も居りませなんだ、何故ならばその宣下書を持ったままペランが姿を消してしまったからです。時が経ちペランの存在はサイレン宮廷から忘れ去られ、遺訓書が本当に存在したのかも疑いが持たれるようになりました。やがてそんな話しを知る者も少なくなり、噂に上ることさえなくなったのです」
当時若者であったダリウスやガリフォンと言った重臣が家臣の最古参となりつつあるいま、その当時のことを見聞きしている人間などが宮廷に残っているはずもない。
「どう思われようとも、ペランがサイレン宮廷に出仕するようになったのは紛れもない事実です。一度会っただけの若者の男振りのよさを目にされたブルガさまは、その時の礼も兼ねて後日彼を星光宮へお招きになり、そのまま直臣としてしまわれた。よほどお気に入られたのであろう。そうして宮廷に上がったペランも懸命に務めた。その活躍には目を瞠るものがあった。あっという間にあ奴はわれらの集団での、中心的存在となったのだ・・・」
そこまで話したダリウスは、フリッツの左側・最上席のガリフォンと対角線上の、右側末席のペランとが睨み合っているのを、感慨深げに眺めた。
1
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる